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事件ファイル【好事家の依頼】・1 自称、一流のスパイ

 冒険者ギルド『Sword and Magic of Time』の事務所は静かだ。

 今日は休業日で、ここには俺しかいない。


「……これは、こっちだ」


 帝国と公国で広く普及している盤上競技『剣棋(けんぎ)』の盤に、ぱちんと駒を置く。

 たまにこうして『詰め剣棋』を行っているのだが――


「誰か来たな」


 事務所のすぐ外、扉の向こう側に気配がする。

 その人物は、そーっとドアを開けて、身をかがめながら入ってきた。

 音一つしない見事な隠密だ。


 それだけで誰かはすぐにわかった。

 ラナだ。


「……」


 なにをしようとしているか気になるところだが、放っておこう。

 あえて気づかない振りをしていると、彼女は俺の背後から近づいてくる。

 あー、俺をびっくりさせるつもりだな。


「ラナ、どうしたの?」

「うひぃっ!」


 動く寸前で声をかけると、逆に彼女がびっくりしていた。


「なんでわかったの!?」

「ごめん、外にいた時からわかってた」

「……ん?」

「最近、妙に魔力を感じるんだ。気づかない振りをして驚く演技をすればよかったかな」

「うん、それわたしがバカみたいだからやめて?」


 などと冗談を言いつつ、彼女に椅子を勧めた。


「ところでシント、なにしてるの?」

「詰め剣棋だよ。趣味みたいなものかな」

「シントって趣味あったの!?」


 そんなの驚くことじゃないと思うけれど。


「仕事と魔法しか興味ないと思ってた」

「だいたい合ってる。でもそれだけじゃないよ」

「たとえば?」


 聞かれると困る。


「そうだなー、美味しいものは好きだし、みんなと話すのも好きだし、魔導具にも興味はある」

「ふーん」


 そう言うと、ラナがにんまりとする。楽しそうだ。

 彼女は情報収集や破壊工作等、ウチのギルドにとって絶対に欠かせない存在。

 性格は明るく、身のこなしは軽やか。メンバーの誰もが頼りにしている。


「ん、また誰か来たな」

「お客さん?」


 表には『本日休業日』の札がかかっているはず。

 それを見ても入ってくる人間は限られている。


「失礼。シント少年はいるかな?」


 やってきたのはなんと大都市フォールンの総監代行アルハザード卿――またの名を仮面男爵(マスクバロン)。常時仮面をつけている変わった人だった。

 彼の後ろには、細身の老人がいる。立派な身なりをしたおじいちゃんだ。


「マスクバロン、どうしたんですか?」

「やあ、やはりいたね。っと、君はラナ君だったか。ご機嫌麗しゅう」

「へ? あ、はい、こんにちわ!」

「うむ、元気があってよろしい」


 わざわざ来るなんて、どうしたのか。


「呼んでくださればいいのに」

「今日は休業日だろう? そんな日に依頼を出すんだ。こちらから出向くのが礼儀じゃないか」


 なるほど、依頼があるのか。自ら来られたのでは断れない。断るつもりもないが。


「いいですよ。そちらにどうぞ」

「かまわないよ。少し急いでいるから始めよう。こちらはインテーク男爵。私の知り合いの知り合いだ。彼が依頼主となる」


 細身の老人は咳ばらいをしてから話し始める。


「ワシはギルムート・インテークじゃ。代々続くインテーク男爵家を継いでおる」

「シント・アーナズです。よろしくおねがいします。こちらはラナ。ウチのメンバーで、冒険者です」


 握手を交わす。しかし男爵はしかめ面のままだ。


「男爵の家に泥棒が入ってね。盗まれた物を取り戻してほしいというのが、依頼なのだ」

「頼む! ワシの子どもたちが盗まれたんじゃ!」


 子どもたちってなんだ。


「ワシは妻に先立たれ、娘たちもとっくに嫁いだ。集めた品はワシにとって子のようなもの。それがなくなるなどありえぬこと」


 インテーク男爵は悲しそうに震えた。

 とはいえ、窃盗事件ならまずは憲兵に通報すべきだろう。

 ここへ来た時点で察するべきではあるが、聞いてみた。


「憲兵隊はなんと?」

「なんでも遠回しに断れらたらしい。で、私のところに話がきた」

「そうじゃ! あやつらなんと言ったと思う? 冒険者に依頼した方が早いなどと言いおった! 信じられん!」


 興奮する男爵。話がほんとうならとてつもない不誠実な対応だ。


「まあまあ、インテーク男爵、あまり興奮すると血圧が上がるのでは?」


 マスクバロンがなだめる。


「実はいま憲兵隊はとある事件にかかりきりでね。手が回らないのさ」

「事件?」

「ああ、おそらくは連続殺人事件。まだ新聞にも載っていないものだ」


 初めて聞いた。そんなことになっているなんて。


「というわけで、引き受けてはくれまいか」

「わかりました。困っている人は放っておけませんし」

「助かるよ。解決のあかつきには私の方からもお礼をさせていただく」


 マスクバロンは忙しいようで、頼むよ、と言い残しすぐに去っていった。


「ではインテーク卿。詳細をお願いします。できれば現場も見たいのですが」

「もちろんじゃ! すぐに来てくれい!」


 ということになった。

 こういった事件ならば、今日は運がいい。なにせ――


「どうしたの? シント」

「ラナ、一緒に行く?」

「いいの?」


 ラナは純粋な戦闘員ではないが、今回のケースは彼女がうってつけだろう。


「むしろおねがい。君の力がいる」

「うん! いいよ!」


 そこでさらに声が聞こえてきた。


(シント、わたくしも行きます)


 事務所の隅においた台の上。そこにいる古書姿のディジアさんが話しかけてきた。


「もちろんです。行きましょう」

「えーと……シント、誰と話してるの?」


 ラナには声が聞こえない。そろそろ彼女にも紹介したいところだ。


「まずは現場に行こう」

「??」


 俺とラナとディジアさんの三人で、依頼に当たろう。



 ★★★★★★



 インテーク男爵邸は古街にあった。

 割とご近所だったので、ますます解決しようという気になる。盗みを働く悪党が近くにいるのなら、捕まえなければ。


「ここが蔵じゃ」


 大きめに作られた蔵の中は丁寧に掃除がされていて、綺麗だ。一方で先に通された家の方がくたびれていた。

 使用人や守衛がおらず、老貴族の一人暮らし。盗みを働く者からすれば、これ以上ないほどにやりやすいだろう。


「鍵はかけてありましたか?」

「三重にかけておった。じゃが壊されておる」

「他の被害はどうです?」


 話を聞くと、鍵は壊されたものの、他に被害はなく、男爵の収集品のみが消えた、ということだ。

 

「これが目録じゃ」


 渡された紙には、綺麗な字で骨董品の名称が記されている。その数は67点。かなりの数だ。

 気になる点がいくつもある。もっと情報が必要だ。


「インテーク男爵、これらはどのくらいの価値があるのですか?」

「旧帝国時代の美術品がいくつかあるでな。それらはそこそこの価値があるじゃろうて。しかし、その他の品は考古学者以外には価値を見出せんじゃろう」


 価値をつけるのが難しい品か。裏社会に詳しくない俺でも、売りさばくのは困難だとわかる。


「ラナ、どう思う?」

「プロの仕業だと思う。しかもかなりの」


 音もなく、目的の品だけを静かに持ち去る。金の杯や銀の燭台には目もくれていない。


「数は三人かな。二人は身長180センチ。一人は170センチ。手慣れていて、犯行にかけた時間が短い」


 驚いた。そこまでわかるなんて。


「す、すごい女子(おなご)じゃな」

「薄く足跡があるの。たぶん、盗まれた時に雨でも降ってたかな?」

「そうじゃな……確か小雨が降っておった」


 また言い当てた。びっくりだ。


(ラナはとても優秀ですね、シント)

「はい。さすがです」


 これなら、早期解決も夢じゃない。


「ラナ、いけそう?」

「シント、忘れた? あたしは――」

「一流のスパイ、でしょ?」


 そう言うと、彼女はニッコリとする。

 いいね。

 では始めよう。『Sword and Magic of Time』を。

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