第6話:絶体絶命
回りを炎が囲む中、体長3メートルはある二体の牛のような魔獣は赤色の一体は噴水に座り、青色の一体は楽しそうに家を壊していた。
「ん〜ん?」
慶の気配を感じたのか青色の魔獣が振り向いた。
(やば・・!?)
咄嗟に近くのしげみに隠れた慶の心臓は弾けんばかりに音を立てている。
「気のせい、か〜?」
「違うぞ、兄弟!そこのしげみの中に誰か隠れたぞ!」
「あ〜そうか〜流石兄者〜!」
巨体を揺らし、一定のリズムで地面を踏み締めながら確実に慶のもとに近付いてくる魔獣。
(クソ、どうする!どうするよオレ!?)
「見ィ〜つけた〜」
慶の隠れるしげみに魔獣が手をかけようとした瞬間、一瞬、影が通り過ぎたかと思うと魔獣の右腕から緑色の血が吹き出した。
「誰だおまえ〜」
魔獣の視線の先には怒りを燈した瞳で魔獣を睨みつけるリーシャの姿があった。
「こんなに村を目茶苦茶にして、絶対に許さない!」
「うぉ〜女だ!女!女!女!」魔獣は自分の腕が切られたことも忘れたように跳ねて喜んでいる。
「切る!」
勢いよく魔獣の懐に飛び込んだリーシャだが華奢なリーシャの体に合わないSGの重さが振り上げるスピードを遅らせる。
「遅いんだよお嬢ちゃん」
体に似合わぬスピード。
噴水に座っていたはずの赤い魔獣の巨大な人差し指がリーシャの脇腹を貫いた。家屋に突っ込んだリーシャはピクリとも動かず、青い魔獣が糸が切れた人形のように力無く気を失うリーシャの体を掴み上げた。
「兄者〜女だ〜女はぁ〜焼いて喰うと頬っぺた落ちちゃうんだよね〜」
「おいおい俺達は一応草食なんだぜ!?肉を喰うなんてナンセンス!」
「じゃあ〜食べちゃダメ?」
「いや、せっかくの食材だ。焼いて野菜で包んで食べようきっと旨いぜ兄弟!!」
その一部始終を見ていた慶。
早く助けなければリーシャは確実に死んでしまうだろう。
しかし、助けに出たいのは山々だが自分は余りにも無力だ。
しげみに身を潜める慶の頭には次々に言い訳の言葉が浮かんでは消えていく。
(出ていっても意味がない。無駄死にするだけ、オレには目的があるんだ、こんなとこでは死ねない)
己の命を賭しても人を救う事こそ、真の人への第一歩。祖父伝来の信念であり、幼少の神谷慶の目標であった。
「ごめん・・七雄」
決断を下した慶の心は冷静だった。
何かを棄てる覚悟は何かを保つことより軽いと人は言うが、
死ぬかもしれないこの状況で、生き返る希望を棄ててまで人を救おうする慶の覚悟は、保つ事より、遥に重い。
青い魔獣が燃え上がる家屋にリーシャを投げ込もうとした時、慶はリーシャの手から落ちていたSGを拾い、そして、その手の平にルーンを集束していた。
集まったルーンはピンポン玉程の大きさ。リーシャやオーシャンに見せてもらった物より遥劣るがかわりに祖父伝来の信念を込めた。
「いっくぞ〜」
魔獣が振りかぶって投げ込んだのはリーシャではなく自分の右手だった。
「オレの、オレの手が〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!??」
自分に起こった事態にパニックになった魔獣が発見したのは、肩で息をしながらリーシャを左腕で抱え、右腕には僅かに発動したSGを持った慶の姿だった。
「コ、コロ、コロス〜〜!!」
興奮して振り下ろされまくる魔獣の巨大な拳の爆風と土埃に、逃げるでもなくリーシャを安全な場所に隠した慶は再び魔獣の元に現れた。
すでにSGは発動すらしていない。
「コロスコロスコロスコロス」魔獣が残った左手に持った斧を目に見えないスピードで振り下ろした。
あまりの気迫に体がすくみ、尻餅をついていなければ確実に死んでいただろうその斬撃は、空振りしても数メートル先の壁に爪痕を残す威力だ。
この一振りで慶は自分の考えが心底甘かったと痛感した。
SGの発動と自らの武道家に育てられたという経験がこんな状況でも慶の心におごりを生み、先程の逃げるチャンスを棒に振ったのだ。
咄嗟にSGを発動し距離をとった慶に第二撃が襲い掛かる。
まさに危機一髪。
どうにか斧と自分の間にSGを挟み、防ぐことができたが数トンに匹敵する威力を持つ斬撃に慶の体は吹き飛び、血が道のように一直線に飛び散っている。
(にげ、な・・きゃ、)
僅かに残った意識の中、慶はボロボロの体を引きずり逃げ出した。
5、6歩進んだところで風切り音と共に斧が慶の左肩を切り裂いた。
「ぐあぁぁぁぁあああ!!」
あお向けに倒れたもはや虫の息の慶にとどめを刺そうと魔獣がその腕を振り上げた瞬間。
(あれ・・?)
気がつくとあのクリーム色の部屋にいた。