表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

花道 後編


 人生は決して、あらかじめ定められた、 すなわち、ちゃんとできあがった一冊の本ではない。 各人がそこへ一字一字書いていく白紙の本だ。 生きて行くそのことがすなわち人生なのだ。

                            大杉栄







―――光の外に出てみると、そこは見たこともないもので溢れていた。


 初めて見るもの、初めて見る場所、初めて見る世界。未知の世界に魅了され1時間以上は過ぎただろうか、時間が何倍にも早く感じる中、「私」は隣にも鼻の穴があることに気がついた。

 その穴からは、「私」よりも長い一本の毛が飛び出ていた。

「私」は初めて、同じ世界にいる仲間に興味を持ち、交信を図ろうとその毛の方向に伸び始めた。

 …しかし、「私」の背はこれ以上伸びることはなく、なかなかその毛に近づくことはできなかった。

 ほどなくして、「私」の体は重さに耐えられず下へ垂れてしまう。


 この時「私」は悟った。


「私」はあの毛のところには行けない。「私」はただ長いだけの鼻毛なのだ、と



 その時だった。ブチッという鈍い音が響く。

「私」は何が起こったのか、とっさに理解することが出来なかった。


「私」の目の前で、となりの大きな毛は更に大きな手によって体ごと引きぬかれていたのだ…。


 ブチッという鈍い音は、今引きぬかれた毛の悲鳴。

そして「私」はすぐさま思った。あの手は次に「私」の体を引き抜きに来るのだ。


 目の前に現れたその大きな手が、予想どうり「私」めがけて動き出す。

大きな手の大きな指が「私」の体を掴み、爪が食い込み、体が引き伸ばされる。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い

ここで「私」は死んでしまう、嫌だ、死にたくない

まだ「私」は世界を見---


「私」の意志とは裏腹に、体は耐え難い苦痛から逃れるために飛び出た。


 そして「私」は、ブチッという悲鳴をあげ引きぬかれた…。



 目の前には、あの退屈な暗闇が段々と広がっていく。

その暗闇に飲まれる直前、「私」は、「私」を殺した人間の顔を見て驚いた。


「私」を殺した人間の目には、涙があったのだ。


 この人間は、「私」を殺したにも関わらず、泣いていたのだ。

じゃあ何故、「私」は殺されたのだという疑問も、彼女が泣いてくれていることで答えは想像できた。


 彼女は「私」のために泣いていたのだ。


 弱肉強食のこの世界で、犠牲になった命のために、彼女は泣いていたのだ。 

 

 自ら命を手に掛けなければならないことの不条理に、彼女は泣いていたのだ。


「私」は心を打たれた。

 となりの毛とは触れ合うことも出来なかった、しかし、「私」の命は彼女の命のための糧になったのだと考えると、「私」の毛生はとても幸せで充実していたのだ。


 そして目の前は、あの頃と同じ暗闇に包まれた…。





 しばらくして「私」は目を覚ました。周りにはあのつまらない、退屈な暗闇が続くばかりだ。

周りの毛より少しばかり背の高かった「私」は、目の前に見えるひとつの光に興味を示したのだった…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ