第7話:ウールヴヘンジの鍵
「あれ?オレなんで此処に?」
クリーム色の部屋、中央にはプフがティーカップでお茶を飲みながら英字の新聞を呼んでいる。
「プフ・・さん、オレもしかして又死んだの・・?」
今まさに魔獣の一撃が振り下ろされそうとする瞬間。
それが慶の一番新しい記憶。
「おや、これは神谷慶さま。気付きませんで失礼しました」
新聞を折りたたみ、残ったお茶を一気飲みするとプフの姿はスッと消え慶の横に現れた。
「あなたは死んだ訳ではない。言ったでしょその鍵を使う時が来たら教えると」
プフが指差すは二本の鍵のうち狼の紋様が入った方。
「その鍵の名前はウールヴヘンジの鍵。気高き闘将の鍵。それを使えば一時的に莫大な戦闘力を得ることができます」
「ウールヴヘンジの鍵・・」
最初は気にもしなかったがよくよく見れば不思議雰囲気を持つ鍵だ。
まるで生きているような独特の気配を放ち、狼の紋様は今にも動きだしそうな息遣いすら聞こえてくるような、そんな気さへする。
「つーかどうやって使うんですかこの鍵」
「使い方はいたって簡単。ここの鍵穴に差し込んで回すだけ」そう言ってローゼンは慶の左胸、丁度心臓の辺りを突いた。
「こんなとこに鍵穴なんてあるわけないじゃ・・ん!?」
瞬間、慶は又いつのまにか現れたDestiny Gateに飲み込まれるように吸い込まれて行った。
気付くと元のシーンへと戻っていた。魔獣が斧を振り上げ、にやけながら自分を殺そうとする瞬間に、
「死〜ね」
振り下ろされた斧。
恐らく何の手加減もなく振り下ろされたであろうその斧は村全体に響き渡るような爆音を立てて慶を真っ二つにしたように見えた。
「あ〜れ?」
手応えの違和感に手元を確認するも慶の体はなく、ただざっくりと地面がえぐられているだけ。
「どうやっ・・て使うんだっけ・・?」
フラつきながら数メートル先で立つ慶を魔獣の眼が捉らえた。譫言をぶつぶつと喋り始めたその姿は誰の眼から見ても危険な状態だったが、人によってはそれを予兆だととらえる人もいる。
怪物の目覚めの予兆。
「ブッツブシ〜〜!♪」
飛び掛かる魔獣。
「そうだ、こうするんだ・・」カシャン、と音がした。鍵を開ける音。鍵は本来、何かを閉まったりする物。だが物によっては何かを封印する為に使われる。危険な何かを。
魔獣の眼に映った最後の光景は辺りを突如覆った白い霧と鬼の姿。
青の魔獣の魂はその余りにも抽象的なイメージを最後にこの世界を旅だった。
瞬殺。
魔獣の体は全て細切れとなり原形を留めない緑の血が滴るだけのただの肉片へかわった。
「兄弟・・」
赤い魔獣が立ち上がった。怒りに震えた拳を振り上げ、地面を一打し立て掛けて置いた布に包まれたSGを取り出した。慶のとは違い青のボディに白いスプライトが入った斧のSG。
「下等なただの食料がオレの弟に何しやがった!!」
かなりの怒気を発する赤い魔獣だが鍵を開けると共に慶から吹き出した白い霧のようなものが視界を塞いでいる。
不思議な霧が村全体に充満し、先程まで荒々しく燃えがっていた火が見る見る弱くなり、やがて鎮火した。
「出てきやがれ!!」霧を払うようにSGを振り回すも霧は離れるどころかまとわり付くように魔獣の回りを覆いつくす。
「卑怯だぞ、貴様!出てきて正々堂々オレと闘え!!」
「オマエにそんな事言われる覚えはねぇが、やってやるよ」
耳元でそう呟いたかれ、咄嗟にSGを振り回した魔獣だが既に慶の姿はなかった。
満月が照らす中辺りを覆う霧が一点に集束し始め、やがて一つのルーンとして慶の右手へと形を成した。
黄緑ではなく完全な白のルーン。それを集束した慶自身のあれだけ酷かった体の傷も消え、髪には白いラインが入っている。
慶のルーンにより構成されたSGは純白の刃をしていた。
しかしそれには白が持つ清潔感や神聖性はなく、代わりに思わず身震いするような極寒の殺気が満ちていた。
「う、ウールヴヘンジ・・!?」
慶の姿を見て魔獣の頭に1番最初に浮かんだのは、まだ自分がただの牛だった時の記憶。
牧場主の娘が持っていた絵本に書かれた古代の魔神ウールヴヘンジの姿が慶と重なる。
「何だ、この感覚は・・・」
何もされてないのに魔獣は尻餅をついた。
心臓の鼓動が速くなり、汗が滲み出てくる。
「そうだ、思いだした。この感覚は、」
恐怖・・
弟の死から間もなく兄も死んだ。