第12話:20年前…
「さぁ〜み〜」
黒く曇った厚い空からは加減知らずに雪が降り続く。
ジャスとグリンがここで獲物を待つと言い始めて二時間が立つ。
「わざわざ来なくたっていいんだ。寒いなら早いとこ帰るんだな」
と、憎まれ口を叩きながらスコープに目を当て、何かを探すように態勢を崩すことなく獲物を待ち続けるジャス。
グリンは未だ癒えない傷の治療に専念しているようだ。
ジャスの体からも血がポタポタと垂れていたが、これくらい平気だと言って拭こうともしない。
血が、白い雪を染めていった。その真っ赤な血からはジャスが秘めた決意とか覚悟といった断固たるものが見えるきがした。
「今狙ってる獲物って何なんだよ?アンタがそんな重傷を負ってもなお追いかけ続ける獲物っていったい・・」
「オマエには関係ないことだ」
「ベアヘッド・・」
慶が発した言葉にジャスは始めるスコープから目を離して慶を見た。「なんでその名を知っている・・!?まさか、オマエあの日記をみたのか」
頷く慶にジャスは深く静かな怒りを露わにした。
白の世界でもその顔は赤色に染まっている事がハッキリとわかった。
しかし、ジャスはその怒りを爆発させることは無く、静かに飲み込むとまたスコープに目を当てて獲物を探し始めた。
慶が読んだ日記の内容それは今から20年程前に遡る。
アイスナキス山脈のふもとに若かりし日のジャスはいた。
若いといっも年の頃はすでに30を超えた青年から中年へ変わるくらいの時だ。
「早く来いジャス!ちんたらしてると置いてくぞ」
「ちょっ、待って下さいよ」
この頃のジャスは街の暮らしに嫌気がさし、一念発起して狩人になったばかりぺーぺーの新米でまだ満足に雪山も歩けないような状態だった。
「はやいですよ、ダイさん」
「その歳で狩人になりたいなんていってる甘ちゃんに狩人の厳しさを一から教えてやってるんだから文句垂れずについて来い!」
しばらく歩くとダイはそっと手を上げてジャスに合図を送った。
それを見てジャスは立ち止まるとそっと身を雪の中に潜めた。
「ダイさん、なんかいんですか?」
じりじりと匍匐前進して猟銃型のSGを構えるダイに近づく。
「あぁ、白毛キツネがいる」
「白毛キツネなんて久しぶりの大物じゃないですか!肉は旨いし、毛は高い。今日はご馳走ですね」
「集中できんからちょっと黙ってろ!」
ダイは獲物に気づかれないよう身を潜めながらじっとチャンスをうかがっている。
しばらくの沈黙。
他人ごとなのにやたら心臓の音がデカく聞こえる。
(こっちがドキドキしちまうよ)
何も音のない世界で生唾を一つ飲み込む音がしたかと思うと銃声が響き渡った。
弾は空気を裂きながら獲物に近づき、着弾の寸前でバッとルーンの網に変わると傷つけることなく獲物を見事に捕らえた。
「よし、」
ダイと小屋に帰る途中ジャスはハ〜とため息をついた。
「どうしたため息なんかついて」
「今日も何も狩れなかったし、オレもダイさんみたいにクマとか狩りたいなと思いまして」
白毛キツネを抱えるダイとは違って一年も修行しているのにジャスは今日1日獲物を捕ることができずにいた。
それどころか今までまともに獲物を捕ったことすらない。
そんな自分が不甲斐なくて出たため息だった。
「クマを狩りたいなんて一年くらい修行したからって一人前になったつもりか。狩人ってのは根気のいる仕事だ。そんなことでいちいち折れてるならサッサと街に帰った方がいいぞ」
「ダイさん、」
それから少しして春がそこまで来ている頃、ジャスは一人で狩りに出ていた。
静かに歩き、気配を消し、自然と一つになる。
人間がいることを山の動物に知られてはならない。
そうしてジャスは獲物を見つけた。
開けた谷間で回りに視界を遮る物が無い絶好の狩猟ポイント。
すぐさまSGを構えるジャスだがスコープから見た獲物を見て落胆した。
せっかく初の大物だった思った獲物である頬白グマは親子連れだったのだ。
「クソ、なんでこんな季節に子供連れなんだよ!」
普通、頬白グマの繁殖期は春から夏で今の季節に子供がいること自体が珍しいのだ。
スコープから頬白グマの親子を見つめながら必死にジャスは考えていた。
狩人の掟によりいかなる場合に置いても親子連れは狩ってはならない。
それが山に生き、生かされる狩人の掟である。
しかしこの時のジャスには、目先の獲物に目がくらみ一生後悔する選択をすることとなる。
パンッ パンッ
と二回銃声がした。
少し危ない笑顔を浮かべながら谷間を駆け下りるジャス。
今まさに自分が仕留めた獲物の前に立つと苦しげに息をする獲物と訳も分からずいきなり倒れた親にしがみつく小熊。
トドメ。
を刺そうとした時だ。
不吉に揺れ始める大地。地面が裂け、自分と獲物の間に巨大な地割れを作ると、次に地割れの中から現れたのは途方もない量のルーンだった。
「う、うわっ、うわぁあぁあ!」
ルーンを浴びるまいと必死に逃げるジャス。
ある程度おさまった後、ジャスが戻ってみると、きっと我が子の為に死力を尽くしたのだろう親グマが子グマを守るように覆い被さり死んでいた。
子グマは辛うじて生きていたがルーンを僅かに感染し、急激な進化に体はボロボロ。
無惨な光景だった。
「オレのせいだ・・オレが欲にかられて撃たなければこの親子は助かったの・・」
ジャスはその場に膝をつくと、もう生きていない親グマに向かって何回も土下座した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・」
ジャスはせめてもの報いに親グマの墓を作ると、一匹残った子グマを連れて自らの小屋へと帰った。
それから数年後
子グマは傷が治ったあと山に帰し、ジャスはまだ狩人を続けていた。
その頃から妙な事が起きるようになった。
純白の毛を持つ魔獣に村が襲われるようになり、討伐に乗り出した狩人も返り討ちにされた。ジャスの師匠であるダイも殺され。
次はオレの番だとジャスが準備をしていると一匹の頬白グマが現れたのだ。
「オマエ、あの時の・・」
それは紛れもなくあの子グマであった。
頬白グマはジャスについて来いと言わんばかりの態度をとるとジャスをかつて親グマを殺した忌まわしき谷間へと導き、墓を見せた。
「掘り返されてる、」
墓は掘り返され、中に死体はなかった。変わりにあったのは生え落ちた黒い毛と、新たに生えた時落ちたであろう純白の白い毛。
言われずとも、全てがわかった。
今、村々を襲っている魔獣の正体。それはあの時死んだと思われていた親グマ。
ルーンの力で魔獣へと進化した親グマだ。
頬白グマは地面に汚い字で文字を書き始めた。
討伐を手伝ってやる。と
「だがあれはオマエの親だぞ!?」
関係ない。あれはもうただの魔獣。人にも獣にも山にも脅威でしかない。
「だが、オマエの親をあんな風にしちまったのはオレだ、」
自然界では死なんてものはいつも隣にいるもの。どこで誰に殺されようと相手を怨んではいけない相手も生きる為にやっているのだから。
頬白グマの目は真剣だった。
「わかった、元はといえば全てオレの責任。ヤツはオレが狩る。」
この頬白グマはグリンと名付けられる。
後にベアヘッドと名付けられた親グマは驚異的な生命力、回復力に加え、圧倒的な殺傷能力により長い年月がたった今でも生き続けている。
その過程で村は無くなり、狩人もジャス以外全て殺された。