四章 東大陸へ
同年七月五日。
桜が操縦する氷砕艇が東大陸の西楓地方に着いた。
「どうして香澄を助けた」
ユキュアは氷砕艇から降りながら言った。
「今死なれると都合が悪いからに決まっておるじゃろう?」
氷砕艇から降りた桜はロープで氷砕艇を固定しながら言った。
「みんな白狐 真白を気にしてるな。表天五柱の一角だったとは言え、テリュスに敗れる程度の実力じゃないか」
桜についていくユキュアは周りを見ながら言った。
「奴は死んだはずなのじゃ。俗世を書き換えない限り、死んだ者が蘇ることはない」
桜は歩きながらそう言った。
「ようするに、死んだはずの神が生きてることが気がかりなのか」
歩みを進めるユキュアは桜を見てそう言った。
「そう言うことじゃ。そして、とある可能性が不安を生んでおる」
「その可能性とは?」
「虚空に住まう魔女が創造した六柱の神・・・その一角が奴である。という可能性じゃ」
「暗黒神のことか」
「うむ」
「暗黒神の名前は?」
「"宿幼"じゃ」
「その神はどういう神なんだ?」
「宿幼は幼子に入り込み、魂を養分にして成長する」
「そして、宿幼は空っぽになったその器を自分のものにする」
桜がそう言うと、ユキュアが考え始めた。
「・・・そんな話をするということは・・・白狐 真白は幼い頃既に・・・」
考え終えたユキュアは桜を見てそう言った。
「可能性の話じゃ。噛み合わぬ点がいくつもある」
桜はユキュアを見てそう言った。
「天陽神様の欠けた文献が見つかったら・・・」
冷や汗をかいたユキュアは桜を見てそう言った。
「白狐 真白が宿幼であると証明できてしまうかもしれない」
桜は前を向いてそう言った。
「その宿幼は倒せるんだよな?六合様も七陽の勇者様もいるし、大丈夫なんだよな?」
「六合様の力で何とか倒せるとは思う。しかし、七陽の勇者では無理じゃ。天陽が顕現しない限り、真の力は発揮できぬからな・・・」
桜は少しうつむいてそう言った。
「何とかって・・・」
「着いた。ここじゃ」
桜はそう言うと、足を止めた。
「・・・」
ユキュアは桜が見る建物を見た。
「おもちゃ屋・・・?」
ユキュアはとても小さなおもちゃ屋を見て困惑しながら言った。
桜はキリキリと音がなる引き戸を開けて中に入る。
ユキュアは慌てて桜についていく。
「店主」
桜は店内を見てそう言った。
店内には子供たちがいて、おもちゃを見たりおもちゃで遊んだりしている。
「店主は?」
桜は子供たちを見てそう言った。
「昼休憩だよ。呼んで来よっか?」
子供1は桜を見て笑みながら言った。
「うむ、頼む」
「おばちゃん、万屋のお姉さんが来たよ!」
子供1は店の奥を見て大声でそう言った。
「毎回毎回仕事が早いね」
黄眼、水色髪ポニーテール。小豆色の着物を着た女性、ヒナ・フィトミア・カーリンはそう言いながら出てきた。
「ヒナさん、お久しぶりです」
ユキュアはヒナを見て笑みながらそう言った。
「どうしたの?大祭司様から何か報告を受けた?」
ヒナはユキュアを見てそう言うと、桜から神核を受け取った。
「グローリーに入った神里 三葉が神核を必要としててな」
「神里 三葉?」
ヒナはそう言いながらレジからお金を出し始めた。
「あぁ。まぁ、ちょっと怪しまれてんだ」
「なるほどね~」
ヒナは桜に依頼料を渡しながら言った。
「その謎神里 三葉の正体は?」
ヒナはユキュアを見てそう言った。
「表天五柱の一角、白狐 真白だ」
「・・・白狐 真白って死んだよね?」
「八重剣星も同じことを言ってたよ」
「やっぱり、天陽文献を全て集める必要があるね・・・」
ヒナはユキュアと桜を見てそう言った。
「そうだな」
ユキュアはヒナを見てそう言い、桜はヒナを見てうなずいた。
「そう言えば、ヒナさんはどうして神核が欲しかったんだ?」
ユキュアはヒナを見てそう言った。
「時計を作るためだよ。水晶式時計を手に入れたい神や人から依頼が来るんだ」
ヒナはユキュアを見てそう言った。
「水晶式時計は作れる人が限られてるもんな。自称華族に頼むとかリスクしかないし・・・」
ユキュアは苦笑いしながら言った。
「そう言うこと」
ヒナはユキュアを見て笑みながら言った。
「フンケルン様の調子はどう?」
ヒナはユキュアを見てそう言った。
「特に変わった様子はない。だが、五色の月の行動には違和感を覚えた」
ユキュアはヒナを見てそう言った。
「違和感?」
「儂も感じた。儂に対して本気で攻撃して来た」
子供をあやす桜はヒナを見てそう言った。
「・・・フンケルンの感情に大きな変化があったのかも」
ヒナはユキュアと桜を見てそう言った。
「悪いが、私はフンケルンを信用してない」
ユキュアはヒナと桜を見てそう言った。
「信用する必要はないよ。今の私たちは大祭司様とナハト大神を信じれば良い」
ヒナはユキュアを見てそう言った。
店から出たユキュアは桜と一緒に万屋神里に行った。
「お久しぶりです」
ユキュアは職員たちを見て笑みながらそう言った。
「お?エリオット家の小娘じゃないか」
黄眼、黒い猫耳に黒髪ショートヘア。白いカッターシャツを着て黒いミニスカートを穿いたを着た女性、アスカ・オブ・シーモアはユキュアを見て笑みながら言った。
「島絡みの面倒ごとは受け付けておらぬぞ」
赤眼、白毛交じりの黒い狐耳に白髪交じりの黒髪ロングヘア。焦げ茶色の着物を着た女性、神里 三葉は怯むユキュアを見てそう言った。
「ただ泊まりに来ただけですよ」
桜は三葉を見てそう言った。
「そうか」
三葉は桜を見てそう言った。
「なら、好きに部屋を使うと良い」
三葉はユキュアを見てそう言った。
「ほれ、香蓮に手を合わせるぞ」
桜はユキュアを見てそう言った。
ユキュアは襖を開けて桜と共に一室に入った。
「・・・」
ユキュアは座布団に座り、一つの遺影を見て手を合わせた。
ユキュアは祈りを終えると、話を始めた。
「香蓮さんが生きてたら・・・香澄を止めてましたよね」
ユキュアは遺影を見てそう言った。
「じゃろうな」
桜は遺影を見てそう言った。
「香蓮は立華 照香と喧嘩して華族から追い出された。と、師匠から聴かされた」
桜は急須に茶葉を入れながら言った。
「まぁ、立華 照香は香蓮が次女を構うことが気にくわなかったのじゃろう。師匠も儂も香蓮に非はないと考えておるよ」
桜は急須にお湯を注ぎながら言った。
「三葉様は引退したとは言え元は剣星の称を持つ剣士・・・戦ったって勝てただろうに・・・」
「一族の問題を他者が乱雑にかき回したら問題が複雑化するだけじゃ」
急須を持った桜はお茶を淹れながらそう言った。
「確かに・・・」
ユキュアは少しうつむいてそう言った。
「まぁ、気持ちはわかるぞ。香蓮が華族から去ることで親子喧嘩という小さな問題は解決された。しかしその結果、島が破壊されるという大きな問題が発生した」
桜はそう言うと、机の上にお茶を置いた。
「・・・いただきます」
ユキュアはお茶を見てそう言った。
「ヤツは強くなろうと必死じゃった」
桜は座布団の上に座りながらそう言った。
「強くなって、いつか照香と話し合うと言っておった」
桜はユキュアを見てそう言った。
「梨音様はその考えが嫌いだと言っていた」
湯飲みを持ったユキュアはそう言うと、お茶を飲んだ。
「ほう」
湯飲みを持った桜はユキュアを見てそう言うと、お茶を飲んだ。
「だが、世界の真理だ。とも言っていた」
ユキュアは桜を見てそう言った。
「・・・真理か」
桜はユキュアを見てそう言った。
「梨音様はできるなら何とも争わずみんな手を取り合って生きていきたいって言うような人だ」
ユキュアはお茶を見てそう言った。
「まぁ、みんなに前を向いてもらいたいからそうやって子供みたいな理想を言ってるんだろうなって、この大陸に来てわかった。残された傷の大きさが半端じゃない・・・」
ユキュアは桜を見てそう言った。
「梨音がそうやって動くことで救われる者は多いじゃろう。しかし、理想は理想じゃ」
「理想を語り過ぎると何時しか大きな問題になると考えておるよ・・・」
桜は少し不安そうに言った。
翌日、ユキュアはヒナに呼ばれおもちゃ屋に行った。
店ではヒナが客の応対をしている。
「実に精巧ですね」
老淑女は水晶式時計を見て笑みながら言った。
「レムフィト皇国は技術を持つ者を集めています。耐久力が高い時計は需要ありますよ」
老淑女はヒナを見て笑みながら言った。
「興味はあるけど、レムフィトは流石に遠いですよ」
眉を顰めたヒナは老淑女を見て笑みながら言った。
「はい、お代金」
老淑女は机の上に札束を置きながら言った。
ヒナは札束を数え始めた。
(すげぇ枚数だ・・・)
ユキュアは札束を見た。
「時計ってそんな高いんですか?」
ユキュアは老淑女を見てそう言った。
「本物の水晶式時計ですからね。中々いい値段してしまいます」
老淑女はユキュアを見て笑みながら言った。
「まぁ、水晶自体貴重ですもんね」
「では、確かに」
ユキュアが老淑女と話していると、ヒナがそう言った。
「では」
老淑女はヒナを見て笑みながらそう言うと、店から出た。
「おもちゃ屋なのに金持ちが来るんだな」
ユキュアはヒナを見てそう言った。
「あの人はレムフィト皇国の第五皇族、ラヴィン・リース・フィトナーゼ様。三十六年も海軍に務めた強い人だよ」
ヒナはユキュアを見てそう言った。
「で?なんで呼んだんだ?」
「白狐 真白の目的が分かった」
「白狐 真白の目的?」
「奴は立華 香澄を表に立たせ、裏で暗躍するつもりだ」
「どう暗躍するか知りたいんだけどな・・・」
「焦られなくても今から言う」
ヒナはそう言いながら机の上に資料を置いた。
「・・・これは・・・」
ユキュアは資料に描かれた燦水天狐族の女性の絵を見てそう言った。
「初代剣星、天池 春雨の絵だよ」
「天陽文献の六冊目ってことは・・・二十億年くらい前か」
ユキュアは驚きながらそう言った。
「その初代剣星春雨は"王の瞳"と呼ばれる特別な目を持っていたんだ」
ヒナはユキュアを見てそう言った。
「その瞳は支配の力を持っていて、その気になれば大神であるナハトまで服従させることができる」
ヒナは資料を見ながら言った。
「・・・この瞳を使ってどうこうしようってわけか・・・」
冷や汗をかいたユキュアは資料を見て笑みながら言った。
「初代剣星がナハト大神を服従させたっていう記録があるのか?それとも、天陽文献に書かれてたのか?」
ユキュアは資料をめくりながらそう言った。
「天陽文献、六冊六枚目、二十一行目に書かれてただけだよ」
ヒナはユキュアを見てそう言った。
「あった。・・・そう言う話があるっていう状態か・・・」
ユキュアは資料を見てそう言った。
「初代剣星はナハト大神を服従させなかったのか?それとも、何らかの制約でできなかったのか?」
ユキュアはヒナを見てそう言った。
「王の瞳を持っていた初代剣星、春雨は不審な死を遂げた」
「不審な死?」
「燦水天狐島の南にある塩湖で溺死したんだ。聖火を持ち出したという記録もなく、初代剣星が塩湖に向かったことを知る者も居なかった」
「闇中の怪事だと言われている」
資料を指さすヒナは資料を見てそう言った。
「称号を持つ燦水剣士には弟子がいるはずだろ?弟子は何か話さなかったのか?」
「弟子はそのほとんどが何者かによって殺された。生き残った弟子は精神がまともじゃなかったらしい」
ヒナはユキュアを見てそう言った。
「・・・天陽神様を憎んでる奴の犯行だとしても、天陽神様の力を恐れてる奴の犯行だったとしても、犯人は同一神だ」
ユキュアはそう言うと、資料を閉じた。
「虚空に住まう魔女・・・奴が来たって言いたいの?」
「奴の術を使えば瞬間移動だってさせられるだろ?」
ユキュアはヒナを見てそう言った。
「それはそうだけど・・・どこまでも慎重な奴がこの俗世に現れるとは思えない」
「・・・そろそろ戻るよ」
ユキュアはそう言うと、店の出入り口に向かった。
「ユキュア」
ヒナがそう言うと、ユキュアが振り向いた。
「また会おう」
ヒナはユキュアを見てそう言った。
「・・・」
ユキュアはヒナを見て笑むと、サムズアップして店から出た。