優しい女性
「あの、すみません…砂嵐が来ると聞いて、部屋を取りたいのですが空いてますか?」
身長はリンより少し高いくらいか、顔は帽子のせいであまり見えないが声からして若そうな…リンと同じくらいか少し上といったくらいだろうか。身なりこそあまり良くはないが丁寧な喋り口調で物腰柔らかだ。
「おや、残念だ。今このお嬢さんが取った部屋で最後だよ」
「!あ…えっと、」
店主の言葉に青年がリンを見れば目が合う。
慌てたように辞儀をすれば青年もペコリと頭を下げてくれた。
彼はリンの横まで来れば「すみません」とわざわざ断りを入れてから店主に問いかけた。
「店主、この街に他の宿屋はありませんか?」
「残念だが宿屋はここだけなんだ。すまんね」
「…そう、ですか…」
青年は困ったように眉を下げた。店主も申し訳なさそうに謝っている。
それもそうだ、今日の夜には砂嵐も来る。いくらこの世界の住人が魔術を使えるとは言えその中野宿はしたくない。
青年は困ったように「仕方ないですね」と笑うと店主とリンに頭をさげる。
宿屋を出ようと扉に向かう彼にリンは声をかけた。
「_____あ、あの!良ければ、私と一緒に相部屋しますか…?」
「!」
突然だが、リンは日本と言う国に生まれ育った。困った時は助け合う、人に優しくあれと言う精神で育っている。元々リンの性格も優しく人が良い、とアルベールにもお墨付きをもらうくらいだ。
そもそもアルベールの適当さ(異世界に来てすぐほっぽりだされて)も普通の人なら泣いて怒るレベルだがリンは笑いながら許してしまうような人。
日本と言う平和な国で育った彼女に警戒心があまりなかったのと最後の部屋を取ってしまった罪悪感もあったためリンは青年に思い切って提案したのだった。
案の定、青年は驚いた様子でリンを凝視している。なんなら少し固まっている。
その隣では店主が驚いた顔をした後に眉を寄せた。
「お嬢さん、あんた…ちょっとは警戒した方がいいよ?」
「僕が言うのもなんですが…店主に同感です」
出会ってまだ数分も経っていないのだが、2人はそろってリンを心配そうに見た。
「え、あ、でも…困っていますし…砂嵐が来る中野宿は可哀想です」
「…お嬢さん、騙されやすいって言われないかい?」
そう言えばとリンはアルベールにも「お前は騙されやすいからな、とりあえず警戒心は持っとけよ」と言われた気がすると何処か他人事の様に思い出していた。
(でも困ってる人をほっとけないし…)
「まぁ、…お嬢さんがいいなら相部屋で取るけど、あんたはどうする?」
さすがのアタシも砂嵐の中野宿しろとは言えないからね。と店主は苦笑いした。
戸惑ったような青年は少し考えた後に遠慮気味にリンに問いかける。
「……あの、本当に良いんですか?凄い有り難いですが自分で言うのもなんですけど見た目もこんな怪しいですし、知り合ったばかりですし…」
目ぶかに被ったキャスケットの鍔を持ちながら自身の身なりが怪しいことを訴える青年。
確かに見た目はボロボロで顔も見えないが喋り方には品性を感じるし、と言うかそもそもあまり見た目はリンにとったら関係ないのだ。先程もわざわざ頭を下げたり一言断りを入れてくれたり、女であるがゆえにリンは度々舐められて来たが彼はそんな態度は見せなかった。
それだけで誠実な人と言うのはわかる。
リンは青年の言葉にフルフルと首を振った。
「見た目は関係ないです。それに困った時はお互い様ですよ」
ふふっと優しくリンが笑えば、青年は目を少し見張った後キャスケットの奥にあるアイスブルーの瞳を細めた。
「……それならば遠慮なく相部屋、お願いしてもいいでしょうか?」
「はい!宜しくお願いします」
そんな2人のやり取りを見ていた店主が急に笑い声をあげた。
「あっはは!お嬢さん本当にお人好しだね!気に入った!大丈夫、何かあればアタシがこの子締めあげるよ!」
「…締め上げられるのは遠慮したいですね…」
「あ、あはは…」
リンと青年は顔を見合わせてぎこちなく笑い合った。
それから!っと語尾を強め店主は青年を指差す。
「顔ぐらい見せたらどうだい?お嬢さんも不安だろうよ」
「あ、いえ私は別に…」
「…いえ、その通りですね。配慮が足らずすみません」
店主の言葉に青年は頷くと、ボロボロのフードとキャスケットを取り顔を見せゆっくりと頭を下げた。
「…お2人とも、ありがとうございます」
(わっ…すごい綺麗な人)
そこから現れた青年は、およそ旅人とは思えないくらいの色白の肌。それに負けないくらいのキラキラと光るサラサラの銀髪を揺らし、2つのパッチリした双眼は可愛いさもありながら鋭さを持ったアクアブルーの美しい瞳だった。スラリとした体型、身長は男性陣の中では低い方ではあるかもしれないが、その美しいルックスと物腰柔らかな喋り方も相まって男性が醸し出す威圧感を感じない。
アルベールに会った時も思ったが、この世界の住人は綺麗な顔立ちをしてる人が多い様だ。その中でもこの青年は群を抜いていてリンは思っていた何倍も綺麗な人が現れた為に驚いた。
「…あら、アンタ凄い良い男じゃないか」
「いえ、…ありがとうございます」
コロリと態度を変えた店主の潔さに青年は苦笑いする。
お礼を言う辺り、青年も自分の容姿をちゃんと理解しているようだが…あまり嬉しくなさそうな顔を見る限り、あまり触れられたくない事のようだ。
「その顔なら女にも飢えてなさそうだし、あんまり心配なさそうかね」
「…安心して頂けたなら良かったです」
そんなやり取りをした後「それじゃあ、」と改めてリンはリストに名前を記入すれば部屋の鍵を渡された。
「お嬢さん何かあったらすぐに声をかけるんだよ。他の部屋にも野郎が泊まってるからね。」
「は、はい!」
「アンタも、何かあったらこのお嬢さん助けてやってね」
「ええ、泊めて頂くお礼と言ってはあれですが…ボディーガードくらいはさせてください」
「!頼もしいです、ありがとうございます」