日陰に棲む者たち
紗也と明莉は大学で同じ専攻を選び、必修科目で同じ教室になった。
人見知りする彼女たちは、自然と人の少ない方へと逃げていき、集団から外れた隅っこで知り合った。彼女たちは二人で心地よい日陰を見つけたのだった。
初めて会話した時から、彼女たちは相手が同じタイプの人間だと気づいた。自分から過去について話したり、相手にそれを詮索したりする必要もなかった。同じような過去の影響が雰囲気、立ち居振る舞い、服装、声の調子などにはっきり現れていたからだ。それだけで相手を受け入れ、信用することができた。
大半の新入生がまだ新生活に慣れていないころから、明莉は早くもアルバイトを開始した。彼女は学費免除の特待生だったが生活費を自分で稼ぐ必要があった。だから彼女と紗也は外ではなく学校で話をすることが多かった。彼女たちに共通の趣味はないのに、なぜか話が尽きなかった。
明莉も紗也も交際範囲が狭かった。彼女たちにはバイト先の人と仲良くなろうという発想はなかった。学校でも他に気の合う友達はいなかった。誰も彼女たちに近づこうとしなかったが、それは彼女たちも同じなので、惨めな気持ちになることはなかった。
一年生の後期になると、学生たちの間で留学が話題になった。大学に留学制度があり、希望すれば誰でも一年間、外国の提携校で学ぶことができた。しかし希望者はそれほど多くなかった。
「明莉は留学しないの?」
「したいけど、何かとお金がかかるし、それに向こうでバイトできるか分からないから、無理ね」
「そうなんだぁ、せっかく外国語の成績がいいのに。一年も現地で暮せばすぐにペラペラになれそうじゃない」
「一年ぐらいでそんなに変わらないわよ。留学し、勉強を忘れて外国で遊び呆けるよりは、この国で真剣に勉強をするほうがためになるわ。ハンディキャップにはならないはず」
「明莉は前向きなんだね」
「紗也は行きたくないの?」
「行きたいんだけど、一人で外国に行くのは怖いし……」
「他にも希望者がいるでしょう?」
「でも向こうで孤立したら、うつになりそう。外国語だってあんまり分からないし」
「そっか、じゃあ仕方ないわね。私たちは地に足をつけて、自分にできることを頑張りましょう」
それまでの義務教育や受験目的の高校生活と比べると、主体的に活動できる大学生活は忙しいが充実し、時間が短く感じられた。彼女たちは青臭い新入生から二十歳の大人になった。息抜きとして相手の家を訪れ、少しだけ酒を飲み、将来を語らうようになった。
「明莉は卒業したらどうするの?」
「どうするって、とにかく自活しないと。そのために就職し、働き、立派な社会人になる」
「なんだか私、社会人になるのが怖いの。学校を出て、大きな社会の中に取り込まれて、その歯車になって日々を送ることが現実的じゃないっていうか」
「でもみんなそうやって働けているみたいよ」
「誰か素敵な男の人が現れて、私をぐいぐい引っ張ってくれないかなぁ」
「そのほうが非現実的じゃない」
「誰かを頼り、その人のために生きる。それなら実感のある生活だと思うの」
三年生になった。紗也と明莉は同じゼミを選択した。類は友を呼ぶというやつで、暗く声が小さく就職の世話をまったくできない教授のゼミには、男子も女子も地味な雰囲気の人ばかり集まった。ただ紗也と明莉のように、多くが元の友達とグループを作り固まるので、ゼミ生全体としてはそれほど仲が良くなかった。
ところが一人だけ完全に仲間外れになっている男子がいた。高橋和樹はいつも研究室の隅っこでぶつぶつ独り言をいっていた。近くにいたので、それがたまたま聞こえてしまった紗也は、笑いをこらえきれなくなった。
「高橋くん、自分実況に熱心なのね」
「?」
「だって、おれは……しない、おれは……な人間だ、おれはそこで必ず……だなんて、アニメキャラみたいなんだもの」
和樹は顔を真っ赤にしたが、平静を装い、仏頂面になった。紗也はそれが余計におかしく、ツボにはまった。他のゼミ生たちは二人を不思議そうな目で見守った。
それがあってから、紗也は和樹を見かけるとさり気なく一言、声をかけるようになった。和樹は上手に反応できなかったが、嫌がっている様子でもなかった。紗也はこんな短いやり取りを楽しんでいた。
「どうしていつも彼に話しかけるの?」と、明莉が紗也に聞いた。
「だって一人でかわいそうだから。それによく見るとけっこうイケメンよ」
「そうかしら」
一見したところ真面目そうなタイプだが、明莉には違和感があった。和樹の目つき、独り言の調子が、どこか攻撃的に感じられたからだ。
紗也はさらに、ゼミの時間に和樹の隣に座るようになった。それを続けることによって、紗也、明莉、和樹の三人組を作った。紗也は右の和樹、左の明莉とよく話し、明莉と和樹は時々、紗也を通して相手に話しかけた。
紗也と和樹が正式に交際を始めるころには、明莉はもう二人が似て非なるタイプと見抜いていた。紗也はおおらかで、和樹は心が狭かった。紗也はずぼらで、和樹は几帳面だった。紗也は内省的で、和樹は自分中心的だった。
紗也の自己主張が弱いので、二人が衝突することはなかったが、かと言って相互補完できるようにも見えなかった。明莉はただ不安だった。




