第13話:私ヲ殺せ。
「来た・・」
ジャスの一言に辺りに緊張が走る。
匍匐前進で少し頭を出すと100メートル程先を歩く白いものが慶にも見えた。
これだけ視界が悪いにもかかわらず、その体が発する純白の光は雪の白さを凌駕し、その体はただ白くあった。
昼間に西の山でベアヘッド見たということは、次は必ず南の山に現れる。
長年の経験からそれが分かっていたからジャスは辛抱強く待ち続けたのだ。
自然、体に力が入る。あの日から既に20年近くたち、今までたった3人で繰り返してきた殺し合いだが、この瞬間に馴れる事はない。
「いいか、ワシが撃ったらそく逃げるんだ。いいな」
「なんで、だよ?」
「死ぬからだよ」
「死ぬってそいつで撃てば終わりなんじゃないのかよ?」
「ヤツの生命力は既に生物の規格を超えておる。体に弾丸を撃ち込まれた位では死なん。ヤツを仕留めるには体のどこかにあるルーンの結晶を破壊しなければならないが、当たるかどうかわ分からない」
ジャスの指がトリガーにかかる。
「故に撃ったら逃げるんだ。もしヤツのルーン結晶を破壊できてなければ、次はコッチがやられる」
「だからさっきあんな怪我して帰ってきたのか」
「20年間何度繰り返しても当たった試しがないからな。逃げる準備だけしとけ」
ジャスはスコープを覗き込み、静かに敵を捉えた。
今まで頭や腹、心臓に銃弾をぶち込んでも死ぬことはなかった化け物を殺すべく狙いがつけられた。
「これを見舞って、死ななかったらもう、お手上げだな」
自分で自分に皮肉を言うとSGの弾を全て捨て、赤いデンジャーマークの入った弾を取り出す。
甲式狙撃散弾
見た目は通常弾と同じだが高密度のルーンを内包し、目標1メートル前でルーンを放出。
外装を破壊、拡散した破片にルーンが取り付き直径3センチの散弾になるというなんとも恐ろしい弾丸である。
ジャスは弾を込めると再びベアヘッドに狙いをつける。
グリンはジャスを包み込むように支え、銃の安定性を上げる。
パンッ
風の音に消え入りそうな乾いた破裂音が山に小さく児玉した。
破裂音に振り向いたベアヘッドの体を無数の散弾が襲う。肉をえぐり、千切り、吹き飛ばされ、体からルーンに汚染された黄緑色の血を吹き出すが、その巨大が雪原の白い絨毯に倒れることはなかった。
「逃げろ!!!」
ジャスの声に振り向き走り始めた慶だが、時は既に遅かった。ベアヘッドは再生の為にのた打つ体をものともせずに跳ね上がると3人の前へと降り立った。
「クソッ・・!腹括れ小僧!」
威圧感に立ちすくむ慶の横をグリンが風を切りながら通過するとベアヘッドと直接組み合う。
「そのままおさえとけよ!」
ジャスは手早く弾を入れ替えると、均衡する両者へと銃口を向け発射。ベアヘッドの脇腹に命中するもそれをものともしない。
素早く次弾を装填するジャス。再びスコープを覗き込んだ時、グリンの巨体が投げ飛ばされる姿を見てとっさに回避したが、グリン諸共新雪を巻き上げて雪に埋もれてしまった。
「じぃさん!」
一瞬、人の心配をした慶だが、すぐに自分の置かれた状況の危険さに気がつく。
ゴクッと生唾を飲み込む慶。
自分が出会った中でも最大級の獣と目が合い続けるという、最大級のピンチに体は動くことができなかった。
硬直したかのように動かず、頭の中は様々な危機回避パターンを提案するも、唐突に出会ったその危機的状況に答えを出せずにいる。
(どうするどうするどうするどうするどうするよ・・!?)
と、思考する慶をよそにベアヘッドのカギ爪はゆっくり振り上がり、高速で振り下ろされる。
不意に訪れた一撃だが目を合わせていた分反応できた。
そこからは今までの静寂が嘘だったかのような戦闘が始まる。
高速で何往復もする爪に体に似合わない軽快なフットワークで次々に攻撃を繰り出す。
「うぉおおお!」
負けじとSGを発動する。
戦闘に集中していて慶は気づいてないが、発動したSGは初めて発動した時のようなナイフ程度の物ではなく、しっかりと剣と呼べるだけの刃を備えた物へとなっていた。
爪と剣が重くぶつかり合う音が何度も児玉する。
均衡した実力にお互いに決め手を欠いている状況に思われた時、不意に、戦いの中ベアヘッドが笑った様に見えた。
不気味な感じに慶が一歩引いた途端ベアヘッドは腕をしならせ爪で思い切り降り積もった雪を巻き上げる。
「クソッ、前が見えねぇ」
降り続ける雪に巻き上げられた雪が合わさって何も見えない目くらましを喰らった慶が再び視界を確保した時そこにベアヘッドの姿はない。
「どこだ、どこ行きやがった!?」
辺りを見回すが姿を確認することはできない。
「小僧、下だ!」
咄嗟に右へ跳んだが、雪中からベアヘッドの黒光りする爪が突き出し慶の左足をえぐる。
「痛ぇ・・、雪の中に隠れるなんて、これが雪上の戦闘か!」
慶を追撃しようとするベアヘッドだが雪から這い出たジャスが頭を撃ち抜き、右のストレートを紙一重でかわし、懐に潜入したグリンが全力のアッパーをお見舞いする。
「やったか!?」
グリンの一撃はその爪が顎から頭の天辺を貫通し、首を引っこ抜く程の威力を見せたが慶の目にはさっきのように不気味な笑みを浮かべたように見えた。
次のシーン
グリンが血しぶきを上げて吹き飛び、離れていたジャスも突如切り裂かれたように血を出すとその場に倒れた。
「何故だ・・・カハッ、何故ワシは倒れている?何故ワシは血を出しているのだ!?」
その理由を知っている者はこの場にベアヘッドと、間近でそれを見た慶だけだが、慶は自分がその目で見た事を信じる事が出来なかった。
「なんだ今のは・・!?」
あの瞬間、ベアヘッドが笑ったように見えた時、両の爪が薄く光ったかと思うとそれを一閃、二閃と振り抜き爪から飛び出た淡い光の刃はジャスとグリンを血に染めたのだ。
「これはルーンの力か?こんな物初めて見るぞ」
弱るジャスはベアヘッドの笑った顔を見てあることに気づく。
「まさか、今までアイツは本気じゃなかったのか?ワシ達は20年間ベアヘッドに遊ばれてたのか・・・?!」
真実にどうしようもない怒りが込み上げ震えるジャス。
この20年間殺し合ってきた相手に手加減されていた事実。自分達は殺さなければならない筈の、終生の宿敵に生かされていた。
そう考えただけで目の前は怒りに染まった。
「うぁぁぁあぁあ!!」
狙いも定めず、叫びながらベアヘッドに突っ込んでいくジャス。
「避けろじぃさん!!」
極限の怒りが熟練の狩人を盲目にし、自分に迫り来る追撃の一刃を見えなくした。
そうして倒れたジャスを見て次に我を忘れたのは慶だった。
「テメェ、絶対に、殺す・・!」
カシャン
鍵を開ける音と共に慶の体を駆け巡る力の渦は髪に白のメッシュを入れるとSGに殺しの力を宿らせた。
「うぉぉぉらぁ!!」
悪い足場にも関わらず、一蹴りでベアヘッドまでの距離を限りなくゼロにするとそこから神速の連撃を放つも、咄嗟に慶の危険性を察知したベアヘッドはそれをルーンの膜のようなもので防ぐと距離をとる。
その顔はこの殺し合いが始まって初めての真剣な表情をしていた。
「そんな顔できんなら・・何で今まで真剣にやり合わなかったんだよ!?」
「ヒマツブシ・・」
その一言に再び怒り爆発の慶はさっきよりも更に早い速度で距離を詰め、その剣を振るう。
あまりのスピードについてこれなかったのかベアヘッドは先程に比べると不自然に動かなかった。
一閃決まり、二閃決まり、三閃四閃とその体が血で染まるまで斬り続け、遂にベアヘッドを瀕死に追い込むと、黄緑色をした拳程のルーンの結晶が額にメリ出し、倒れたその頭のルーン結晶にSGの刃先を向ける。
「オレはオマエを殺せない。オマエを殺すのはじぃさんとグリンの役目だ」
ジャスを起こそうと振り向いたた時、ベアヘッドの口から言葉が漏れた。
「ハヤク私ヲ殺せ。モウジブンノ意識をタモテナイ。もう破壊にイキルノハヤだ。ワタシが暴走しないウチに早く、コロセ。ワタシを・・」
「え?」
言葉を疑い、目をベアヘッドにやろうとした瞬間、傷からしたたる血を撒き散らしながら再び襲いくるベアヘッド。
「チィッ、」
慶が腰のSGを引き抜こうとした時だった、
パンッ
と、ひとつ銃声がするとベアヘッドのルーン結晶は砕かれ、長く続いた殺し合いは呆気なくその幕を閉じたのだった。