戦闘の予感
それは、少し前にさかのぼる。
「学長。よろしかったのですか? あのような子供にこの案件を任せて? 話によるとあの子達、今年から我が学園に入学する予定の生徒なでしょう?」
暗い部屋。暗幕で日の光を遮り、電灯を消し、殆ど前も見えないような部屋。
そんな中に男の声が響く。
「確かに、少女。木城明日香【きじょうあすか】は相当な実力者でしょう。それは、分かります。ですが! あの少年。彼は見たところ素人同然ではないのですか!? いくら木城が強かろうとあんな足手纏いを一緒に行かせては、実力を出し切れずに殺されますよ!!」
男の表情は暗くて確認できないが、その声、その口調からは目の前にいる何者か、『学長』と呼ばれる者に対する、怒りや、嫌悪を感じさせる。
「今からでも遅くありません。至急応援を送りましょう!」
そう言い男は胸ポケットから携帯を取り出す。
そして、携帯のボタンを押そうとした瞬間。
「平気ですよ。彼は貴方が心配するような弱者ではありません」
暗闇から一筋の閃光。
気がつくと男の手からは携帯が無くなっていた。
「まったく。貴方はいつも気が早いですね」
そういう『学長』の手には携帯を握る一人の人間がいた。
「学長! いい加減にしてください! 今は貴方と遊んで……」
しかし、男は最後まで怒鳴る事は出来なかった。
目の前の人間。『学長』から発せられる力に言葉を失ったからだ。
「少し落ち着きなさい。 今回の案件はあの子らに一任します。大丈夫。私があの子達なら任せられると判断したのです。それとも貴方は私が信じられないと?」
目の前からの殺気。男は思わず崩れ落ちそうになる。
「し、しかし……彼女は所詮、『中学生最強』というだけです。今回のような案件は『プロ』にでも任せればいいではないですか?」
そう言う男からは先ほどの威勢の良さは感じられない。まるで蛇に睨まれた蛙のような弱弱しさだった。
「まあそうなのですが、彼女には彼がついてますし、彼にも少し働いてもらわないと。平気であの子引きこもりになりますから」
そのおどけた声からはもう、殺気は感じられなくなった。
男は安堵の息を吐き、疑問をぶつける。
「先ほどから、「彼」「彼」と言いますが、それは木城と一緒にきた少年のことですよね?
あの少年そんなに凄いようには感じられませんでしたが、何者なのです? 学長が気にする、ということは余ほどの逸材なのでしょ?」
そんな男の言葉に、軽く笑いながら答えるのだった。
「入学式が楽しみですね」
と。
そして時間は元に戻り、現在。
少年。風城鎖眞【ふうじょう かりま】は廃工場の屋根を歩いていた。
「まったく。なんで俺はこんな事してんのかねー。面倒くさい」
そう愚痴りながらも鎖眞は、鋭く辺りを警戒しながら先に進む。
「とりあえずは中に侵入しないとな……まずは進入経路の確保か?」
少年は両手を広げながら、歩く。
もし誰かがこの光景を見ていたら、かなり間抜けな絵図らだろう。
それはまるで、屋根の上で飛行機の真似をして遊ぶ子供のようだった。
しかし、鎖眞は決して遊んでいる訳ではない。
「…………『見つけた』」
突然鎖眞はそう言い、広げていた両腕を元に戻し右腕だけを静かに持ち上げる。
すると――
風が『止んだ』。
無風。
そんな中、鎖眞の右腕の周りだけが竜巻のように風が渦巻き右腕を覆う。
そして、次の瞬間。
屋根の一部が吹き飛んでいた。
そこからは天窓が姿を覗かせる。
「ふう……。これで入り口は確保っと。で、問題はここからか。取り敢えずは明日香を呼んで……」
「うん? 呼んだ?」
「…………」
「…………」
静寂が辺りを包み込む。
鎖眞の後ろ。
そこには一人の少女がいた。
「明日香さん? 何故ここにいるのでしょう? 確か僕は待っているように言ったはずですが?」
精一杯の皮肉を言うとともに、明日香を睨む。しかし、半分諦めのようなものがある所為か全然迫力がない。
そんな鎖眞の様子を見て、もはや定位置となった鎖眞の背中に張り付くように、抱きつき、明日香が言う。
「そうなんだけど……暇だったから♪」
「…………怒るよ?」
さすがの鎖眞も限界だった。
「うー。いたい」
両腕で頭を押さえ、涙目で鎖眞を見つめる明日香。
「うー。ひどいよ。あんなに思い切りゲンコツしなくてもいいのに」
「そんな、思い切りやってないだろうが……」
鎖眞は静かにため息をつく。
「さて、ここから中に入る訳だが……
その前に、明日香。今回の依頼って、どんな内容だっけ?」
鎖眞はさも当然のように明日香に聞く。
「……ねえ鎖眞? もしかして学長の話聞いてなかったの?」
「あぁ。あまり興味なかったし、明日香が一緒だったからいいかなと」
要するに、面倒だったから話をすべて聞き流していた、ということらしい。
そう鎖眞が言うと明日香は僅かな間沈黙した。
「……はあー。まあいいけどさ♪」
そう言うと明日香はため息らしき事をするものの、その態度とは裏腹に嬉しそうに説明を始める。
どうやら鎖眞に頼ってもらえる事が嬉しいらしい。
「なんでもね、最近この辺り一帯を荒らしまわる人がいるらしいの。そしてね、その中にどうやら魔能者がいるらしいという情報が入ってきて、学長が政府から協力を求められたの」
そう明日香は言い、さらに続ける。
「んで、ここからが本題。今回その魔能者を『殺さずに生け捕る』のが私達の任務。だから鎖眞。間違えても『殺さないでね』」
明日香は笑顔で鎖眞に言葉を投げかける。しかし、その言葉からは何かゾっとするものがあった。
「あぁ。分かっているよ。で、その荒し野郎がこの廃工場にいるわけか?」
「うん。調べではそうらしいよ」
「ふーん。そんじゃ中に入ってみるか。
明日香はここで待ってるか?」
そんな鎖眞の質問に明日香は首を左右に振る。
「ううん。一緒に行くよ♪」
そう言う明日香は、いつの間にか幸せそうに鎖眞の服の裾を掴んでいた。
「そうか。なら入るぞ。とりあえずは様子見したいし、隠れながらな」
そう言いながら鎖眞は天窓を開け、中を覗きこむ。
「? 誰もいないな」
鎖眞は中を確認し、その後、自分を掴んでいる手を外させる。
「明日香……危ないから放してくれ」
そう苦笑いをしながら、鎖眞は天窓から飛び降りる。
廃工場の中はそれなりの広さがあった。しかし、室内には昔使っていたと思われる機材などがあり大分圧迫しているように感じる。
「鎖眞―。高くてそっちに行けないよう~」
そんな中、明日香の情けない声が工場内に響いた。
「こら! いきなり大声出すな! しかもお前なら『だがが十メートルぐらい』
余裕だろう!」
鎖眞の言っていることは、もっともだった。
最強の中学生が、たかが十数メートルを飛べないわけがない。
「そんな事無いよ。高いとこ怖いよ…………。鎖眞。なんかこっちに二人、誰かが近づいてくるよ!?」
明日香が半泣きになりながら鎖眞に弱音を吐いた。
と思うと、突然、明日香の声が凛としたものに変わる。
そして、その言葉に鎖眞は慌てることもなく返答する。
「あぁ。みたいだな。一人はこっちに。もう一人は屋根からか」
その返答は、まるで目の前で見ているような口ぶりだった。
しかし、当然ながらそのような人影は見当たらない。
「どうする? そっちで一人ヤれるか?」
「うん。大丈夫!」
明日香の返事はほんの五分前とは裏腹に力強いものになっていた。
その言葉を聴き鎖眞は小さく笑みを浮べ、首を軽く回す。
「よし! 来るぞ! 気をつけろよ!」
「そちらこそ!」
そう言い残し、明日香は姿を消すのだった。
と、いうわけで投稿しました。
読んで下さると嬉しいです!
……戦闘入れられなかったorz