第17話:計画
世の中に逃げてる途中に待てと言われて待つ人間がどれほどいるか、答えは限り無く0に近い。
街中で繰り広げられるラン&チェイス。
街をどれくらい熟知しているかなんてものはある程度の実力を持つ追いかける側からはあまり関係の無いもの。
ようは見失わなければ万事OK。
「待てー!!」
「うるせー、いい加減諦めろ!」
「誰かー、そいつ捕まえてくれ!!」
「へっへーこの街にオレを捕まえようなんて奴はいないのさ〜!捕まえたきゃ自分でやってみろ〜!!」
「ねぇ、慶君、私のSGで捕まえようか?」
「ここまでやったら、自分で捕まえなきゃ気がすまねー!!絶対オレが殺す!!」
「こ、殺すって主旨変わってるよ…」
「これでも食らっとけ!!」
ルチアーナが蹴り倒した樽の群がゴロンゴロンと転がってくる。
「そんなん、こうしてくれるわ!!」
と、調子に乗って大きく振りかぶり、先頭のタルな打撃を加えるとバキンと音がしてタルが凹み、慶の腕が妙な音を出した。
「痛っ、で〜〜〜!!」
「アホ〜、アホ〜、超人にでもなったつもりかドまぬけが〜!!」
「殺、殺…ぶっ殺しじゃ〜!!」
こんな感じでクレージュタウンを所狭しと駆け回る慶達。
どれくらい走ったかは本人達にもわからなが、こういう物の終わりは結構呆気なかったり、
その車は突然現れた。いや、ルチアーナが勝手によそ見しながら飛び出しただけだが。「コラガキ!死にてぇのか!?」
当然の決まり文句が飛び出すが、ルチアーナ本人は腰を抜かして歩道に座り込んでいた所を慶に掴み上げられそれどころではないようだ。
「やっと捕まえた。さぁ、オレのSGを返せ!」
「嫌に決まってんだろ。アホかオマエは!まぁ知性に欠けた顔つきしてるもんなぁ、親が可哀想だぜ」
「ほ、ほぉ…口は達者だな?覚悟は出来てんだろうな」
ギャーギャーうるさく騒ぐ二人に文句を言うタイミングを外したというか、無視される運転手。
そんな危うくルチアーナを轢きかけた運転手が運転していた車の後部座席から紳士姿の男が降りてきた。
「あれ、市長のタリスさんじゃないか?」
それを見た人々は今まで立ち止まろうともしなかったのに、立ち止まる所か拍手までし始める始末。
「オマエ、タームの次男坊のルチアーナじゃないか?」
「オマエ、タリス…!」
今までのルチアーナとの雰囲気の変わりように慶もタリスの方を見る。
「ハッ、タームが死んでからどこに行ったかと思ったらこんな所でこそ泥とは、流石あのクズの息子!落ちたというか、まぁお似合いだな」
「父さんはクズじゃない!」
「あのボロ雑巾のように死んだ男のどこがクズじゃないのかな?早く貧民街に帰れクズ。私の清潔な街が汚れる」
「く、クソッ、クソッ…!!いつかオマエなんか…」
「オマエなんか…なんだね?その続きに来る言葉は、え?言ってごらん」
「帰る…!!」
ルチアーナは慶の手を振り払い慶にSGを渡すと貧民街の方へと歩いていった。
「面白い光景だな。ゴミが自分でゴミ箱に帰って行くぞ」
酷い言葉だ。
人をゴミだと言うのだ。しかし、それ以上に慶達を困惑させたのは周りの人々の反応だ。
自らの街の長が人をゴミだと言ったのを咎めるどころか、それを聞いて笑っているのだ。
異常だと感じた。
慶は慶なりに色々な人に会ってきたつもりだが、今目の前にいる彼らはそのどれとも違った。
彼らには悪意がないのだ。
純真に人が人を虐げているのが面白いようだった。
良識ある悪人より、ずっと質が悪い。
なにせ自分達の行為の意味が、考えの異常さが分からないのだから。
「笑うな!!」
慶の怒鳴り声に一瞬静まり返ったが、しばらくヒソヒソと話すとやがてタリスは去り、人々も何事もなく歩き始める。
「慶君、」
「ここにいるのは人じゃない」
そんな慶の姿を見て古ぼけた格好をした老人が近づいてきた。「アナタ方、ルチアーナ坊ちゃんのお知り合いですか?」
「アナタは?」
まだ行き場のない怒りに震える慶の代わりにミーシャが聞くと老人はペコリと一つお辞儀をした。
「私、坊ちゃんの父上、ターム様の元執事だったクシナと申します」
老人の話ではこの街の前市長こそがルチアーナの父親、タームだったということだ。
かつのこの街は飛行船の補給地点としてそれなりに繁栄した街だったらしい。
しかし、都会出の副市長タリスにはタームの政策は不服でしかなかった。
街をもっと発展させ、こんなこじんまりした街ではなく都会にも負けないような街にしようと画策するタリスと、今のまま平凡に暮らしていこうするターム。
真っ向から対立した意見。
どうにかタームを追放したいタリスだが順当に市長選挙で勝とうとしても、タームの支持率は圧倒的。とても勝ち目はない。
そこでタリスはタームのスキャンダルをでっち上げ、役人に賄賂を送り、今の地位を買ったのだった。
市長になったタリスの政策により確かに街は豊かになったが、殆どの町人は貧民街に押し込められ、タリスに協力した僅かな人々と都会からやってきた成金だけが裕福にくらす街へと変貌してしまったのだ。
貧民街へ追いやられたタームは病気を患い、死に、ルチアーナも今のように盗みで生きるようになっていったそうだ。
「坊ちゃんは未だ闇の中にいるように誰にも心を開かずに生きています。旅の方達、もしまたルチアーナ坊ちゃんに会う事があれば是非話だけでも聞いてやってください。人と話し、信頼する事を思い出せばきっと昔のような良き子に戻ってくれるハズです。お願いします」
慶達がクシナの話を聞いている頃、
貧民街、ジャンクショップ裏。
ルチアーナが歩いていると男達の話す声が聞こえてきた。
「では明日、夕刻にメインストリート及び市長宅を襲撃する。準備に抜かりはないだろうな?」
「当たり前だ。こっちはあの市長共々この街をぶっ壊す為にアンタらと組む前から準備してきたんだ」
「なら結構。」
身を隠して二人の男の企みを聞いていたルチアーナ。
そっと、見てみると衝撃的なものが視線の先にあった。
蛇が剣に巻きつきいたタトゥー。
それはジックス盗賊団の証。
つまり、明日の夕刻、この街は盗賊団に襲われると言う事だ。
しかし、ルチアーナにとっては盗賊団を手引きしている男の方が衝撃的だった。
「兄貴…!?」
そこにいたのは前市長タームの長男でルチアーナの兄、シュトルフ。
その姿は慶達にルチアーナの事を教えた青年そのままだった。
自分の兄が盗賊と連んで街を襲う!?そんな、バカな。
と、頭をめぐる考えの波が落ち着く前に駆け出したルチアーナ。
「貴様、待て!!」
止まる訳なく駆け抜ける。
「クソッ、逃げ足の早いガキだ。早く殺さねば。計画が漏れる」
「大丈夫だよ。アイツはこの街で有名なほら吹きだ。誰もアイツの言う事なんて信用しやしない」
「しかし万が一と言う場合が、」
「アンタも心配性だな。大丈夫さ。計画は上手くいく。」
「もし、さっきのガキのせいで計画に支障が出たら貴様にも死んで貰うからな」
盗賊団の男はナイフを取り出すと少し離れた場所で寝ている浮浪者の額にそれを投げ刺した。
「わかった…か?」
頭から血を吹きながら先程と変わらぬ姿勢で痙攣する浮浪者。やがて動きはなくなり、死が訪れるのに時間はかからなかった。
脅しじゃない、本気だとアピールする為に適当に人を殺す。
適当に命を奪う、
下衆め、
と内心思いながら同時に頼もしくも感じた。
人を殺す事に抵抗がまるでない。
きっと、計画は上手くいく。
男を送り出すとシュトルフはルチアーナが駆け抜けていった先を目を細くしていつまでも見ていた。