表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

二ノ段



 既に遠くから朝日が昇ろうという頃、黒田官兵衛と八代又助の二人は未だに長壁姫不在の奥の曲輪を探っていた。


「しかし、ここはあまり使われていないようだな」


 疲労のために不注意となったのか、近くの水桶に足を取られて倒れそうになった又助が、恥ずかしさを紛らわせるように言った。


「だろうな、奥の曲輪ってのはようは城が攻められた時の最後の砦さ。堅固に作ってあるが、普段から使うような物じゃない。無用心ちゃ無用心だが、見ろよ、ここなんか半ば物置だぜ」


 官兵衛が指し示した通り、長持や葛篭の類が積まれ荷物が押し込まれている感じをさせる。さらに、調度のいずれもが埃をかぶり、溜め置くべき用心水の桶の中も大分減っているのを見て、勘の悪い又助でも、この部屋が今日までほとんど使われていない事が解った。


「それで又助、外の様子はどうだったよ?」

「どうにもだな、廊下は真っ直ぐこの部屋に続いているし、外の渡り廊下も同様だ。途中に渡り廊下と廊下を隔てる扉が一つ、内からも外からも開けられるようだが、まぁ意味は無いだろう。さらに、周囲には堀があるから余程の乱波で無い限り渡ってこれん」


 聞きながら官兵衛は、自身の背より少しばかり高い位置にある、嵌め殺しの窓の木枠に手をかけていた。


「こっちの窓も、細工したような形跡は無いな。となれば、暗殺の手段は一つ、食べ物か飲み物に毒を仕込んで含ませる事だ」

「確かに、ここに出入りした人間で何人かは食事か酒を運んでいたな」


 ここで猫の鳴き声のような物が聞こえ、それに気づいた官兵衛が手を叩くと、やはり何処からか禰子が姿を現した。


「禰子か、どうだった?」

「パパっと調べてきたよ」

「誰が町ノ坪氏に会っていたか、解ったか?」

 禰子が小さく右手の指を一本ずつ折り、薬指まで行った所で止め、顔を上げた。

「四人だったよ。小姓さんが二人、女中の人が二人」

「やはりか」


 官兵衛と又助が詰所から奥の曲輪突入の頃合を見計らっていた時、町ノ坪の所には合計で四人の人間が出入りしていた事を、二人とも記憶している。それらと合致したという事は、他に侵入者が居ないという事である。


「えっと、会った順番で言った方が解りやすいよね?」

「頼む。それと、何か食事か酒でも持ち込んだ者が居たら言ってくれ」

「了解。まず小姓の新右衛門君が、最初に会いに行ったみたい。これはただ話しに行ったんだって。次に女中のお吉さん、夕食を運んで行ったんだってさ。その次が小姓の菊千代君、お酒を持っていったんだって。最後に女中のお蝶さん、この人もお酒を持っていったみたいだよ」


 その報告に、腕を組んで聞いていた又助は深く頷いた後、何かを思い起こしたのか、顔を上げて禰子を見据える。


「ふむ、私と官兵衛がここに踏み入った時、部屋には誰も居なかった、それは事実だ。そして昨日、この部屋にはその四人の人間だけが出入りしたという事になるな」

「それってつまり?」

 禰子が事実に思い至ってない事に、又助は少しばかりの優越感を感じ、得意げな顔になる。

「検分の結果、外からの出入りは難しいという事になった。だから、その四人は現状では町ノ坪殺しの容疑者という事になる」

「おお、なるほど」

 禰子は感嘆しながらも、既に又助でなく、適当に調度品をいじっている官兵衛の方を向いている。

「だってさ、官ちゃん」

「それで、又助が気になってるのは、その中で毒を仕込んだ人間が居るか、居るとしたら、一体いつ毒を仕込んだか、だろ?」

「ああ、夕食一回と酒二回、そのいずれかに毒が仕込まれていた、と考えるべきか」

「だが待てよ又助、町ノ坪の旦那は一応は客将だったんだ。当然だろうが、食事の時は側の者が毒見を行うだろ?」

「そうなるな」

「って事は、小姓か女中が毒見を行ったとして、町ノ坪だけが死ぬってのはおかしいだろ」

「いやいや、犯人だけが解毒剤を持っていたのかもしれない」

「なるほど、遅効性の毒ならありだが毒の種別が解らない今、それを考えるのは禁物だぜ」

「待てよ、それなら動機から推理したらどうだ。その四人の中に町ノ坪に恨みを持つ者が居るのかどうか」

「それも無しだ。もしもどっかの間諜(スパイ)なら、動機なんて関係なく殺してるぜ」


 侃々(かんかん)諤々(がくがく)の論争の中、禰子だけが一人冷静に事実の取捨選択を済ませていた。


「毒の種類が解らないなら侍医の先生に、動機が解らないなら職隆様に聞けば?」

「それだ!」


 二人の和声が響いた所で、日が登り、何処かで鶏が鳴いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ