蓮くんの悩み事
『がらんどう』の番外編!
何故、お寺の少年であり、野球少年「蓮くん」の頭髪は、寝癖が付くほどに長かったのか?
その理由が明らかになる話。
俺の名前は『山本蓮』
『蓮』って言う名前は、俺の爺ちゃんが付けてくれた名前だ。
爺ちゃんはお寺の住職をしているから、極楽浄土に咲く「蓮の花」を清らかだといっている。泥に根を張り、泥水の上に美しい花を咲かせる逞しさも、爺ちゃんにはグッとくるらしい。
蓮の花みたいに清らかで逞しくなんて、正直言って今の俺には到底当てはまらない。
‥‥名前負けも良いところだ。
でも俺は、爺ちゃんが読経を上げている姿に憧れるし、カラカラと笑う顔も大好きだから、爺ちゃんが付けてくれた名に恥じない男になろうと思っている。
そう、爺ちゃんは俺にとって理想であり、なりたい大人の姿なんだ。
「頭髪」以外は‥。
* * *
「山本ーっ、どうしてチーム辞めちゃったんだよ。コーチが連れ戻せってうるさいんだよ」
小学生の頃から、ずっと続けていた野球のチームを2ヶ月前に辞めてきた。
中3になって受験勉強をするからって事を理由にして。
俺の友達の「安達」は足も早くて、スポーツは何でも出来る奴だ。
同じ野球チームでプレーしてきたけれど、コイツには絶対敵わないと何度も思わされてきた。
安達がバッターボックスに立つと、辺りの空気がスッと落ち着いて透きとおる。
奴の周りにはセンサーのような物が張り巡らされていて、安達に近づいた球は絡め取られるように、打ち取られてしまうんだ。
「山本さぁ、もう野球やらないのかよ‥。気が変わったらいつでも戻ってこいよ」
「あぁ、分かったよ。気が変わったら‥な」
安達は良い奴だから、煮え切らない俺の返事にも嫌な顔をせずに″ニカッ″と笑ってくれる。
高身長だし、糸目気味だけど涼しげな顔はイケメンだと言えるだろう。
そう、坊主頭でなければ。
* * *
物心着いた頃には、俺の周りは坊主頭ばかりだった。
身近な男の人は皆んな坊主かハゲ頭だ。
野球のコーチだけは何故か短髪でずるいなとさえ思っていた。
中学生になって「進路調査」の紙を受け取った時、俺はある事に気が付いて雷に打たれたような衝撃を受けたんだ。
(俺って、ずっと坊主頭なんじゃね?)って。
俺の頭はいつだって家庭用のバリカンで刈り上げられてきたから、小さい頃からずっと変わらずこの丸刈りだ。
このまま修行をしてお寺を継いだら、それはやっぱり坊主で丸坊主なのだろう。
初めて手がワナワナと震えるという経験をした‥。
そんなある日。
桜の花びらがヒラヒラと風に舞うような麗しい春の日に、何故か俺は熱を出してしまったんだ‥。
少し伸びた髪を乾かさずに寝たのがいけなかったのかもしれない‥。
学校も休みにして、重苦しい体を持て余し布団でゴロゴロしていたら、玄関の呼び鈴が鳴ったんだ。
体を動かすのも億劫でそのまま出ずに居たら、今度は玄関ホールで物音まで聞こえ出した。
(やばい‥、こんな時に空き巣かよ‥)
様子だけでも見ようと、足音を立てずに階段を降りていくと、玄関ホールにある古時計の前に「透けてる女の子」が居た。
(えっ?あれって幽霊じゃん‥。大人じゃないし、怖くなさそうだから声掛けてみようか‥)
それが、俺とユーリさん達との出会い。
ーーきっと、運命だったんだ。
◇ ◇ ◇
俺は、初めて″一目惚れ″という物をしたのかもしれない。
水面のようにキラキラと揺らめく輝きをまとった、銀色の長い髪をした人。
こんなに凄い人が目の前に立ち、話をしている事実がもはや夢に思えた。
俺が今まで坊主頭だったのも、この銀髪の人に出会う為の布石だったんじゃないかと、そう思えた程に、俺の頭はバグっていた。
* * *
ユーリさんとミツリさんの仲間になり、俺は自分の居る場所が見つかったような気がした。
いつかユーリさん達の国にも行ってみたいし、色んな物を目にしても怯まない、清く逞しい人であろうと、そう心に誓う。
そしていつか、ユーリさんのように格好良い大人の男に‥、なってみたい。
‥‥俺にも銀髪って、似合うの、かな?
!!!!!
思い出したっ!確か母ちゃんが、合唱サークルの発表会で首に巻いてたっ。
俺は母ちゃんの部屋のクローゼットを開け、引っ掛けられたそれを取り出した。
銀色でラメの入った、細長いスカーフ。
クローゼットの扉の裏に付いた、大きな鏡の前でスカーフを頭に掛けてみる。
(おぉ!ラメのキラキラ凄いけど、ちょっと銀髪っぽくね?)
スカーフを少しずらしながら角度を変えて、鏡に写る銀髪の具合を確認する。
「おっ、この角度、いけてんじゃね?」
「蓮っ?これはユーリ様に黙っておいてあげるわ。あの、その‥蓮は黒髪でも素敵だと思うわよ。」
「うわっ‥!恥ずっ‥。ステラさん、何でいるんすか‥」
「だって、蓮の事を頼まれているんだもの。いつもと違う部屋に居たから、どうしたのかと思って」
「今度、鳥ササミ買っときます」
「うん、気を使わなくて良いわよ。若いんだから」
エピソード「蓮くんサイド」でした。
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