私、異世界転生したみたい
目を覚ますと、そこは知らない天井だった。洋風と和風の中間みたいな自分の部屋ではない、完全洋風の大きな部屋で、ベッドも一人サイズにしては少し大きい。
周りを見渡しても誰もいない部屋は自分の部屋よりも豪華な雰囲気を醸し出していた。当然だ、私の部屋には似合わないアンティーク調の家具が、まるでその手のコーディネーターに監修して貰ったのかと思う程綺麗に並んでいるのだから。
自分の体を見ると、そもそも私には似合わないようなレースがフリフリの白い服を着させられていた。
私は自分で自覚している位にはスカートとかワンピースみたいな女物の服が似合わない。なのに、なんだこのザ女物どころかお姫様の寝間着みたいな服は。体も少し女の子っぽい?いや、あまり変わらない気もするな。
目覚める前の記憶を思い出してみる。学校からの帰り道、信号の無い交差点、遠くから聞こえるトラックのクラクション……、記憶は途切れ途切れで全くと言って差し支えない程に何もわからなかった。
「まさか誘拐?!」
思わず大声が出てしまった。
しかし、もしもこれが誘拐なら大変だ。早くここから逃げなくてはいけない。あるいは親か警察に連絡する手段を探して…。
それにしても声が少しおかしい。連れ去られるまで時間が経ったのだろう、自分の声に間違いはないんだが別人みたいな感じがする。例えるなら似てる物真似を聞いてるみたいな…
「お嬢様目覚められたのですか!」
急にドアがバンと大きな音を立てて開いた。部屋の外から一人のメイド服を着た女性が勢い良く涙目で入ってきた。
「おじょう…様?」
突然すぎることで私は呆気にとられるしかなかった。私のことをお嬢様と、入ってきたメイド服の女性は言った。聞き間違えじゃない、今確実に言ったのだ。
なんだ?困惑しながらメイドの方を見ると奥に窓が見えた。
そうだ、鏡だ、鏡を見るんだ。反射でも良い、何か自分の姿を見られるものを探さなくては。
部屋の周りをもう一度注意深く見渡すと壁にかかってある棚の上に小さな鏡が置かれていた。
ベッドを立ち上がり棚の上にある鏡を覗き込む。
そこには、私ではない別の女性が映っていた。
金髪と赤髪の交じった、長髪で、女の子らしい女の子、
「これは…私?」
否、本当なら目の前の少女は私ではない、それでも、今起きてることが現実なら、鏡の中に映っていてる少女は、少女こそが私なのだ。
メイド服の女性が伺いを立てる様に声をかける。
「どうされましたかお嬢様?」
一方の私は、そんな言葉など聞こえない、いや、正確に言えば耳にまで届かない。これが私?この、何?何で?だって、だって、だって!
「キャーーーーーーーッ!」
こんなの別人だ!なんで顔を見るまで気が付かなかったんだ?というか、誰なんだこの少女は?というか悲鳴が出た、高音の悲鳴が。自分でもビックリしてしまう程の、それこそ虫が髪にくっついても叫ばなかった自分から出たとは思えない程の高音が。この高音はグラスを割れるんじゃないかという高音。まあ鏡も窓も割れてないからそこまででは無いのかな?
「お嬢様?」
メイド服の女性が顔を近付ける。いや、メイド服の女性というかメイドなんだろう。だって、メイド服着てるし。メイド、メイドさんか、そういう世界に転生したってことなんだろうなぁ。
一旦落ち着こう、私死んだのかな。まだ高校生だって言うのに?まあ、でもそういうことなんだろうなぁ。転生なんだろうなぁ。
「あ、うん…大丈夫…です」
気持ちを一度切り替え、心配そうにこちらの顔を見つめ続けるメイドさんに笑顔で返事をする。多分好い人なんだろう。涙目で狼狽しながら部屋に入ってきたし、何より心配そうな顔をしているし。
「大丈夫……本当でございますか?」
「え?」
どういう意味だろう、まさか雰囲気違う?もしかして、前のこの私は悪役令嬢だったんじゃ…
一気に不安が押し寄せる。前世の記憶を思い出した代わりに私は今世の記憶を失った状態なのだ。別人がお嬢様を装っていることと同じなのだから、それはそれで心配になるってもんだ。
「お嬢様」
「はい」
「ここがどこだかわかりますか?」
「勿論ですわ」勿論わかりません。
「お嬢様のお名前言えますか?」
「私を誰だと思ってるの?」私は誰なんですか?
「お嬢様、もしかして記憶喪失ですか?」
「どうしてかしら?」記憶喪失じゃないです、多分これ記憶交換とか上書きです。
というか、どうしてそんなにグイグイ聞いてくるんですか?もしかして何か気が付いてる?それともエスパー?本当に前の私はどんな感じだったの?
「お嬢様、もしかして…」
「いやあ、エノレア目を覚まされたのですね」
メイドさんの言葉を遮るようにドアの後ろから同い年くらいの男の子が語りかけてきた。
「アルヴィン様、いらっしゃっていたのですね」
「ええ、いずれ共にこの国を納める者として当然のことですよ。それと、ボクの事はアルヴィンで良いですよリラさん」
「そういう訳にはいきませんわ」
「良いんですよ、ボク達三人の中ですから」
突然押し掛けてきた男の子はどうやらアルヴィンと言うらしく、このメイドさんの名前はリラと言うらしい。しかし、この二人の関係は親密なのだろう、特別な呼び方を許すとかそれ程の中なんだろうな。
「リラ、アルヴィンもこう言ってる事ですし良いんじゃないの?」
「お嬢様?!」
なるほど、リラさんね、覚えました。名前さえわかればこちらのもんだ。あとはお嬢様っぽい言動をしながら様子を見て、素に戻れば良いだけの事である。
少し心の中でニヤケ顔をする。良いタイミングで来てくれたアルヴィンくん、貴方が誰かはわからないけどナイスタイミングだ。
アルヴィンの方に顔を向ける。
「なるほど、これは驚いた」
困惑の表情と共に漏れた声が聞こえた。
どうやら、思っていた反応と違かったらしい。嘘だろ、どんなんだったんだよ。本当に。
「しかし、これは…来たばかりで申し訳ありませんが今日はこれで。無事が確認できて何よりです。本当に色々と…ね」
そう言うとアルヴィンは踵を返して館から出ていった。
とりあえず、何か間違えたのは理解できた。もう素直に聞こう、これ以上は取り繕えない気がする。
「リラ?」
「はいお嬢様」
「やっぱり記憶が混乱しているみたいなの」
「はいお嬢様」
「だからね、ここ数日何があったのか教えてくれないかしら?」
「はいお嬢様」
こうして、私の第二の人生がスタートした。
この時の私はまだわかっていなかったのだ。記憶が無かった理由も、自認が自分であると言うことはどういうことかも。そして、自分がいったいなんなのか、そんな事すらちっぽけに思ってしまうような、この世界の真実すらも。