多分お前の人生は詰んでるけどまぁ頑張れ
そういう世界の話。
やぁ久しぶり、コニー。
元気にしてた? 僕の方はぼちぼちさ。
正直ただ家が隣同士ってだけで付き合いが続いてただけの幼馴染で、そこまで仲が良くないのにどうしてうちの父さんも母さんもお前の事今まで気にかけてたんだろうな? 不思議でならないよ。
そりゃあ、うちの母さんなんかは本当は娘が欲しかった、とか前からずっと言ってたけど。
でも、お貴族様じゃないんだから、政略結婚みたいに本人が望まない結婚を僕たち平民がする必要はこれっぽっちもないわけで。
え? 私の何が不満? いや、そりゃ不満だらけだよ。
僕が言えた義理じゃない? いやー、確かに僕は自分がパッとしない人間だって自覚あるけどさぁ。
でも、お前よりはマシだと思ってるよ。
え? その口いつか叩けなくしてやる?
ははっ、できるものならどうぞ?
現実がこれっぽっちも見えてないお前に何ができるっていうんだろうね?
あぁ、恋人……ってか愛人かな?
お前の事を可愛がってくれてるお貴族様に泣きつくつもりかな?
やめといたほうがいいと思うけどな。恥かくのはそっちだぞ。
お前は知らないだろうけど、お前と同じような事しでかした奴はそりゃもう……
え? 何?
似たような事した奴の話?
あぁ、隣国で。
ま、ただでさえ向学心もないもんな、お前。
隣国で起きた小さなニュースくらいじゃ耳にも入らないか。
知りたい?
いいけど。このままいけばお前もあんな感じになりそうだし。
じゃあ教えてやるよ。
これは隣国で起きた話。
とある貴族のお坊ちゃんは、それはもう甘やかされて育ってきた。
甘やかされて、ってのはもしかしたら語弊かもな。でも、今まで自分の思い通りの人生を歩んできたお坊ちゃんからすれば、この先の未来も思い通りにいくと思っていたらしい。
貴族って僕らと違って寄宿学校にある程度の年齢になったら通う事になってるのは知ってるだろ?
そう、お前が知り合った貴族の坊ちゃんも学校に通ってる。長期休みの時だけ帰省して普段はこの街で暮らしてるわけだ。
そして、そこの街で知り合った娘と恋に落ちた。お前みたいにな。
けど貴族と平民ってのは普通は結婚できない。それくらいは常識で知ってるだろ?
だがそのお坊ちゃんはそれでも、その人を妻にと望んだ。
許さなかったのは坊ちゃんの家族だ。
父親に母親、祖父母、といった自分よりもっと権力を持った身内。平民の血なんぞ我が家に入れられるか、と今までの我儘はある程度叶えてくれていた身内も、それだけは許してくれなかった。
そうなると、恋愛ってますます燃え上がるわけ。
いつかほだされて認めてくれるとでも思ってんのかね?
平民と違って貴族様が情だけで動くわけないのに。
情だけで動くような貴族もいるけどさ、確かに。けどそういうところの領地見た事あるか?
すごいぞ差別が横行してて。領主様の機嫌を損ねたらそこで平民の人生終わるから。しかも嫌う理由がはっきりしてればまだしも、何か嫌い、でそうなる可能性もあるからな。マジで怖いぞ。僕はあの領地で生まれ育たなくて良かったと常々……
あぁ、話がそれたな。
その坊ちゃんは学校を卒業しても婚約者を見つけなかった。見つけられなかった、が正しいかな?
まぁでもさ、平民を恋人にしてるって噂が貴族間で流れてて、しかも愛人にするしかないのに妻にしたいとのたまってるような男だぞ。
マトモなお貴族様ならそんなのに家の娘を嫁がせたいなんて思わないだろ。
大体寄宿学校で知り合ったご令嬢たちからも遠巻きにされてたらしいし。
あんなのと強制的に婚約を結ばれたらたまったものじゃない、とばかりに同年代のご令嬢たちはさっさと相手を見つけていったって話だ。
結果、学校を卒業しても坊ちゃんにマトモな貴族の令嬢との結婚の話は出なかった。
でも平民である恋人との結婚も認められない。
そうこうしてるうちに、時間だけが過ぎていって、業を煮やした親に坊ちゃんは強制的に結婚させられたのさ。貴族の令嬢と。
その家は貴族だけど色々あって財政難に陥ってたみたいで。資金援助って形で身売り同然で嫁がされてきた。その時のご令嬢、坊ちゃんの八つ年下だったかな。
八つ下ともなればもうさ、僕たちから見たら子供じゃん。
結婚できる年齢になった直後にすぐさま結ばれたって話だからさ。どっちかっていえば坊ちゃんのせいでそのご令嬢が可哀そうな事になってる認識しかないよ。
でもさ、そのご令嬢に向けて坊ちゃんは言ったらしいんだよ。
君を愛することはない、って。
多分初夜とかそこら辺じゃないか?
当時の話としてそこで働いてた使用人とかから噂で流れてきてたっぽいし。
そうして坊ちゃんは愛する女性が暮らす家に行き、屋敷に戻らず妻である令嬢をほったらかし。
お前何勝ち誇った顔してんの?
もしかして重ねてる? やめとけ気持ち悪いから。
で、そんな放置したままの妻のところに夫が帰るのは、社交の場でどうしても妻がいないといけない時だけ。それ以外で関わる事はほとんどなかったらしいんだけど……
ある日、夫が生まれたばかりの赤ん坊を連れて帰ってきた。
愛人との子らしい。
それを、妻に育てろと言い放ったんだ。
え? なんでも産んだはいいけれど、その後の体調が悪くてとてもじゃないけど育てられないって言ったらしいぞ。だから夫は妻に育てさせればいいと考えた。自分の愛する人は子を育てるには体調的にも精神的にも不安定。けれども、自分の血を引いた跡取りになる子だ。だったら早いうちから貴族としての教育をさせるべきなんじゃないか?
で、赤ん坊はすくすく育ってったらしい。
最初から貴族の家で育てられてたから、僕ら平民と違う教育をされてるわけだ。
貴族として問題のない子に育ってったらしい。
そこから月日が流れて、子も学校に通う年齢になった。
今までは外の世界とあまり関わらなかったご子息だけど、外に出ればまぁ色んな噂に触れる事にもなるよね。そうでなくたって醜聞なんてものはさ、貴族じゃなくたって僕ら平民だって娯楽にしてる部分あるだろ。
だから、自分が母親だと思っていた相手とは血が繋がってない事も、自分の実の母親が平民である事も、ご子息は早々に知る羽目になってしまった。
けど、ご子息はそれらをさらりと受け流していた。受け流した、って言えるかは微妙だけど、まぁその時は気にした様子はなかったらしいよ。
けれど、学校が長期休みに入った時。
いくら寄宿舎と言っても休みの間に寮に居座られるのも学校側としては困るから、当然皆帰るんだけどさ。
そこに、実の母親がいたらしいんだよ。
実家に帰る途中の道で、どうしても馬車が止まるしかない道で、嫌でも視線に入る場所で。
一年目は、ご子息もそれを無視した。
でも二年目。
女はまたもやそこにいた。
祈るように、何かを期待するように。
その視線は、あまりにも熱いものだったというよ。
僕は彼らの心なんて知らないけれど、でも、実の母親からすれば貴族として育っていってる実の息子だ。彼次第では、自分がいよいよ愛する夫の妻として正式になれるのではないか、という願望くらいはあったかもね。だって息子がそこまで成長したってことは、その愛人だっていい年だ。今夫に捨てられるような事になったら今後どうやって暮らしていけばいいのかって不安もあったんだろ。
夫が捨てなくても、息子が家の跡を継いだなら、息子にとっての父親は用済みで。
今までマトモに働いてもいなかった男が家から追い出されたなら、残されるのはロクに仕事もしたことがない金のない男だ。今まで男の援助で生活していた愛人が、そんな男を養っていけるとも思えない。
でも愛人は愛人のまま。身分も平民のまま。
どこかの貴族の養子として受け入れてもらえば、愛人ではなく妻になれたかもしれないのに、そんな事すらしなかった。
今からでも、みたいな顔してるけどさ。
若いうちならともかくもう中年のばばあだぞ。そんなの家の娘として引き取っていいよ、なんていう貴族がいると思うのか? 平民と違って貴族の家に入るってコトは、下手な事もできないんだぞ。何かやらかしたら家の責任にもなるんだから。
いい年したばばあを家の娘に、なんて子供がいない貴族の家でもやらないよ。考えてもみろ。平民の家でだって無理だろ。お前の家にある日お前の母親より年上のばばあが今日からこの人もうちの娘よ、とか言われて居座られたとして、お前受け入れられる? 無理? だろうな。
もっと若いうちにそれこそ男が必死になってどこかの貴族の家の籍に愛人を入れてもらえばよかったのに、その方法も今となっては使えない。そもそも若い頃の愛人は若さと美しさはあったかもしれないけど、教養はなかったから、よっぽど旨味のある取引じゃないと養子に、なんて話受け入れてもらえなかっただろうけどね。
お前はどうなん?
外見は周囲からちやほやされてても中身が残念だもんな。
いくら貴族のお坊ちゃんに見初められても今のお前もその愛人と同じ道辿りそうだよなぁ。
でだ。
二年目の長期休みの帰省途中でまたも待ち伏せするようにしていた女に、ご子息は仕方なしに声をかけた。馬車からは下りずに。いざとなったらさっさと馬車で立ち去るために。
何か用かと声をかけられた女は、喜色満面でまくしたてた。
あなたは私の息子であると。
私があなたの母であると。
確かに、顔立ちは似てたらしいよ。髪と目の色は夫のものだったそうだけど、顔立ちは確かに母と名乗る女によく似ていたそうだ。
そしてご子息は自分の生い立ちを既に知っていた。
ここで感動の親子の対面、となるはずがない。
父のやらかしのせいで、自分まで周囲から見くびられる結果になってるんだから。
ご子息はあえて馬車からおりて尋ねた。
あなたは平民ですか? と。
女は頷いた。それでもあなたの母であると。
そして、女は切り捨てられた。
何驚いた顔してんだよ。
当然だろ?
僕ら平民が貴族様に無礼を働いて無事でいられるとでも?
確かに実の母親かもしれないけど、平民が貴族の身内を名乗ったんだ。それって下手をすれば身分を詐称した、ととれなくもないだろ。
大体子息からすれば、産んだのは事実かもしれないけど今の今まで一度も育ててこなかっただけの女だぞ?
体調を崩していた。精神も不安定だった?
でもさ、それだってずっとってわけじゃないんだから、治った後で育てる事もできただろ。
まぁ、夫がそうしなかった可能性もあるけど。
下手に平民に育てさせて跡取りになるのに面倒が起きたら困るもんな。だったら最初から一貫して白い結婚の妻に育てさせたほうがマシと考えたかもしれない。
愛する人の産んだ子だけど、その子のせいで愛する人が不安定になるのなら、と遠ざけた可能性は大いにある。そこら辺詳しくは知らないよ。だってこれ数年前の話だし。
そして未だにご子息の家では彼に対する出生に関して話をしていなかった。
学校を卒業する前、成人になる直前とかにするつもりだったのかもしれない。
けれども、周囲が色々と噂として事実を吹き込んだために彼は知っていた。
正式に話をされてないために、彼は知らないものとされて、結果として貴族の家に取り入ろうとした無礼な平民を貴族が処分した、という事になったわけ。
またそこの家がさ、かなり身分の高い家だったのもあって子息にお咎めはなし。
男爵家とかなら違ったかもしれないけど、どうやら侯爵家だったらしいからさ。
国の中枢に関わるかもしれない身分だ。そんなところに平民が取り入ろうとすれば……ねぇ?
え、その後の話?
あぁ、子息の父が最愛の女性が殺されたって話を聞いて復讐に燃えそうになったけど、殺したのが実の息子だと知ってどうにもならなかったらしいよ。
大体元から反対されてたんだからさ、その愛人との関係は。
子を産んだからって、母親が貴族の仲間入りを果たせるわけじゃない。
なのに母親だからと貴族に軽率に関わりにいったんだ。
いくら事実でもそれを知らない事になってる息子からすれば、下賤な者が家に潜り込もうとしているとみてもおかしくないわけで。実際父親に詰め寄られた時に、下賤な平民が自分の親だと騙ったから処分した、ってご子息も答えたみたいだし。そもそも、ご子息の父は普段ほとんど屋敷に帰ってこなかったから、父親って言ってもご子息からしたら血が繋がってるだけの存在で、きっとどうでもよかったんじゃないかな。そんなのに詰め寄られてもさ。父親として今まで何か、ちゃんとしてたら違ったんじゃないかな。
しかも子息の父の父――祖父だね、未だに頭の上がらない存在に、子息に罪はないと言われてしまったからさ。今までロクに仕事もしないで白い結婚状態の妻に家の事をほとんどまるなげしていた男なんて、必要とされてなかった。大体当主にすらなってないんだ。
男の父は、これに当主の座を渡せば家が傾くと思って本来ならとっくに引退しててもおかしくない年齢でも当主であり続けていた。
そして、学校を卒業したなら子息に家督を譲るつもりで話はまとまっていた。
子息の父は、とっくのとうにただのごくつぶしさ。
もう屋敷に立ち入る事さえ許されなくなって、愛する人を失った家で寂しく暮らしたらしいよ。といっても、生活能力のない男だ。実家の金も自由に使えなくなれば、あっという間に困窮して死ぬまでそう長くなかったらしい。
ちなみにご子息が成人するまでの間白い結婚のままだった妻はご子息の後見人扱いで、成人した後は田舎の方に屋敷をもらってそっちでひっそり暮らしたらしい。白い結婚とはいえ、離縁して実家に帰ろうにももうとっくにそっちだって当主がかわってるし、今更……って感じだっただろうからね。馬鹿な男の尻拭いもあって、慰謝料とか、そういうのいっぱい兼ねてたんだろうね。
……で、今のお前ってその愛人の立場になってるわけだけど、このままいけば全く同じ道辿りそうだろ?
そんなのの結婚相手に名乗りを上げるやつなんて、本当にいると思うか?
この話を教訓にしてお前をどこかの貴族の養子に入れてくれそうなところ探すにしてもさ、この話のお坊ちゃんは侯爵家だったけど、お前を愛人にしてるのって伯爵家だろ?
まぁ、平民からしたらどっちも雲の上の人みたいに思うけど、でもやっぱ違うんだよな。
ついでにもう一つ違う事っていえば、隣国のお坊ちゃんは平民の愛人を妻にしたいくらい愛してたし、実際親が決めた結婚相手とは一切関わったりしないようにしてたけど。
お前を愛人にしてるその伯爵家のお坊ちゃんは婚約者との仲もそう悪くないぞ。
だからお前はどう足掻いても愛人のまま。
それどころか、邪魔になったらバッサリ捨てられるのはお前。
なのに馬鹿みたいに泣き付いたり無駄にあれこれねだりすぎたら、子を産む以前に処分されてもおかしかないよな。
ん?
あぁ、一応友人に貴族の噂に詳しい情報通がいるんだよ。平民の僕には恐れ多くも貴族様なんだけどさ。案外気さくで色々教えてくれるんだ。だからまぁ、信憑性はそれなりにあるよな。貴族の実情知らない平民が憶測で言うよりはよっぽど。
え?
今から愛人関係終わらせてくる?
まぁ、好きにすればいいよ。
で、何? そうしたら結婚してほしい?
誰と。
お前が、僕と?
ははっ。
さっきも言ったけど結婚相手にお前とか僕からすれば不満しかないんだ。
それに、言う必要がないから言ってないけど、僕はもう三か月も前に結婚してる。既に愛する妻がいるのに、どうしてわざわざ離縁してお前と結婚なんてしなくちゃいけないんだ。冗談だろ?
僕は働いていた商会で支店を任されるまでになって、妻を養うのも不自由はないけれど。
だからって愛人を囲うつもりだってないんだ。妻がいるから充分満たされてるんだよ。
だからさ、お前もわざわざ僕に構わないで自由に生きればいい。今のまま愛人を続けるのも、別れて他の誰か……心から好きになれる相手とくっつくのも。お前の人生なんだから、お前次第だ。
支店が他国なものだからさ、近いうちに両親連れて僕は国を出るし、お前と会う事はもうないと思う。
あぁ、そうだな。幼馴染だから、一応別れの挨拶に。
おう、それじゃあなコニー。
僕にとって初恋は確かにコニーだったけど、でもその初恋を踏みにじったのはお前だ。だから関わりだって大分減ったのに、もしかしてまだ僕がお前を好きだと思ってたのか?
いやぁ……商人にとって情報は命だけど、商人じゃなくても情報はある程度武器にも鎧にもなるんだからさ。過去の情報なんて最新のものに更新しないといつどこで足を掬われることになるかわかんないんだし、お前ももうちょっと世間に目を向けた方がいいぞ。
結婚相手を探すなら、少なくともこの街はもうだめだ。お前貴族のお手付きって広まりきってるし。
というか、お前を愛人にしてる坊ちゃんが前にお前に寄越したっていう宝石、あれ、坊ちゃんの家の家宝の一つだったらしいから、最悪お前盗人扱いで処刑されるかもしれないんだしさ。
早めに返せばどうにかなるけど……え? 売った? その金で別の宝石を買った?
あ、あぁ~、じゃあもう駄目かもな。
家宝を盗んで売り払った、って事にされたらお前の助かる道なさそうだし、それじゃとっとと逃げた方がいいんじゃないか?
いや、ここでそんな事言ったってどうにもならないよ。
僕がお前を助ける義理もないし。
じゃ、今度こそ本当にお別れだ。
達者で暮らせよ、コニー。
家宝の宝石売ったのは、見た目がパッとしなかったから。そのかわりに別の宝石を買ったけど、価値としては家宝の宝石の方があった。要は見る目がなさすぎて買いたたかれて安物掴まされてる。
ついでに語り手くんの事をコニーは昔こっぴどく振ってるので元さやとかは有り得ない。
次回短編予告
水魔法が出てくる話。