第14話:憧れ、恐れ、敬意
死にたい
その一言だけが、薄れゆく意識の中いつも頭の奥底にあった。
ルーン汚染の結果ベアヘッドと呼ばれるようになった彼女は生きながらに地獄を旅する者だった。
ルーンによる強制進化。
それに伴い押さえきれなくなる破壊衝動。そして魔獣として生き始め、自分が何をしてきたのか、
進化し、良くなった頭は全てを理解していたが自分を止める術を知らなかった。
飽くことなく暴れ続ける自分自身に恐怖を抱き、いつか自分を殺してくれるものが現れることをただひたすらに祈り、待ち焦がれた。
そして今、長い月日を経てやっと自分に安らぎの瞬間が訪れた。
「ハァ・・ハァ、ハァ、ハァ、」
息を荒げるジャスはSGを構えたまま動こうとはしなかったが、やがてグリンに身を任せるように倒れた。
「やった、か・・」
二人の下に慶が駆け寄ってくる。
「大丈夫か2人とも?」
「あぁ、この寒さで血が凍ったおかげで何とかな。元々深い傷でもなかったようだ」
「そうか、よかった」
ジャスは傷口を抑えながら立ち上がると覚束無い足取りで倒れるベアヘッドの下に歩み寄った。
「ベアヘッド・・」
ルーン結晶を破壊され自己治癒能力が無くなったのか、いつの間にか赤い血を流すベアヘッドは息絶え絶えに何かを喋ろうとする。
「アリ、ガト・・ウ」
その言われる覚えのない一言に、むしろ罵られても仕方のないと思っていたジャスの目からは涙が止まらなかった。
「すまない、全ては、全ての責任はワシにある。すまない。すまなかったぁ、」
20年前のたった一度の過ちを、自分の愚かさを語り、謝り続けるジャスを見てベアヘッドは少し笑い、グリンに向かって長く低く唸り声を上げるとベアヘッドはその生涯に幕を下ろしたのだった。
おおよその生命が与えられる幸せを感じる事は出来なかった。酷く苦しい一生に狂いそうな程嘆いた日もあった。自らの有り様に何度も死にたくなった。
でも、それでも私は、この自分自身の生き様を後悔した日はない。
私は気高き頬白グマだ。
どんな理不尽な事が起ころうと甘んじて受け入れよう。それが自然の摂理であり、真理。
誰かは私を可哀相だと言うかもしれないがそんな事はない。
私は宝を守ることが出来た。子供を殺さずにすんだ。
だが、代わりにたくさんの生命を殺した。だから地獄だろうとなんだろうと罰は受ける。それが私の選択だ。
「承知いたしましたベアヘッド・・いや、マーレ様。」
あのクリーム色の空間。
そこにはプフと人化したベアヘッド改め、マーレの姿があった。
「でも、死後の世界でまさか人になるとは思いませんでした」
マーレは自分の変貌ぶりにただただ唖然としていた。
「ここは精神の世界。望めばどのような姿にでもなれますよ。アナタ様が人の姿をとるのは恐らくは憧れや恐れ、敬意からきたものでしょう」
「憧れや恐れ、敬意・・」
その時マーレの脳裏にあったのはいつも息子の横にいたジャスの姿だった。
「息子と一緒にいる彼の事が憧れであり、私の運命を狂わせたのが恐れであり、息子を生かしてくれた事への敬意か・・」
感慨にふけるマーレ。
「そろそろお時間です」
「わかりました」
マーレはふとどこまでもある天井仰ぎ見た。
「元気にやるんだよ、グリン」
途端にマーレの姿は木の葉のように黒く大きな扉へと吸い込まれ、扉は重く、すすり泣くような音を出して閉じたのであった。
頬白グマのマーレ
地国世界地獄地区行き決定。