第二話
「クソッ、クソッ、クソ!」
「クソはこっちの台詞だよ!」
六年後、師匠は管理局の下部組織、【機関】を作り、俺もその一員となった。最近では単独での任務も任されるようになり、今もその真っ最中だ。
「なんだよ、クソ!俺はただ、穏やかに暮らしたいだけなのに!」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ、てめえが一般人巻き込んだんだろうが!」
主な任務内容は、一般人に対し危害を加えた異能者の捕獲、或いは異能が露呈した異能者の保護。特に異能に覚醒したての人間は全能感から暴走しやすく、その対象となる場合が多い。
「うるさい!俺に近寄るな!」
だが今回はどうやら例外らしい。さっきから異能の使い方が上手い、的確に俺の進行先を妨げてくる。迷宮、その名の通り迷宮を生み出し、自在に操作する能力。強い異能だが、これを使いこなすには慣れが必要だろう。
「破!…って、キリがねえな」
俺を妨げる迷宮の壁を、さっきから拳で砕き続けてるんだが、終わりが見えない。全く、温厚に済ませたいがそうも言ってられないか。
『司くーん、まだ時間掛かりそ?』
「もうちょっと待ってくれよ、今済ませるから」
面倒臭がりの同僚からの連絡にそう答えながら、俺は一本の剣を生み出した。【純愛剣】、剣を生み出し自在に操作する、これが俺の異能。
「おら行け!」
俺は歩みを止めて、逃走する男、都冴に向かって剣を放った。
「クソ、止まれ!」
次から次へ壁を生み出していく男、だが俺の剣はその程度じゃ止められない。
「…なら、【絶壁遮断】!」
それに気づいたのか、都は迷宮の壁に何か仕組んだ。次の瞬間、剣が壁に弾かれた。成る程、硬度強化か。だけど、それなら、対応策は幾らでもある。ここは、一番楽な手を使わせてもらうか。
「【不止杖】」
俺の手に現れた一本の杖。俺はその杖を剣に向けた。この異能は、杖を向けたものに止まることを禁じる力を持つ。人間なら自分の判断で歩みを止めることが出来なくなり、投げた石は落ちることなくどこまでも飛んでいく。最も、範囲は決まっているから永遠に止まらないなんてことはないが。
「な―!」
その対象が俺の純愛剣ならば、どんな硬い壁だろうが貫きながら飛んでいく、最強の矛になる。
絶壁遮断の壁を越えたことを確認して、俺は杖を消した。最早、目的は達したからだ。
「はい、捕まえた」
足元に向かわせた剣で躓いた都を起き上がらせながら、俺はそう言った。
*
「や、司。お疲れ」
「よう、今日はお前か」
捕まえた異能者は十刻院に引き渡すことになっている。十刻が属する【院】は日本有数のグループ会社であるとともに、異能等裏の事情にも通じている世界的に見ても稀有な存在だ。俺たち機関は院と共同することで、この場所で活動することを許されている。
「うん。兄さんがなんか忙しいらしくてね。爺に押し付けられた」
「そうか、大変だな」
「うわー、つめたー。声に感情が乗ってなさすぎでしょ。姫、超ショック」
俺が姫薔薇といつも通りしょうもないやり取りをしていると、都冴が口を挟んできた。
「お前ら、俺なんか捕まえてる暇あるんなら、あいつを捕まえろよ!」
「…あいつ?」
何のことだ?姫薔薇に視線を向けたが、こいつも心当たりはないらしい。
「大体、俺が何で一般人を巻き込む羽目になったのか分かってんのか!?あいつに襲われたからだよ!」
「落ち着け、そもそもあいつって誰だ?」
「女だ!デカいしっぽと翼が生えてた!」
なんだそりゃ、竜人とでもいう気か?そんなのいる訳ない…と、一刀両断してやりたいところだが、例がない訳じゃない。俺は同僚と通話を繋げた。
「夏織ちゃん、聞いてたか?」
『聞いてたよ。でも該当データなし。適当言ってるだけだと思うけど』
「だ、そうだが?」
「そんなこと知らねえよ!データを改ざんしたりでもしたんじゃねえのか?」
生憎なことにそれも完全には否定できない。そう言うことが出来る奴もいるにはいるだろう。それに、こいつの言ってることにも一理ある。
被害者の一般人二名には外傷の類や、こいつに何らかの危害を加えられた、という事実は一切なかった。こいつの迷宮に巻き込まれてパニックになったってことくらいだ。一般人を巻き込んだのは単なる事故、元よりその可能性は視野に入れていた。
「悪いけど、夏織ちゃん」
『おけ~。兄さんに連絡とってみるよ』
「ああ、頼む」
連絡を切って、俺は姫薔薇に目を向けた。こいつの言ってることが本当にせよ、嘘にせよ、一般人を巻き込んだのは事実だ。それ相応の罰、指導が必要となる。
俺の目配せをすぐに理解した姫薔薇は、一瞬の内に都を気絶させた。見事なお点前で。
「相変わらず、えぐいなそれ」
「爺とか兄さんに比べたら全然でしょ。姫、全然練習してないし」
今みたいな技術は、十刻院の一族なら皆、当然の様に習得している。
十刻院、別名【十刻隠密部隊】。彼らは元々、っていうか大昔は幕府お抱えの隠密組織、当時で言えば忍者集団だったらしい。明治、新政府は新たな隠密組織を雇い、お役御免となっていたところを、二条院財閥に拾われて今に至る。その技術は現代にまで受け継がれており、今の姫薔薇みたいなマイルドな暗殺術みたいなのも思いのままだ。
「それじゃ、ばいばい司」
「ああ、また明日」
都を抱えて音もなく去っていく姫薔薇を見送って、俺も帰路についた。




