Re:ロード③
放課後。やったね帰ろう。
とはならないのである。帰りは帰りでHRが……めんどくせー。思っても顔や口には出さないけれど。私は普通少女なのだ。不平不満は漏らさない、教師陣にとっては優秀な生徒。こんな普通な少女が優等生に分類されるんだから、日本の平均的な普通がいかに低脳かを思い知らされる。
帰りのHRでは、ソフトボールの件については触れられなかった。おそらく、誰も自己申告などしなかったろうに。正義漢の心の内はさぞ嘆かわしかろう。
ま、知ったことではないが。
いかに普通少女な私でも、私が犯人ではないのだからどうしようもない。犯人を探して自己申告させるなどもできるはずがない。なんせ私は、何の取り柄もない、ただの普通少女なのだから。
嘘だけど。
さて、良い加減この仮面も飽き飽きしていたところだ。そんなところにこんな事件が舞い込んだ。まるで、私のために起きたみたいじゃないか。それならば遠慮なく利用させてもらおう。この退屈な生活とはおさらばさせていただく。
布石は整った。私が打ったわけじゃないけれど。私はただ待っていただけの、能無しだけど。能面ではない。表情あるよ?いや、能面だからって表情ないわけじゃないけど。何だっていいわ。
始めようか。《〝普通少女〟と退屈を払う仮面》を。
* * *
私は、学校の周り、生徒間では外周と呼ばれる場所である人物を待っていた。いつもここらを見回りにくる人物を。
「──誰だ?」
私に声をかけて来たその人物に向かって私は一言。
「ボールを先生に向かって投げたのは私。そういうことにしてもらえませんか?」
* * *
翌日。
朝の挨拶や出席確認という恒例行事を終え、正義漢が切り出した。
「昨日話したソフトボールの件。無事解決した」
いや、頭に包帯巻きつけといて無事はないだろ。
思わずツッコミたくなったが、我慢我慢。
「投げた本人から申告があった。最近ストレスが溜まっていてむしゃくしゃしていた。そこで、落ちていたソフトボールを思い切り投げ上げたんだそうだ。それが風で流されて、外周に流されていったらしい。そこを運悪く私が通って、当たってしまったと」
一応理屈は通る。……通るのか?本人が信じてるから通るってことで通そう。段々わかりづらくなってる。
「本人は反省しているようだし、今回の件は事故のようなモノだったから不問にする。正直に話してくれたのも嬉しかったな」
怒ってるくせに。めちゃくちゃ。
「今後はこのようなことがないように気をつけてもらいたい。頼むぞ。あと、ソフトボール部員に。備品はしっかりと片付けるように。以上だ」
起立、礼。こうしてHRは終わった。さ、一時限目の準備をしよう。
* * *
放課後。
HRは何事もなく終わった。あ、夏休みについてのちょっとした注意事項の連絡があったか。
部活に所属していない私は、机の中の教科書を学校指定の鞄に仕舞い帰る準備をする。その時、正義漢に声をかけられる。
「ちょっとこっちに来てくれ」
手招き付きで。……私を招いても、幸せもお金も手に入れられませんよ?
* * *
「──昨日の話だが」
私を理科準備室に連れて来、てそう切り出した。
「何でしょうか……あのことに関しては悪かったと思ってます」
「そのことでちょっと気になることが」
ふむ……この教師、意外にキレるのかもしれない。そう直感が告げる。
「昨日、私に自分がやったと言いに来た時、違和感を感じたんだ。その時はわからなかったから何も言わなかったんだがやっと気付いた。ちょっと聞いていいか?」
ちっ、めんどくさい。そのまま違和感なんか抱かず鵜呑みにしてれば良かったものを。
「……なんですか?」
あくまで冷静に、平坦な声で聞き返す。
「いや……体育会系でもないおまえに、空高くソフトボールを投げることが出来るのかと思ってな」
「実際にできちゃったんですよ……だからこそ先生に当たってしまったんだと」
嘘だ。
「そうか……?なら良いんだが。誰かを庇っているのなら、それは間違った正義だからな」
「誰かを庇うだなんてしませんよ……庇うだけの友達なんていませんし」
半分本当、半分嘘だ。
「それはそれでな……もしかして、ストレスってそれなのか?」
「あはは、違いますよ。友達がいないのがストレスじゃありません」
本当だ。
その一言で正義漢は一応の納得を示し、私を解放した。
* * *
鞄を取りに教室に戻ると、昨日、いつもより早い時間に教室に来た生徒が、一人窓の外を見ていた。
「今日は外周、走りに行かなくて良いんですか?」
その生徒がこちらに振り返った。西日がその生徒の顔に影をつけ、さながら見た目は子ども、頭脳は大人な名探偵や、じっちゃんの名にかけて事件を解決する少年やらが活躍する漫画に出てくる事件の犯人のようになっていた。
「先生に、何を言われていたんだ?」
まあ……犯人ですからね。
男勝りな口調のその女子生徒が、ソフトボールを先生に見事命中させた張本人であった。
それでは普通さん、オサラバ。