事件ファイル【好事家の依頼】・2 情報屋と剣棋する
インテーク男爵から盗まれた品の目録をいただき、邸宅を離れる。
ラナはというと、すでに地面は見ておらず、辺りを見回していた。
(ラナはなにを見ているのでしょうか?)
懐のディジアさんが不思議そうに聞いてくる。
「俺にもわかりません。ここは任せましょう」
彼女は俺と違うものを見ている。
魔力を視るのは得意だけど、それ以外の痕跡となると門外漢だ。
「勉強になるな」
(わたくしもです)
古街の通りはその名が示す通り、フォールンでもっとも古い区画の一つだ。
石畳はところどころが欠けていて、整備はされていない。
「やっぱりこっちが逃走ルートだよ」
「そうなの?」
「男爵さんの家の庭って草ぼーぼーだったでしょ? そっちは踏まれてなかったから、こっち。で、これ」
彼女は道の隅に落ちている物を拾い上げた。
「シント、これなにに見える?」
「なにかの欠片? 少し模様が見えるね」
土器、だろうか。紋様の入ったかけらだった。
目録を確認すると、確かに旧帝国時代よりも前の『神話時代土器』がある。
「盗まれた数は67個だったから、絶対重いはず。たぶんだけど、重くてふらついた時にぶつけたんじゃないかなー」
「で、袋が破れてかけらが落ちた」
「そうそう!」
再び≪探視≫を使用してみる。
ダメだな。やはり痕跡はない。
「夜でも街中は通れないから、裏路地だね」
「たしかに」
続く裏路地に入ってみるも、痕跡はなにもなかった。
「こんな場所じゃ目撃者は期待できないかな」
ラナの言う通りだ。
犯人は計算づくの逃走をしている。見られるようなへまはしないだろうと思う。
「ラナの見立てだと、プロなんだよね」
「うん、それは間違いないよ」
「痕跡はどう?」
「ここからはなにも見えないかなー。見えないってよりかは、他のと混じって判別がムズいんだよね」
だとしたら、探す角度を変えよう。
「そこまで手際がいいのなら有名な盗賊じゃないかな」
「あー、いいね。じゃあそれでいくよ」
「どこへ行くんだ?」
「情報屋のところ」
情報屋、とは文字通り情報を売る商売だな。
よし行こう。
★★★★★★
ラナとともに商業区の一角、繁華街に来た。
飲食店が立ち並ぶこの場所は、いつも人でごった返している。
「シント、こっち」
彼女はどんどん人の気配が少ない方へと入っていく。
なんだか人相の悪い人が増えてきたな。
(シント、にらまれています)
「いえ、ディジアさん。彼らは目つきが悪いだけだと思います」
(なるほど、きっと想像できないようなつらい出来事を経験してきたのでしょうね)
ディジアさんの感想には苦笑するしかない。
さらに奥まった場所の、ふるぼけたお店の中に入った。
大きめのテーブルが並び、たくさんの人がいる。
「ここって?」
「剣棋道場だよ」
ここのいる大人たちはみな、盤を挟んで『剣棋』を打っている。
この熱気。みんな夢中になっているな。
「あ、いた! のんだくれおじさん!」
ラナが男性の一人に声をかけて手を振る。
「んん? おお! 嬢ちゃんか!」
『剣棋』を打ちながら、振り向く。片手には酒瓶があり、こころなしか顔が赤い。
そばに行って盤を見てみる。だいぶ手が進んでいて終盤だ。
「面白い話ない?」
「待った。いま片付けるからよ」
ばちん、と駒を打つのんだくれおじさん。チェックメイトだ。
「おれの勝ちだな、へっへっへ」
「ちくしょう! 持ってけ!」
おじさんが相手からお金を受け取る。
賭け剣棋だったか。あまりよろしくないけれど、なにも言わないでおこう。
「待たせたな。で、面白い話ってのは? なにがほしいんだ?」
「たとえば……プロの話。盗みの」
「んー?」
「かなりの手練れ。誰も気づかれず、目的のモノだけを盗める人たち」
のんだくれおじさんは少しの間考えて、いくつかの名前を出した。
「焔、ブロワ団、アクツ旅団、そんなところだな」
「最近よく活動してるのはどこ?」
「……そいつは値段次第だ」
情報屋という話だし、ただでは教えてくれないようだ。
「いくらなの?」
「50万アーサル」
「たっか!?」
情報の相場は知らないけど、ラナの驚きぶりから見て法外な値段だろうと思う。
「いつもはもっと安いのに」
「旬なネタだからな。それに危ねえ」
「危ないってなに?」
「おっと、それも金を払ってからだ」
「えー」
ラナが食い下がるも、おじさんは首を縦に振ろうとはしなかった。
「ところでこっちの兄ちゃんは?」
「すみません、申し遅れました。シント・アーナズ。冒険者ギルド『Sword and Magic of Time』のマスターをしています」
「ほう、あんたが。けっこうな活躍だって聞いてるぜ」
そうなの?
どんな風に言われているか気になるな。
「50万アーサルなら払いますよ」
「お? ずいぶんとまた景気がいいなあ」
おじさんがいやらしい笑いを浮かべる。
「シント、ダメだよ。高すぎるし」
「けどここで足踏みはしたくない」
「まあ、待てよ。値段を変更だ」
まさか、吊り上げる気か。
しかし、おじさんは手に持った駒を盤に置いた。
「あんた、『剣棋』は打てるかい?」
打てる。が、俺はガラルホルン家の第一公女アイシア以外とは打ったことがない。
「ええ、打てます」
「どうだ? おれと一局。勝てたらタダでいいぜ」
願ってもない話だが、そんなのでいいのか。
「ちょっと! おじさん強いんでしょ? ズルじゃん」
「ズルじゃねえだろ」
さっきの盤を見るかぎりじゃ、かなり強そう。
相手にとっては不足なしだが、時間もない。
「早指しなら」
「ノリがいいじゃねえか。さ、座んな」
ドキドキしてきた。アイシア以外との対人戦は初めてだ。
「一手十秒。それでいいか?」
「はい」
「兄ちゃんは100万アーサル賭けな」
「おじさん! しれっと上げないでよ!」
「いや、いいよ。それでやろう」
「いいねえ! 良い度胸だぜ」
頬を膨らませているラナを尻目に、対局を開始する。
(シント、やっておしまいなさい。完膚なきまでブッ倒すのです)
ディジアさん!?
だいぶ口が悪いが、そうしよう。
「へっへっへ……おれぁ早指しが得意なんだよ。100万はいただきだぜ」
ぱちん、ぱちんとテンポよく盤が進む。
中盤まで進むと、おじさんの顔色が変わった。
「……な、なんだ? どうなってんだ……?」
彼は劣勢になり、混乱している。打ち筋が乱れ、隙が生まれた。
「これでチェックです」
「は、はあ?」
のんだくれおじさんが盤を見つめていた。終局までを読んでいるのだろう。
「……う、嘘だろ。マジで詰んでやがる」
「これでいいですよね。情報をください」
「ま、待った! 待ってくれ! おまえさんはいったい……」
よし、勝ったぞ。かなり緊張したけど思い通りに手が進んだ。
「もう一局頼む!」
このおじさん、相当に『剣棋』が好きなんだな。
彼の様子を見て、ラナの目が鋭くなる。
「おじさ~ん、対戦してもいいけど、次はなにを賭けるの?」
「うっ……わかった! 一万アーサル賭ける!」
「だめだめ。100万アーサルでしょ?」
「ぶっ!? そんなに払えるわけねえだろ!」
「でもさっきおじさんは100万アーサルって言ったし」
のんだくれおじさんはとても困っている。
「ラナ、別にいいよ」
「もう、欲なさすぎ」
で、もう一局やってみた。
対戦はすぐに終わる。
「……完敗だぜ」
結果は俺の勝ち。
早指しって楽しいな。
「……マジかよ。どんだけつええんだ」
観念したおじさんは、駒を片付けながら話を始めた。
「おまえさん……まさか有名な打ち手の弟子か? いや……そんなことはいい。約束だ。情報を渡すぜ」
「おねがいします」
こちらの事情を交えつつ特徴を話すと、おじさんには心当たりがあるようだった。
「さっき挙げた三つは大貴族の息がかかってる組織だ。だが、あんたらが追っている件はもっと小規模の、別の奴らだろうぜ」
「それは?」
「ごく最近、妙な話があってな。どこかの誰かが遺物を探してる。かなりの大金で買い取ってんだ」
各地の窃盗団がにわかに活気づいている、という話だった。
「それを踏まえた上で当たりをつけるとしたら、『隠者』だろうぜ。神出鬼没、無駄な殺しはせずにブツを奪う。大戦が終わって用済みになった元兵士たちって話だ」
有益な情報が出てきた。
「その人たちはどこに?」
「神出鬼没って言ったろ? 居場所は謎で誰も知らねえ。それによ、関わらねえほうがいいぞ。無駄な殺しはしねえって言ったが、怒らせたらやべえ。敵対した組織はみんな潰されてる」
やはり手練れだったか。
神出鬼没。どこに潜んでいるかはわからない謎の多い組織。
「こんな大都市で人の目に触れずに潜んでいられるのかな?」
「それは難しいよ。フォールンじゃどこに行ってもだいたい人がいるし。単独ならともかく、集団だとなおさら」
ヒントはありそうだ。
人の目に触れない。姿を消す魔法の使い手なのか、そもそも移動する手段が――
「待った。ラナ、さっきの裏路地に下水道の入り口あったよね?」
「あー! あったよ! え、でもまさか」
そのまさかかもしれない。
行ってみる価値はありそうだ。




