三ノ段
奥の曲輪を抜けた先、左右を土塀に挟まれた道を二人の青年武士と、一人の少女が歩いている。
「ねぇねぇ、そういえばなんで二人は事件を調べてるの?」
禰子のあっけらかんとした言葉に、黒田官兵衛と八代又助の二人は一度顔を見合わせてから
「放っておいたら、黒田の家がヤバイ」
と、同様の事を言った。
思索少なき官兵衛も、勘鈍き又助もこの事件が、黒田の家に与える影響を十分に理解していた。まず第一に、主家の小寺家の客将である町ノ坪がどのような形であれ、黒田の居城で不可解な死を遂げれば、謀反の気があると小寺に疑われかねない。次いで、乱波が城内に潜んでいるとなれば事態はさらに深刻で、諜略に利用されるか場合によっては寝首をかかれる可能性すらある。
「ふぅん、やっぱり二人ってちゃんと戦国武将やってんじゃん」
気楽な禰子の物言いを受けて、それぞれ簡単な軽口で返した後、事件の思索を一旦打ち捨た二人は、当主である黒田職隆へ報告しに行く事とした。禰子とはここで別れ、その去り際に官兵衛は、引き続き事件の情報を集めるようにと言い含めていた。
さて、この職隆も己が子と変わらず、十分に合理的な思考をする武士であるが、それ以上に主家に対する忠義というのも持ち合わせており、主家である小寺から客将として招いていた町ノ坪が、自身の管理している城で死んだという事実に苦慮していた。
「親父殿、町ノ坪の旦那の事で何か解ったかい?」
居館の奥の当主の間に二人が通された時も、職隆は悩ましげに眉をひそめていた。
「まだだね、侍医の蓬莱庵先生にも診て貰ってるけど、まぁ暗殺だとは思うよ」
「御当主、何か確証がおありのようですが」
又助の問いに対し、職隆は手頃な高杯に盛られた貝の乾物を手に取り、口に抛ってから平静の調子で言葉を返す。
「町ノ坪殿はネ、小寺の家の方で揉め事を起こしたというか、どうにも疎まれててね。小寺の本城の御着城じゃなくて、姫路に逗留してたのもそういう理由があった訳さ。でもまぁ、殺される理由が無い訳じゃないけど……」
そこで言いよどみ、深くまなじりを結んで開く気配の無い当主に向かい、又助が先を促した。それを受けて、難しい表情で職隆が口を開いた。
「町ノ坪殿、皿を咥えながら死んでたんだって?」
「そうだったな、こうがっちりと三十糎はあろうかという大皿を歯で噛み締めてだ、あまりの形相で長くは見たくは無かったが、歯茎から垂れた血が皿に条を描く程だ」
口元に手を添えて、皿を噛む様子をしてみせた官兵衛を見て、職隆はさらに怪訝な表情を作る。
「なるほど、ならこれは“見立て”だ。四十年前の皿屋敷事件のネ」
職隆は呟き、口中の乾物を咀嚼した。