第8話:はじめの一歩
あれからすぐに気絶してしまった慶が眼を覚ますと全てが白い、プフのいるあの空間とはまた別の空間にいた。
起き上がり辺りを見渡すと黒い箱のような物が見えたので近づいてみるとそれは小さめの冷蔵庫であった。
「冷蔵庫・・?」
開けてみるとカップ型のアイスクリームが一つ置いてあるだけ。
「・・?」
アイスに手を延ばそうとした時背後にただならぬ気配を感じて振り返ると一人の少年がいた。
「お兄さん、それボクのアイスなんですけど」
「あ、ゴメン」
慶はその顔に見覚えがあった。Destiny Gatから顔を覗かせていた少年にそっくりなのである。
「君どっかで会わなかったか?」
「ボクとアナタは初対面。ところでお兄さん名前は何て言うの?」
「神谷慶だけど」
それを聞くと少年は驚いた顔で慶の顔を眺め始めた。
「ボクの家に誰が迷い込んで来たのかと思ったらお兄さんが神谷慶だったのか〜思ったよりイケメンじゃん」
「おまえ、オレのこと知ってんのか?」
「知ってるよ伝言頼まれてる」少年はおもむろに一枚のメモ用紙を取り出した。
「初めまして、そしてようこそこの世界へ神谷慶君。君がこの世界に来ただいたいの理由はローゼンに聞いてるよ」
「ローゼン?」
慶は自分の運命を歪めた老人の名前をここで初めて知ることになる。
「あの爺さんローゼンって言うのか」
「続けるよ?君の前にはこれから様々な試練が立ちはだかるだろうけど、君の願いを叶えるためにはそれらを乗り越えなければならない。逃げては何も手に入らない。健闘を・・祈る。」
少年は読み終わると一瞬で消えた。
「おい!何処いったんだよ!?」
空間に声が響き渡る。
「あとP.Sヒントを一つプレゼントしよう。君が探す扉には鍵と同じ雌雄同体の紋様が入ってる。あと、せっかく来たんだからこの世界も楽しんでってってさ、以上がノア様からの伝言でした〜読み手はウラだよ!またね〜」
朝日で目が覚めると教会のベットの上だった。
「あ、目が覚めた?」
目が覚めて初めて視界に入ったのは傷だらけのリーシャの姿。それを見てフラッシュバックする昨日の光景。
手に僅かに残る魔獣の血。
急に自分の力が恐くなった。
リーシャを助ける為、村を守る為、沢山の大義名分のために刃を振るったつもりだったが、あの魔獣は人の言葉を話、理解していた。
結果。姿形は獣でも、慶の心には人を殺してしまったような罪悪感が残った。
「クソ、アイツ等は死んで当然のはずなのに何でこんなに心が痛いんだ・・!」
「慶君・・」
「そんな事を悩んでいる暇はないぞ」
扉にはいつの間にかオーシャンの姿があった。
「明日には旅に出てもらうことになった」
「そんな急に、慶君はこんなに怪我しているのに」
オーシャンは視線を慶から離すと口を開いた。
「村人達がな慶の力を恐れてるんだよ。村の男共すら子供のように扱った魔獣をたやすく倒したその力を」
慶はしばらくうつむくと
「わかった」と呟いた。
オーシャンは慶に服を渡すと部屋からでていき、納得がいかないリーシャもオーシャンの後を追って部屋を出ていった。
「教主様、慶君を追い出すなんて納得できません。慶君はこの村を救ってくれた恩人ですよ」
「仕方ないことなのだリーシャよ。人とは姿形が違ったり、過ぎた力を持つ者等わずかな違いにうるさい生き物なのだ。このまま慶を村に留めてもいいことはないだろう」
「なら・・」
リーシャは両手を強く握りしめながら真剣な目でオーシャンを見た。何かを決意した眼で
「私も慶君と一緒に行きます。色々役に立つはずだし」
「何を言っているんだリーシャ!?」
「私が村を代表して慶君に着いていきます!」
リーシャの眼をみたオーシャンはハァと一つため息をついた。(普段はいい子なのに妙〜なとこ頑固だからな)
オーシャンを見つめ続けるリーシャ。
「わかったよ・・」
「ありがとうございます教主様!」
オーシャンの許しを貰ったリーシャは準備をするため自分の部屋に入っていった。
「リーシャが旅か、」
オーシャンは昔を思い出していた。
リーシャには両親がいない。
17年前魔獣に襲われた商隊の唯一の生き残りがリーシャであり、オーシャンに保護されてからは孫のように育ててきた。
次の日、早朝。
「ん〜〜」
昇りかけの朝日に向かって気持ちよさそうに伸びをするリーシャ。後にはまだ元気のない慶の姿がある。
「なにを落ち込んでいる。慶よオマエの行いは正しかったのだ。この世界で旅をしたいならあの程度のことは沢山ある。夢を叶えたいなら心を強くもて」
「オーシャン・・あぁ、わかったよ」
少し立ち直った慶の手をとり握手をした。
「リーシャを、頼んだぞ。それからこんな物騒な世界だがいいところもある。旅を楽しんでこい」
「わかった」
朝日に照らされ、見送りは一人しかいなかったが慶にはそれで充分だった。自分を応援してくれる人がいる。一緒に旅をしてくれる人がいる。それが単純にうれしかった。
慶は村の出入口で一度立ち止まると力強く一歩踏み出した。
「はじめの、一歩だ」
今、慶の旅はこれから出会うであろう様々な人や物、世界を巻き込んでその一歩を歩み始めた。