プロローグ ― カウントダウン
レイフェルは、自分が今いる部屋を見渡す。
ここは、大広間。
かつては大勢のギルドメンバー達が集い、様々な会議を行った部屋だ。
吹き抜けにしてあるため、天井がかなり高くなっている。天井や壁面には、ヨーロッパの古城のように豪奢な細工がなされており、厳かな雰囲気を醸し出している。
彼のギルドは、最盛期には上限の100人に達したこともあり、その人数が座れるだけの巨大な机と豪奢な椅子が何列にも渡って並べられている。それらの机と垂直に置かれたテーブルがあり、そこには10客の椅子が並べられている。その席は、ギルド幹部、ギルド創設からの初期メンバーの席になっている。部屋だけでなく、調度品全てが贅の限りを尽くされており、これらに費やした費用は天文学的金額になる。もっともどれくらいの金額になったかは、把握していない。クエストやレイドアイテムを売ったりした、とだけ聞いている。
レイフェルは右から3番目のいつもの指定席に腰掛けていた。彼の座った場所からは、部屋全体を一望できるが、その視野のどこにも人はいない。
一年ほど前までのこの部屋の賑わいを知る彼からすると、この状況はあまりにも寂しすぎた。
当時は、大規模レイド前には、その攻略作戦の立案や討伐メンバーの割り振りで大賑わいで深夜まで議論を交わしたし、終了後の打ち上げでは無礼講で大騒ぎをしたのに……。
けれど、確かに、予兆はあった。
ゲーム自体の過疎化が始まるより少し前から、所属するギルドのメンバーの引退が始まっていたのだ。それは、社会人主体で構成されたギルドにありがちな展開ではあった。ゲームの運営のまずさ対する不満もあったけれど、私生活のほうの多忙、つまり結婚や転勤、転職、学生においては就職をきっかけに時間が取れなくなり次第に疎遠となり、引退もしくは自然消滅をする人が増えてきていたのだ。最初の頃は、それと同数の新規メンバーがギルドに入ってきていたから、ほとんどの人間が気にしなかった。けれども、新規ギルメンは、往々にしてクレクレ、シテシテ目当てで入ってくる効率重視の人間が多く、トラブルも発生させた。その度に、それまでいたギルメンと新規のギルメンの関係がギスギスして嫌な雰囲気になった。
ログインするたびにギルドメンバー一覧の名前が点灯している数が減少してい寂しさ、実利的な点ではゲームでのレベル上げやクエストを行うためにはパーティが必須な場面が増加していたため、気心しれたパーティを組めなくなったことで次第にゲームをやらなくなるメンバーも増えてきた。
そうなれば、後は加速度的に過疎は進んでいくしかなかった。
ゲーム自体に目新しいイベントが無くなり、かつての情熱を保てなくなり、ログインする時間もなくなる。たまにログインしても、ギルドに誰もいない状態が多くなって来たら、やる気がたとえあったとしても続けられなくなるしかないのだから。
レイフェルも接続時間が短くなっていたが、それでも短時間であっても毎日ログインはしていた。その度にギルメンの存在を確認したが、最後の方はもうギルドマスターしか見かけなくなり、「そろそろギルドをどうするか」というギルドの最後の時についても話たりするようになっていた。
そして、ついにはギルドマスターより、引退するとの連絡が来たのだった。
「仕事が忙しくなってきたのもあるけど、もうここからこのギルドを立て直すことはどうやら無理みたいだしなあ。かといって新しいギルメンを勧誘するのは好かん」
職業ルーンナイトのギルマスのキーンさんは、寂しそうに笑う。ルーンナイトはこのゲームの三次職であり、攻撃力においては最強を誇る騎士系の職業である。
「確かにそうですね。もう何ヶ月も僕とギルマスしかいないですもんね」
「何事にも潮時っていうのがあるんだよなあ。それが今だと俺は思うんだ。キャラを消さなければ半年はデータは保護されるみたいだけど、俺はキャラをデリートするつもりだ。未練を残したくないしな。……俺はこのゲーム卒業するけど、お前はどうするの? 」
突然問われて、レイフェルは困惑する。やめても良いがせっかくここまで頑張ってレベル上げてきたのもあるし……と悩んだ。
「僕はもう少し続けたいと思います。もしかしたら、他のギルメンがログインするかもしれませんからね」
そう言ったレイフェルを寂しそうな瞳でギルマスが見ていたのは気のせいか?
「そうか」
ギルマスは頷くと、指を宙にかざし操作をする。
メニュー画面を立ち上げて、何か操作をしているんだろうなと思い、ぼうっと見ていると、電子音が響き、チャットメニューがポップアップした。
【ギルドマスターより、あなたにギルドの権限が委譲されました】
「ええ! これはどういうことですか」
驚きのあまり、きちんと言葉にならなかった。
「まあギルマスが引退したら、ギルドは解散になっちゃうからな。そうなったら、みんなで苦労して造ったこの城や手に入れた領土、大規模レイドで集めたレアアイテム、ギルメン達が制作したNPC……それがみんな消えてしまうんだぜ。そんなことできないだろ? 少なくとも俺にはできない。けど、俺は引退する。そうなると、ゲームに残るお前に全てを託すのは当然だろう? 」
何を言ってるの? といった不思議そうな顔でギルマスが見る。
「まあ、それはそうなんですけど。そんな大切なものを僕なんかが預かってしまっていいんでしょうか? 他に適任者がいるんじゃないですか」
「いや、お前になら安心して任せられるよ。リアルでもお前を含めた初期ギルメンほど濃密な付き合いなんてほんと無いからなあ。お前なら安心して任せられる」
「しかし……」
「それに、恐らく、他のギルメンはもうゲームには戻ってこないだろう……。このゲームだっていつまで続くか分からない感じだしな。だから、お前の判断でどのように使ったって構わない。これはギルドマスターとしてのお願いだ。ギルマスを引き継いで欲しい」
そう言って彼は頭を下げた。
レイフェルは、少しだけ考えるがすぐに決断した。
「分かりました、キーンさん。その大任引き受けます」
「よし、頼むぞ。お前なら安心して任せられるよ……」
そう言って安心したような顔をした。
「おっと、そろそろ落ちないといけない時間が来たようだ」
かなり慌てた様子だ。
「どうかされたんですか? 」
「いや、息子がね……」
いきなり現実世界に引き戻されるような台詞。
「すまんすまん。ま、そんなところだ。そろそろ落ちるよ。それから、これまでの時間、楽しかったよ。お前や他のギルメンと出会えたことは、大げさかもしれないけれど、俺の人生にとっても誇りだったよ。ありがとう」
「こちらこそ、いろいろお世話なり、ありがとうございました。……それから、もしよかったら」
「……どうした? 」
「本当の名前を教えて頂けますか? 」
「俺はキーン。ルーンナイトのキーンだ」
彼は寂しそうな顔で笑うと、キャラクターが消えた。
彼が言いたかった事も分かるが、最後になるのならリアルの名前も聞きたかったな。ゲーム内だけの付き合いと言われたように感じ、少しだけ寂しかった。
背もたれに身体を預け、少し前の出来事を思い出した。
時間を確認すると、時間は23時59分になっていた。
メッセージが流れてくる。
「こちらは、創世アクシス・ムンディ・オンライン運営チームです。
まもなく、サーバをシャットダウンします。
接続中のプレイヤーの皆様は、速やかにログアウトをお願いします。」
けれど、レイフェルはゲーム終了するつもりはなかった。
このまま、この世界が終わるの見ていたかったのだ。
一つの世界が消える様を。
この世界が死を迎える時を、その世界のキャラクターとして共に迎えるために。
23時59分50秒
それでも、時は無情に進んでいく。
51秒
52秒
53秒
54秒
55秒
56秒
57秒
58秒
レイフェルは、ゆっくりと瞳を閉じる。
静かなる終末がまもなく訪れる。彼や彼の仲間、そして多くのゲーマーたちが繰り広げたこのゲームの世界に終焉が訪れる。
その終わりは、どういう結末になるのというのだろうか。
……59秒
そして、00秒。
ゲームエンドだ。