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幽霊ってほんとにいるの?

 本格的な夏がだいぶ近づいてきた。

 窪地にある巨大な遺跡の上に造られた大都市フォールンは、地理で言えば『盆地』で、朝だというのに気温はかなり高い。


 魔法式の扇風機に当たりながら、事務所で新聞を読む。

 

『ガラル公国で乱の気配。ヴァルハリアンの破壊工作か』

『帝都において汚職事件。財務大臣の指示である可能性が浮上』

『フォールンの上空に謎の空飛ぶ人影!?』

『ベリル市長、不正発覚。揺らぐ勢力図』


 などなど、興味深い記事が載っている。

 気になる箇所を読んでいると、


「うーん……」


 カウンターに座るミューズさんが小さくうなった。

 依頼人を待ちつつ、書類整理等を行っている彼女は、腕を伸ばしたり、肩を回したりする。


「ミューズ、どうしたのさ」


 様子が気になったのか、同じく待機しているカサンドラが声をかけた。


「カサンドラ」

「疲れているのかい?」

「どうかしら……疲れているのかもしれないわ」

「肩こりがひどそうさね」

「ほら、肩と目って関係してるって言うじゃない?」


 盗み聞きするつもりはないのだけれど、気になる。


「目はともかく、肩なら下着があってないんじゃないかい?」

「それはないと思うけど……そういえばカサンドラってどうしてるの? その大きさじゃ」

「まあね。普通にはないサイズなんだ。全部特注さ。おかげで金がかかって」

「でしょうね」


 ん、これは聞いちゃいけない話題だ。

 耳をふさごうとした時、ミューズさんがかなり気になることを言う。


「そっちの話じゃなくて、その、最近なんだか『見る』のよ」

「見る……?」


 なんの話だろうか。

 心なしか、ミューズさんが青くなっている気がする。


「たぶん目が疲れてるんだと思うわ」

「ミューズ、なにを見たのさ」

「……幽霊よ」

「……へ?」


 幽霊だって?


「この前、朝にここを開けて入ったの。そうしたら……」


 ごくり、とカサンドラが息を呑む。


「いまシントが座っているところにね、子どもがいたのよ。女の子」

「ほんとうかい!? 見間違えじゃなくて?」

「そこに座って静かに本を読んでいたの……黒い服で黒髪で……:生きてる人間には見えなかったわ」

「それで、その後はどうしたのさ……?」

「誰? って思わず声をかけたんだけど、その女の子は立ち上がって、すーっとそっちの通路に……」

「……」


 少しだけ部屋の空気が冷たくなった気がした。

 とはいえ、それはディジアさんだろう。

 人間社会のことを知りたいと言っていたから、一般教養の本をたくさん買って置いておいた。

 朝に読書をしていたんだと思う。


「追いかける勇気がなかったわ……そのまま事務所から外に出て、時間がたってから入ったんだけど、誰もいなかった」

「ほんとうに幽霊……」


 大柄で屈強な戦士であるカサンドラがぶるっと震えていた。

 二人は幽霊が苦手なようだ。


「シント、ミューズが幽霊を見たって言ってるさ」

「この世に幽霊なんていませんよ」


 いるのはディジアさんだし。


「そ……そうよね。幽霊なんてこの世にいるはずないもんね」

「あ、いや、魔物はいますよ。遺跡で戦いましたし」

「はえ!?」

「そういやそんなこと話してたさ。冗談だとばかり……」


 やっぱりーーーーーーーー! とミューズさんが悲鳴を上げた。


「おかしいと思ってたのよ! テーブルに誰も用意してない水がいつの間にかあったりするし! 夜に一人で作業してると背後に誰かいるみたいな気配がしたりぃぃぃぃ!」


 それも彼女でしょうね。

 部屋の隅に置いた台上の古書――ディジアさんを見る。

 眠っているのか、言葉はない。


「まあまあ、ここはだいじょうぶですから」

「そうなの……?」

「魔物は悪い魔力の塊なんです。いれば俺が気づきますし、いたとしても害意があるなら退治してますよ」


 ミューズさんは安堵したようだった。

 

「あ、そういえば……」

「やっぱりいるの!?」


 思い出した。

 この前、ディジアさんは『徐々に慣らす』ようなことを言っていたから、これがそうなのかもしれない。


 なるほど。

 少しずつ存在を感じさせて、びっくりさせないようにするのか。

 いや、しかしすでにめちゃくちゃびっくりしている気もするが。


「安心してください。俺たちを倒そうなんて魔物はここにはいません」

「倒すって……でも、少し楽になったわ。やっぱりわたしの目が疲れているのね」


 ミューズさんが目の疲れを気にしている。

 ギルドマスターとしてなにかできることはないだろうか。


「少し休んだ方がいいんじゃないかい?」

「ありがとう、カサンドラ。でも平気よ。寮もそろそろ完成するみたいだし、そうなれば夜道を歩かなくてすむわ」

「そうだったねえ。こっちもそろそろ引っ越しの準備をするさ」


 追加で頼んだ寮は完成しつつある。

 みんな、ホテル暮らしや、遠い場所から通う必要もない。

 ディジアさんの件は……様子を見よう。

 なんとなくその方がいいと思った。



 ★★★★★★



 数日後――


「シント、あなたも上がったら?」


 時刻は夜。

 ミューズさんはまだ残るようだ。


「いえ、まだいますよ。それよりもミューズさんこそ根を詰めすぎじゃないですか?」

「やらせて? ギルドの収入が思ったよりもいいのよ。秋には最初の納税があるんだから、しっかり計算しておかないと」


 帝国では自治体によって多少の違いはあれど、秋と春に一回ずつ、納税の義務がある。

 『Sword and Magic of Time』は春に立ち上げたばかりだから、秋の納税が最初となるのだった


「なら手伝います」

「そう? じゃあお願い」


 彼女の隣に座って、手伝いを始める。

 依頼ごとの収入と経費を照らし合わせ、利益とそれにかかる税を計算することとなった。

 思ったより大変だ。


「……ミューズさん?」

「……あ、ごめん」


 彼女はやはり疲れているのか、眠りそうになっている。


「今日はもう休みましょう。明日にしたほうが」

「いいえ、今日できるのなら、今やるわ」


 素直にすごいと思う。誰だって、疲れている時は明日に回したいはずなのに。

 ミューズさんをスカウトして良かったと心から思う。


 ただそれと無理をすることは別。

 いっそ魔法を使って気絶でもさせようか、なんて思っていると――


(シント、ここはわたくしに)

「え?」


 古書から優しい光が溢れ、やがて人の形となす。

 子供の姿をしたディジアさんが、そこに現れた。


 ミューズさんは書類に集中しているのか、気づいていない。

 どうするつもりだろう。目が離せない。


「ミューズ、無理はいけませんよ?」

「へ?」


 ふわり、とディジアさんが後ろから抱きしめた。


「な、なに? 誰!?」

「わたくしはディジア。あなたたちのことをずっと見てきました」

「どういう……」

「あなたはとても頑張っていますね。あなたがいなければ、このギルドはとても立ち行かなかったでしょう」


 それはその通り。ミューズさんは俺にとってかけがえのない人間だ。


「さあ、ゆっくりと息をするのです」

「なんなの……でも……す、すごく気持ちいいんですけど……」


 なんなんだこの癒しの波動は。

 見ているだけの俺でさえも、心地よくなってくる。


「暖かいわ……これは……」

「だいじょうぶです。あなたは最高のスタッフ。いま休めば、明日にはもっと早くできるはず。いま感じているものに身を委ねるのです」

「……そう……ね。なんだか……この世のやさしさすべてに……包まれて……いるみたいだわ………………ぐーzzz……」


 あ。

 寝た。

 すごい。


「さあ、シント。彼女をソファーに。あとちゃんとお布団をかけてあげなさい」

「そうですね。しかしディジアさん、今のはなんですか? 癒しの魔法?」


 この世には傷を癒したり、病気を治す魔法は存在しないとされている。だがディジアさんならあるいは、と思った。


「いいえ、違います。わたくしは優しく褒めただけ。肯定する言葉と安らかな眠りがヒトをもっとも癒す手段なのです。これに書いてありました」


 と、彼女は本を手に取った。


「それは『頭の体操』?」


 買っておいた本の一つだ。

 

「これでミューズとは顔見知り、ですね」

「顔は合わせてない気が」

「いいのです。きっとわかりあえました」


 そうなのか。いまいちピンと来ないけど。

 でも二人を見ていた時、妙に胸が暖かくなったのは確かだ。


「ありがとうございます。本来なら俺がするべきことなのに」

「さすがにシントがいまのをするのは、なんとなくですがまずいと思います。たぶん」


 ……?

 なんのことやらわからないが、ディジアさんが言うならそうなんだろう。


 とはいえ、ミューズさんは安らかに眠っている。


 ならばよし。

お読みいただきまして、ありがとうございます!


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