第4話 権限移譲
「お前、何者だ? 場合によっては攻撃する」
わざと低い声を出し、威嚇する。装着した虐殺のカタールを構える。
見た目はただの小綺麗な老人にしか見えないけれど、ここに来られたという事実一つで最大級の警戒をする必要のある存在だ。
果たして、眼前の老人と戦って勝機はあるのか?
冷静に判断して、限りなくゼロに近いと本能が判定してくる。闘気といわれるものを相手にぶつけて見ても、何の反応もない。まるで手応えがないのだ。これまで幾度と無く、PvPを行ってきたがこんな事は経験したことがなかった。殺気を軽くいなされているようで、まるで読めないのだ。柳に風とはまさにこの状態といえる。まるで、幼稚園児がプロの格闘家に喧嘩を売っているような感覚がそれに近い気がする。それほどの実力差があるというのだろうか。そうであるなら、戦う前から勝負は見えている。
しかし、ギルドメンバーみんなで造り上げたこの城。最後の最後で奪われるわけにはいかない。
絶対に……。
それはギルドマスターの権限を委譲された者の誇りにかけて、護らなければならない。
相打ち覚悟ででも、敵を倒す。
レイフェルはスキルを発動し、攻撃しようとする。
「ちょ、ちょっと待って、待って下さい」
必死の形相で目の前の老人が叫ぶ。
「こちらは攻撃する気なんて、ありません。待ってもらえませんか。私は武器も持っていませんから。……と、とにかく、その武器を降ろしてくれませんか」
その顔は明らかな狼狽に支配されている。両手を上に掲げ、無抵抗の意思表示をしている。
慎重に老人をスキャンする。
確かに、彼の体からは魔法力は全く読み取れないし、どうやら武器も所持していないようだ。見た限り、敵対する意志も無さそうだし。
「……了解しました」
警戒を解くわけにはいかないが、とりあえずは構えは解く。相当な覚悟で挑もうとしただけに、なんだか拍子抜けだ。……けれども、内心ではほっとした。
「ふう……ありがとうございました。いきなり戦闘態勢に入るから驚いてしまいました」
「それは、あなたが悪いと思います。ギルドの居城にギルメンでもない人間が、しかも唐突に現れたら誰でも悪意を持った侵入者だと思うでしょう? そもそも、ギルド居城にはガーディアンいたはずだし、割と陰湿な罠とかがあるのに、どうやって一人で来られたんですか」
率直に疑問をぶつけてみる。
「さて……」
老人はまっすぐにこちらを見る。
「あなたのご質問にお答えしましょう。レイフェルさん……いえ、登録名は、有賀幹久さんでしたね」
レイフェルは、驚きのあまり、思わずうめき声を上げてしまう。
有賀幹久とは、レイフェルの現実世界での名前だ。どうして、そんなことを知っている? 一般プレイヤーでは知ることができるはずのない事だ。それを知りうる立場とは……。
「あなたは、GMなのか? 」
問いかけに対し、老人は首を横に振った。
「じゃあ、どうして僕の名前を知っているんですか? 」
「実に簡単なことです。私は、創世アクシス・ムンディ・オンラインそのものだからです」
老人は、語り始める。
レイフェルの前に存する存在、それがゲームプログラムそのものだというのである。この世界のあらゆる物は、彼の掌握下にあるわけで、故に、鉄壁を誇るギルド居城の防御網であっても、それを無効化して侵入するという事も可能であったということだ。そもそも、そんなことをせずとも、座標を指定すれば瞬時に望む場所に現れることができるという。
確かにそれは不可能ではないだろう。
彼は、ゲーム世界においては、造物主そのものなのだから。
「信じられませんでしょうか? ……けれど、信じて頂かないと先に進めないのです」
「信じられないけれど、信じるしかないんでしょう。そうでなければ今起こっていることそのものが説明できない。だから、信じます。そして、お願いします。僕をここから、この世界から元の世界に帰して下さい」
老人は、本当に済まなそうに、そして辛そうに首を振る。
「残念ながら、それだけは、私の力ではできないのです。あなたが知るこのゲーム内の世界であるならば、造物主の力であらゆる事が可能です。大陸そのものを消し去ったり、死んだ者を生き返らせたり、新たな種を造ったり、人の記憶を書き換えたり。しかし、あなたをこの世界の外に出すということは、私の力の及ばない事なのです。それについては、私の更なる上位の者にお願いするしかありません。しかし、その者との繋がりは完全に断ち切られてしまいました」
「じゃあ、一体どうすればいいんですか? 僕はここから出られずに、ずっとこのままなんですか? 」
知りたくない事だけれども、聞かないわけにはいかないことを問いかける。
「何か、新たな方法が見つからない限りは、状況はこのままで、何も変わりません。そして、さらに良くないニュースがあります。私はそれを伝えるために、ここに来たのです」
これ以上悪いニュースがまだ控えているのか。それを知ってしまい、絶望的な気分になっていく。
「それをお伝えして構いませんか? 」
老人の問いかけに、レイフェルは仕方なく頷く。ほとんどやけくそになっていたからだ。
「ありがとうございます。これは、この世界にとっても重大な話です。ゲーム終了に伴うサーバシャットダウンの影響で、私とその上位者の連絡ができなくなったとお伝えしましたよね。このことは私がこれまで得てきたエネルギー的なものの供給が止まることでもあるのです」
「それはどういうことですか? 」
「エネルギーの供給が無くなるということは、私の存在を維持することができなくなるということなのです。それはすなわち、この世界そのものが維持できなくなるということなのです」
「つまり、この世界は終わる……ということですか」
世界が崩壊するということは、レイフェルも存在できなくなるということ。つまりは、死を意味する。自分が死ぬ……そんなこと想像したこともなかった。ゲームの中では何度も死んだ。けれどそれは本当の死ではなく、少しのデスペナルティを課されることにはなるものの、神殿で生き返るだけの事でしか無かった。それが現実の事象:死として降りかかることに衝撃を感じる。
「結局、僕は死ぬしか無いということですか。……まじか。信じられない。 ああ、こんなことならこのゲームの最後を体感しようなんてくだらないことを考えなければ良かった。なんでこんな目に遭わなければならないんだよ。死ぬなんて、ありえない。まだやらなきゃならないことが一杯あるのに」
後悔とも愚痴とも取れる言葉が次々と出てくる。
「有賀さん……いや、ここではキャラクター名で呼ぶべきですね。レイフェルさん、ご安心下さい。私はまもなく存在としては消えますが、世界は維持する方法があるのです。それをお伝えに、いえ、お願いに来たのですから」
突然発せられた言葉、それにレイフェルはすぐさま反応してしまう。
「し、死ななくていいんですか、僕は。本当に、助かるんですか? 」
「もちろん助かります……この世界が崩壊から免れるのですから、一義的には死から逃れられるのは、間違いありません。しかし、あなたが本来望んでいる、元の世界、つまり、ゲームの外の世界に戻ることは、まだ叶う訳ではありませんが」
必要以上に期待させないようにか、老人は言わなくて良いことまで指摘してくれた。
「はい、今はそれでも仕方ないです。そう思うしかありません。……では、どうすれば、この世界を救うことができるのですか」
当面の危機を逃れれば、とりあえずはそれでいいと問題をポジティブに捉えることに改めたのだ。そうでなければ、こんな不合理な世界を受け入れられるはずがない。
「簡単なことです。私が持つこの創世アクシス・ムンディ・オンラインに対する全権限をあなたに移譲するだけのことです。そうすれば、私が消えても、あなたがこの世界を引き継ぐことになり、世界は残ることができるのです」
随分と簡単に言う。世界がそれだけで救われるなんて。……もっともゲームの世界なのだから、そういうやり方でも大丈夫なのかもしれないけれど。
けれど、信じるしかないのだろうか……。