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とあるタイムマシンの行方

タイムマシンの後継者

作者: 曖一

 タイムマシンに乗り過去に行き着いた。ドドドド という轟音が()んだ。彼は戦慄(せんりつ)でふるえた全身を押しとどめることに従事する。勇気を振り(しぼ)りタイムマシンの出口に向かった。


 研究所は閑散(かんさん)としていた。


 人はおらず蛍光灯が消してある。夜間のようだ。暗闇の中は心細い気持ちにさせたが歩む足を止めはしない。


 施設からでた彼の名は荒崎 ケント。荒崎 ミラを探している。母親の名前だ。自分が過去に来ているという確信をもって、急いで自宅に向かった。


 母親を探しだし、彼はこう言いたいのだろう。


【あの男には近づくな】


 典型的な言葉による警告を母親に示し、いずれ愛人になるであろうパパ以外の男に接近されないように注意を(うなが)そうと目論(もくろ)んだ。


 マンションにつき玄関のドアを開ける。


 鍵はかかっておらず、ギイと音がして開き中に入ろうとする。そんな時、


「だあれぇ? 知らない人?」


 玄関の方から幼い子供が出てきた。その子供は未来からきたケントより背が少し低い。体つきと顔はそっくりだった。


「自分、ケントだよ。君とおんなじ荒崎ケント」


 目をぱちくりと、まばたいて、


「フシンシャ?」


「フシンシャじゃない。荒崎ケントー! ママはどこかなー?」


「ママはお仕事。パパもお仕事」


「え? ママ仕事してた?」


「フシンシャのまママは知らない」


 二人の間で会話をかわす。未来と過去の同一人物では相手の思っていることが、理解しやすい。自分の分身のような相手に親近感がわいたので、緊張しないで普段通りにしゃべった。


 二人は玄関の敷居を挟んでにらみ合うように向かい合っている。未来のケントは「ママは働いてないはずなんだけどな…」と口を(にご) した。母親は専業主婦だったはずだと確信を持っていた彼は、記憶との齟齬(そご)に矛盾を感じた。


「パパ名前は荒崎ダイ」


「そうそう。自分のパパもそうだよ」


「フシンシャなのにそっくり!」


「あのね。自分はフシンシャじゃないんだよ」


 過去のケントにフシンシャだと思われている。あまり否定すると、話しがややこしくなると思った未来人は、


「単刀直入に質問するよ。ママは何時ごろ家に帰ってくるのかなぁ?」


 片方の手の指をパー、片方の手の指をイチにしながら、


「六時だよぅ」


「…あと三時間も待たないといけないね」


 今は午後の三時間。どうやら、彼は待ち伏せをするようだ。


「部屋の中にあがるよ?」


「どうぞどうぞぉ」


 フシンシャに対して礼儀正しく手招きをした過去のケント。フシンシャの意味をその場のノリで使っているのかもしれない。


 ••••••


 荒崎ミラと荒崎ダイはショッピングセンターで買い物をしていた。


「あの子の誕生日のケーキどれがいいかしら…」


 洋菓子店の受付けにある、ガラスケースの中に見本のケーキが並んでいた。


「これがいいんじゃないかな」


 荒崎ダイが指差す。それは、チョコレートケーキだった。


「それはあなたが食べたいだけでしょ。ケントはショートケーキが好きだと思うわ」


「そうか。じゃあショートケーキでいいんじゃないか?」


「うん。そうしよう」


 茶色い財布からお札を取り出す。レジで会計を済ました。数十分後、店員がケーキが入った四角い紙パックを持ってきた。「中身が崩れないように、お気をつけくださいませ」といいながら、ミラに商品を渡す。


 ミラは息子の喜ぶ姿を想像しながら、


「今日はあの子の五回目の誕生日ね。この前までヨチヨチ歩きだったのに、あんなに大きくなっちゃって。子供の成長の速さには驚かされるわ」


 と言った。


「…ほんとだな」


 荒崎ダイは自分の耳を触りながら、静かに頷く。


 二人は車に乗り自宅へ戻ることにした。


 ••••••


 六時半に自宅に着いた。ミラは大切そうにショートケーキを持っている。手ぶらなダイは玄関のドアを開けた。そこで、靴が一足(いっそく)増えていることに気づく。


「ただいまー!」


 とりあえず靴を脱いで室内の広間に向かった。そこで見たものに、夫婦の二人は愕然(がくぜん)とした。その結果、


「おい!」「きゃあぁっ!」


 室内が悲鳴と驚きの声で満たされた。


「なんで、ケントが二人いるんだよ…?」


 ダイがつぶやく。それは頼りなく小さな声量だった。


「ママパパ‼ おかえり! 今フシンシャがお邪魔してるよ」


 広間のソファーにケントが二人すわっていた。ケントが立ち上がり両親に近寄る。


「ちょっと、まってくれ。どっちが本物のケントなんだ?」


 荒崎ダイは、慌てるように手をせわしなく動かす。片手は耳たぶにふれていた。その仕草は彼が動揺(どうよう)した時の(くせ)だ。耳たぶをさわると落ち着くのかもしれない。


 …………。


 沈黙は数秒間、続いた。


 だれも、本物のケントを見破ることができなかったのである。


「自分がケントだよぅ‼ ママパパ、間違えないでよね!」


 偶然にも二人とも服装が同じだった。片方のケントは(なつ)っこく、両親の元に駆け寄る。もう片方はソファーでじっと座り、テレビ番組に夢中だった。さて、どちらが過去のケントだろう?


 そこで、ついに彼女が口を開く。


「こういう時は…二人に質問すればいいと思うわ。たとえば…そうだね…ケントが(かよ)う幼稚園のこととかがいいかもしれないわね」


 母親のミラが父親のダイに提案した。


「ああ。そうだな。それがいいかもしれない」


 彼はさっきから(なつ)っこく両親のそばから離れないケントに質問することにした。


 幼稚園の名前は?

 仲の良い友達は?

 両親の名前は?


 三つのうち、一つでも答えることができなかったらそいつは偽者だ。早速、問いただすと、ソファーにいるケントもテレビから視線を両親にに向けた。


「「竜冉(りゅうぜん)幼稚園」」


「ゆうくん」「卯湯田優(うゆだゆう)


「「ミラ。ダイ」」


 二人同時に答えた。二人とも正解だった。


「これは、さすがにマズイんじゃないのかっ⁉ どう考えても二人ともケントだよ」


「…そうね。どうしましょう…」


 夫婦は立ちつくして困りはてていた。ふいに、ミラが手にぶら下げたショートケーキの紙パックを見て、


「あっ! そうだわ‼ これを使えばいけるかもしれない」


「…なにか思いついたのか?」


 彼女はこっそりと耳うちをして、彼に教えた。すると、彼も納得したように「そうか。それも質問してみるとしよう」といった。


 広間の中央にあるテーブルに、ケーキを置きながら、二人のケントに対して、


「今日はなんの日か知ってる?」


 と質問した。すると、


「僕の誕生日⁉」


「そうよ。今日でケントは何歳になるのかなー?」


 ソファーにいたケントは左手の平をパーの形にしながら、


「五歳だよぅ」


「そうね。つまり、あなたが本物のケントなのね」


 母親は温かい笑みになり「あなたが本物のケントね」と確信をもってもう一度、言った。


「これで決まりだな。君はケントのお友達かね?」


 未来からきたケントは「違うんだけど…。そういうことでいいよ…」と言った。


「これで決まりだな。せっかく来たんだし、君も一緒にケーキを食べるかね?」


「「ケーキ⁉」」


 二人のケントは感激した。二人とも、自分の誕生日が今日だということを、知らなかったのである。


 ••••••


 照明を消し、ハッピー•バースデーを歌った。もちろん歌ったのは両親だ。父親はカメラを持ってシャッターチャンスをうかがう。過去のケントは嬉しそうに、はにかみながら息を吸い、思いっきり空気の塊を吐き出した。蝋燭(ろうそく)の火が消える瞬間、パシャッとカメラのシャッターが押される音がした。


「誕生日おめでとう‼」


 電気スイッチを押し照明の蛍光灯が光りだした。


 お祝いの雰囲気が、この広間にしみわたる。そんな中、浮かない顔をした少年が一人いた。未来から来たケントだ。どうやら過去のケントに嫉妬心をいだき、大好きな両親を奪われた気持ちになっているようだ。


 しかし、今回の主役は過去のケントなのだ。両親にしてみれば、見ず知らずの他人でしかないのである。そんな事実が彼を(さみ)しくさせた。


 自分はこの家族と無関係なのだという事実をつきつけられ、彼の心はやさぐれていた。


 台所でケーキを八等分に切り分けていた母親に、彼は一言(ひとこと)だけ伝えた。


「パパ以外の男に気をつけて、ケントくんを大事にしてあげてね」


 ケーキ専用の丸みのある、長い包丁を片手に握り彼女は唖然(あぜん)としていた。その発言を頭の中で整理し、彼の顔を見た。どう見てもケントだった。


「え…ちょっと待って⁉ 君は…いったい⁉」


 未来人は足早にこの部屋を出た。これ以上このお(うち)にいると、いたたまれない気持ちになるからだ。あの部屋での自分だけがのけ者にされたかのような疎外感を、彼は忘れようとした。


 もう外は暗闇に染まっていた。彼は道路照明灯の光を頼りに目的の場所に向かった。


 そこは最初に来た研究施設だった。タイムマシンのある部屋は二階にある。彼は早足で目的の部屋に向かい、タイムマシンに乗り込んだ。座席に座り「起動」のスイッチを押す。


「これで未来に行くと、どうなるのかな? もしかしたら、なにも変わらないかもしれない。だけど、環境を変えるには行動をおこさないとダメなんだ」


 寂しさをまぎらわすために言ったのだろうか。彼の声は(ふる)えていた。声だけではなく、起動スイッチを押した指も小刻(こきざ)みに震えていた。


 ズゥ…バン‼ ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼


 タイムマシンも激しい振動を起こしていた。声や指とリンクするかのように、タイムマシンも震えた。数分それが続き、とある球体のフォルムはこの世界から跡形(あとかた)も無く消えた。


 未来から過去に来た彼は、二度目のタイムワープに成功した。


 成功確立2%の名目(めいもく)が嘘のようにあっさりと、後継(あとつ)ぎを果たしたのである。

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