ファミリアバース 7 ガルダさんの事情
いきなり彼女が俺を斬りつけてきた。避けなかったら、間違いなく死んでいる。
「……」
改めて彼女の様子を見る。
透き通るブルーの瞳。びっくりするぐらい形の整った顔の輪郭や鼻筋。たき火の炎によって照らされる美貌。
ガルダさんの怒りが伝わってくる。無表情だった顔はひどく歪み、目が限界まで吊り上がっていた。
本気だ。
「その子たち、どこへ?」
「ちょっと待って! なにを――」
再度の斬撃。後ろに引いてかわしたが、髪の毛を数本斬られた。
なんて鋭い剣さばきだ。
「話を」
「しね」
聞く気はないのか。
これはとてもまずい状況だと思う。彼女がなにか勘違いをしているのは間違いない。
かといって今回の相棒に反撃をする気は起きなかった。
「≪軟障壁≫」
自分ができる限界の速さで障壁を展開する。
「……!?」
「ちょっとごめん!」
ギリギリで間に合った障壁に驚いているガルダさんを捕まえて、足を引っかけ、押し倒す。
剣を振るえないよう、覆いかぶさった。
「離せ!」
「いいから落ち着いて!」
ガルダさんが暴れる。このままじゃ怪我をしかねない。なにかいい方法があるはずだ。考えろ。考えるんだ。
このまま勘違いされたままなんて、ありえない。
倒れた拍子にフードが脱げて、彼女の耳が見えた。
尖っていて長い。エルフだ。
話が少し見えてきた。だが、何も聞いてもらえないんじゃどうしようもない。
やるしかない。今ここで術式を編み出すしか方法はなさそうだ。
魔力を介してのイメージ伝達。あちらから来る情報を読み取ることはできても、こちらからはできない。
イメージを受け取る際、俺は他者に魔力波長を合わせる。しかし逆のことをする場合、相手に合わせてもらうしかないから本来は無理なんだ。
「今からそれを覆す」
手の平を彼女の額に当てる。
ガルダさんの暴れる力はますます強くなるばかりだ。
落ち着け。
伝達の術式を構築。そして変換。頭の中を目まぐるしく文字列が乱舞する。
魔力を二つの術式に通し、撃ちだす。送った魔力を一部変換し、俺と共通の中継地点とする。
あとはイメージだ。
助けた女の子たちからもらった映像を移す。
「……!? これは……母なる大樹……聖地」
イメージが伝わったことで、彼女の体からふっと力が抜けた。
成功だ。
危なかった。
「なにを……したの?」
「助けた女の子たちからもらったイメージを見せたんだ」
大きく息を吐きながら、ガルダさんから離れる。もう、大丈夫だろう。
「助けた……?」
「うん、そう。牢屋に入れられていたから、そこから出して故郷に送った」
彼女は無言のまま、夜空を見上げている。
俺は言葉を待つ。
しばらくしてガルダさんは、ごめん、と小さく言ったのだった。
★★★★★★
我に返ったガルダさんはたき火をじっと見つめていた。
時折、俺をちらりと見ては、またたき火に視線を戻す。さっきからそれをずっと繰り返している。
あれから数時間が経つ。もうかなり遅い時間で、そろそろ朝になるだろう。
「ガルダさん、少し寝たら?」
「……」
声をかけると、申し訳なさそうに俺を見る。
別に気にしてはいないが、彼女はかなり沈んでいた。
「……わたしは」
「うん」
「アールブルクに来たのは、さらわれた子たちを探すため」
やっぱりそうだった。
でなくては、あんなに怒るはずがない。
「人さらいの集団がこの辺にいるらしいって聞いた」
「探していたのか」
「もう半年になるから、死んだか、売られたと思った」
ずっと行方を追っていたんだな。
「俺が助けたのはルーナって子だ。ルーナ・シルフグリムと名乗った」
「……その子、親戚」
「そうなの!?」
親族だったとは。世の中、広いようで狭い。
「故郷に送ったって……」
「それは確実だよ」
「魔法?」
「そう、魔法」
彼女は膝の間に顔をうずめた。
「あり」
「……?」
「あり……がとう」
お礼を言うのが恥ずかしかったのかな?
でも、信じてくれてよかった。
イメージを見せる、という選択は間違っていなかったと思う。
「この辺は……悪い噂がある」
「というと?」
「人さらい、後はクスリ」
薬ってなんのことだ?
聞き返そうとした時、ガルダさんの尖った耳がぴくぴくした。
それだけじゃない。俺の耳にも不穏な足音が聞こえる。
なにか来る。
しかも複数。足音の間隔からして大きなモノ。
「ガルダさん!」
「……!」
立ち上がり、たき火を背にする。
ほどなくして、ソレはやってきた。
暗闇に浮かぶ、紅く光る瞳。ゆっくりと現れるモンスターの姿を月明かりが映し出す。
「ダイアドッグ……」
ガルダさんが小さい声で言った。見立て通り、犬型モンスターの登場だ。
数は三体だから多くはない。ただ、間近で見るその姿は恐ろしい。人間にもっとも身近な動物とは似ても似つかない巨体で、凶悪な爪をしている。
三体のダイアドッグは、すぐにはかかってこない。
俺たちを品定めするがごとく、様子を見ていた。
モンスターの[確認]は完了した。
しかしもはや[討伐]は避けられない状況だ。
怪物を前にして身構える。
人よりも大きな体をした犬型のモンスター・ダイアドッグは集団で狩りをするという。
ただ、殺気は感じられない。三体とも慎重に様子をうかがっているような素振りだった。
やるなら先制攻撃だ。まずは一発撃ちこんで場をかき乱す。
「俺が魔法で出鼻を挫く。ガルダさんは――」
喋りかけたところで、妙な音が響く。
『ピュイイイイイイイイイイイ!』
ここでまた状況が変わった
どこからか、笛の音が聞こえる。とても大きな音だ。
三体のダイアドッグは、顔を上げて笛の音に反応している。
「なんなの?」
「笛の音、だよね?」
ダイアドッグがこの場を去っていく。
人間を見れば襲いかかってくるはずの凶悪なモンスターが、なにもせずに去るなんて信じられない。
ガルダさんと顔を見合わせる。
お互いにうなずいて、あとを追った。なにか嫌な予感がするんだ。
ダイアドッグの足は速い。かろうじてくらいつき、さらに森の奥へと進んで行く。
どこまで行くつもりなのか。
「……明るくなってきた」
空が青くなってきている。
やがて、ダイアドッグが止まった。
「あれは、人、なのか?」
二つの松明が見える。
まずい、このままでは襲われる。
魔法を発動しかけたところで、ガルダさんに襟を引っ張られた。
苦しいんですけど。
「待って。なにかおかしい」
「おかしい?」
松明を持った二人は襲われていなかった。
いったいなにが起こっているんだ。
「……こんなのありえない」
彼女の呟きはもっともだ。モンスターが人を襲わないなんて、信じられなかった。
遥か昔、一度モンスターに滅ぼされかけた人類の記憶は、色あせることはない。その時代にいない俺たちにも本能的な恐怖がある。
少しだけ近づいてみる。
松明を持つ男たちの声が聞こえてきた。
「ったく……ダメだろ、遠くに行っちゃあ」
「回収できてよかったぜ。逃がしちまったら若に殺される」
回収? それに『若』とは誰だ?
彼らは間近にいてもダイアドッグを警戒していない。普通じゃ考えられないはず。
「お手。ふふふ……」
「ワフ」
お手まで!?
どうなっているんだ。あまりにもおかしい光景がそこにある。
夢でも見ているのか、俺は。
「おい、バカなことやってんな。そいつらのお手なんて、殺されんぞ」
「いやー、意外とこれ楽しいんだぜ」
モンスターにお手をさせて楽しむだなんて、どんだけ肝が太いんだあの人!?
松明を持った二人の男は、ダイアドッグたちを引き連れて去っていく。
「どこへ行くつもりなんだ」
本来なら一度戻って報告すべきなんだろうけど、興味がわいた。
「ガルダさん」
「追う」
即答だった。