事件ファイル【ファイアリザード】・4 根源討滅
黒い瘴気の塊が揺らめいている。
井戸の底は遺跡につながった部屋だった。
そして、おぞましい塊の中から、次々と火炎トカゲが生まれてくる。
「モンスターはこうやって生まれるんだな」
初めて見る光景は、あまりにも恐ろしかった。
生まれたばかりのモンスターどもは俺たちを見るなり、威嚇してくる。
(感心している場合ではありませんよ、シント)
「すみません、つい」
見ている内にどんどん数が増えていく。
「……どうする?」
部屋に密集する火炎トカゲどもが不気味なうなり声を出す。
できれば一度に倒したいところだ。
……思いついたぞ。
「アリステラ、水を多めに出せるかな」
「いいけど、なにするの?」
「複合技だ」
彼女はすぐに俺の言った意味を理解して、魔法を放つ。
「≪アクアウェイブ≫」
力ある言葉と魔力が織りなし、大量の水が生み出された。
次は俺の番だ。
ずぶ濡れになるモンスターどもに向かって、雷を撃つ。
「≪地之雷≫」
雷を通して広げる水のおかげで、≪地之雷≫がさらに広範囲を痺れさせる。
「まだまだ」
≪地之雷≫を五連発。全ての火炎トカゲが焼かれ、地面に転がる。
あとはモンスターの源を吹き飛ばすだけだ。
「しかし、なんなんだこれは」
いつから、そしてなぜここにあるんだ。
(シント、嫌な感じがします。早く潰した方がいいでしょう)
確かに見つめていると気分が悪くなってくる。
さっさと――
「アリステラ?」
なんだ?
彼女の様子がおかしい。ふらふらと引き寄せられている。
「待って、アリステラ。なにをしているんだ」
止める間もなく、腕を伸ばす。
(シント、止めるのです!)
「はい!」
肩を掴むが、遅かった。
アリステラの手が瘴気に触れようとした瞬間――
「黒蛇竜の盾!」
盾を動かして防御。
加えて≪魔障壁≫を発動。
次の瞬間、瘴気の塊が炸裂した。
特大の魔力が暴発し、すさまじい衝撃が起こる。
「くっ……」
そのまま、一分、二分と過ぎていき、炸裂は収まった。
俺もアリステラもなんとか無事だ。
「アリステラ、平気?」
返事がない。
「アリステラ」
「……」
目の焦点が合っていないな。
頬をつねってみる。反応がない。
耳を引っ張ってみた。これも反応なし。
(シント? おやめなさい。失礼ですよ)
「しかし、このまま目覚めないと大変です」
(わたくしがやりましょう)
懐から本の姿であるディジアさんが飛び出し、人の姿となる。
いつ見ても不思議そのものだ。
彼女はアリステラの眼前で手を振ったり叩いたりする。
効果はないようだ。
「これは……もっと強い刺激が必要なのかもしれませんね」
「強い刺激、ですか?」
魔法をブッ放すわけにはいけないし、どうするのか。
「こちょこちょ……」
ほう? くすぐりか。
たしかに効果はありそうだ。
脇腹をものすごい手つきでまさぐっている。
アリステラがぷるぷるしだした。
「……ハッ!? だ、誰?」
「目が醒めたのですね、アリステラ」
「女の子? なんで?」
目が醒めたようだ。
「ディジアさん、さすがです」
「ええ」
しかし、目覚めたはいいものの、彼女は剣の柄に手を伸ばしている
「待った! アリステラ。彼女はディジアさんだよ」
「だから、誰?」
「俺がいつも持ってる本」
「…………え、なに?」
彼女は、ナニイッテンダコイツ、みたいな顔をする。
「アリステラ、あなたは意識を失っていたのです。なにか覚えていませんか?」
「……わたし、意識が?」
「そうです。瘴気の塊を見て様子がおかしくなりました」
「なにがあったんだ?」
アリステラは目を左右に動かして、思い出そうとしている。
だが、顔をしかめながら頭を振った。
「わからない……だけど、変な気持ちに」
「変?」
「うん、なにかが……見えた。でも……うっ」
ぶるっと震える。
「アリステラ、なにが?」
「……あれがモンスターの源なの?」
彼女の説明はたどたどしかったけど、破壊、怒り、暗い感情が伝わってきたそうだ。
とにかくも瘴気の塊が火炎トカゲの源だとすれば、もう消えたから増援はない。
「……」
少しだけ……ほんの少しだけ冷や汗が出る。
フォールンに来たばかりの頃、モンスターの発生が増えているのだと聞いた。
鉱山から突如として出てきた巨大モンスター『絶望の暴君』。
見つかった遺跡の新区域。
そして今回の大発生とその源。
「シント、なに考えてる?」
「……いや、戻ろう。今は考えてもしかたがない」
「んん??」
上に戻り、井戸を破壊する。
そうすればモンスターが這い出てくることもない。
★★★★★★
村の中央に全員集まってもらい、事情を話す。
「な、なんですと!?」
「……モンスターの巣? 地下に!?」
役人と村長は腰を抜かしそうになっていた。
「しかし……証拠は」
「井戸の下に火炎トカゲの死体がたくさんありますから、見に行かれては?」
「あ、いや、疑っているわけではないので遠慮しましょう」
大量の火炎トカゲは外からやってきたのではなく、井戸から這い出してきたのだ。
「村長さん、井戸はいつから使っているものですか?」
「あの井戸は……おれが生まれた時はもうあった。水が出ねえから使っちゃいねえ。ずっと塞いでたんだ」
さらに詳しく聞くと、村の老人たちが生まれた時にもすでにあった。
だが、固く塞がれていて、大人十人でも開けることができなかった、という話だ。
封印していた、というよりは、なにかあった時の逃げ道なのだろう。
言い伝えが残っていない以上、もう情報はない。
「井戸は破壊して埋めた方がいいと思います」
「あ、ああ、そうするよ」
「役人さん、フォールンの近くでモンスターの発生が増えていると聞いたのですが、それはほんとうですか?」
今度は役人に話を振る。
「そうですな……目撃情報は増加しておりますし、注意喚起をしています」
「被害は?」
「本格的なものは今回が最初かと」
嫌な予感がするな。
瘴気の塊が他にもあるのだろうか。
「誰か調査は?」
「一応、大手の冒険者ギルドへ定期的に依頼をしてはおりますが」
範囲が広くて、全てはカバーしきれないとのことだ。
無理もない。
巨大な都市フォールンの外は、さらに広大だ。手つかずの自然はまだまだ多いし、どこに怪物が潜んでいるかわからないだろう。
「ん?」
そこで子供たちの笑い声が聞こえた。
見れば村の女の子二人と、アリステラとディジアさんが遊んでいる。
「あんた、巣を潰してくれたんだよな?」
「はい」
村長さんが深々と頭を下げてくる。
「ありがとう……子どもたちがああやって元気でいられるのは……あんたのおかげだ」
「いえ、礼には及びません。俺はシント・アーナズ。冒険者ギルド『Sword and Magic of Time』の者です。またなにかあれば依頼を」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
ちゃっかり売り込んでおこう。このくらいはいいよね。
「まあ、とりあえずは解決かな。油断はできないけど」
楽しそうに遊ぶ彼女たちを見ながら、息をつくのだった。




