Re:コンタクト①
鬼ごっこを生き残った二千三人の内の一人、小林稚流は今でも信じられない。
何故生き残ることができたのか。
ゲームから何から、全てが夢ではないのか。そう思ってすらいる。
本来なら稚流は、走ることはおろか、立つことさえままならないのだ。
そんな稚流が、鬼ごっこで生き残った。にわかには信じ難い。
奇跡的に、また歩けるようになったのが、生き残れた理由などとは。
「…………」
何も言葉にできない。何だろうか、折角助かったというのに、ちっとも気持ちが浮かない。ブイは常に海の上に浮かんでいる。今はそんなことどうでもいい。
感情が動かない。
ああ、壊れたのか。
などと、己の状態を客観的に把握し、納得する。
目の前で仙道の無惨な死を見せられ、穴を穿たれた感情に思考を巡らせた。
戻る気配ないなー……なーんにも感じないや。
八千人が死んだと言っていた。
その事実を聞いても何も思わなかった。
ああ、沢山の人が鬼に殺されたんだなぁ。
とだけ。
生きながら死んでいる。そう表現するのが正しいだろう。
そんな稚流は、体育館で一人、歩けるようになった足を抱えるようにして床に座っていた。
そうしてボーッとしていた時のこと。
「このゲームの存在を、リセットする……ッ!!」
「そして、死んだ人達を生き返らせる!!」
最初からこの声の主はどこか違う気がしていた。
稚流を含める大半の人間が、己の置かれた状況を理解できず混乱していた中で一人、疑問を《カミサマ》にぶつけていた。冷静に自らの置かれた状況を把握しようとしていた。
不思議に思った。
なぜこの人はこんなにも、生きようとしているのか。
感情が動かない稚流は、この先死のうが生きようがどっちだって良い。
確かに、リセットを願い、このゲームに参加させられた。だが、何度リセットしても、また目の前で仙道が死ぬかもしれないではないか。
そんなの耐えられない。もう疲れた。いっそ死にたい。
そう思い、鬼ごっこに臨んだのだ。
だが、稚流は生き残った。
逃げ回ったわけでもない。ただ街中にポツンと立っていただけだ。
なのに、鬼は寄って来なかった。
結果、歩けないというアドバンテージを持っていたはずの稚流は、なぜか歩けるようになり、しかも鬼が寄って来ないというまったく不思議しかない理由で今、こうして体育館にいる。
なんとなく。そんなんで生き残ってしまったのだ。
死を望めば、それを生が拒み。
生を望めば、それを死が拒み。
運命というものが存在するならば、稚流は運命に嫌われているのだろう。
そう思うのも仕方が無い。
それを受け入れた上で、稚流は……
──ぁ……
涙を流していた。
「……クソッタレ」
一人苦悩する少年を見ていた。
凍った上に壊された、動かないはずの感情を揺らし。
大粒の涙を……。
あれ、止まらない。なんでだろう……悲しくは、ない。なのに、あれ?
苦しそう。
少年を見て、そう思った。
そうか、私が悲しんでるんじゃなくて、あの人が……だからあたしが……んん?
あれ?なんであたしが?
そこで何かおかしいことに気付く。
んんん?
涙を流したまま小首を傾げる。
なんかシリアスだった雰囲気が消え去った。
あの少年がどこか苦しそうに見える。そこまではわかる。
けど、なんでそれで稚流が涙を流しているのか。
やっべえ、全然わからんよ……。
涙が止まらないまま頭を抱える稚流。なんかシュールだ。
「──何泣いてんの……?」
と、例の少年がいつの間にか目の前にきて訝しげにこちらを見ていた。
目が合う。
固まり、数秒。
……
…………
………………
「あんたのせいだからあああぁ!!」
「はああああぁ!?」
それが、稚流と景人のファーストコンタクトだった。
それがインパクトありすぎて、稚流は気付かない。
今、自分が『感情に任せて』叫んだことを。
その起因は、少年、景人にあることを。
それに気付いていたのは、ある一人だけだった。