シント・アーナズ【ショッピング】・Ⅲ 遠くアダガントへ
盾を壊す試験を始めるにあたって、地下室へ連れて行かれた。
そこは鍛冶場になっていて、上のお店よりも広く、充実した施設に見える。
「さあ、やってみろ」
タタラズさんがぶ厚い盾を台にたてかける。
(シント、なにを使うか決めたのですか?)
「そうですね。試してみたい魔法があります」
なんとなく懐のディジアさんからワクワクが伝わってくる。
指先を盾に向けて構えた。
使うのは新たに習得した≪魔弾≫の派生だ。
距離をとって集中を始める。
狙いを定め、放った。
細く、鋭く、真横に回転させた魔力の弾が撃ちだされ、ぶ厚い盾を貫く。
貫通した弾が突き抜けて、後ろの石壁に小さな穴を空けた。
成功だ。
回転させることで貫通力を持たせ、狙撃する。
名付けて≪螺旋魔弾≫。
「な、なんだあ? 今のは……」
盾に空けた穴から亀裂が入る。
ぴしぴしと音を立て――ぶ厚い鋼の塊が割れた。
(お見事です、シント。素晴らしい魔法でした)
「はい、ありがとうございます」
試験は合格だと思うのだが、タタラズさんは言葉を失っていた。
「最高級の鋼を九枚重ねた代物だぞ……ほんとうにやりやがるとは!」
そんなとんでもないものを試験に使っていたのか。
「すみません、後ろの壁に穴を」
「んなこたあどうでもいい。気に入ったぜ。おまえさんの盾を作らせてもらう」
彼は満足そうに手を叩いた。
この後、予算などについて打ち合わせをしたのだけれど、またしても問題が発生する。
「一年以上はかかる?」
「おう」
またか。
どうなっているんだ。
「おまえさんの注文だと、材質はミスリル銀になるだろうからな。今は品切れだぜ」
「そうですか。しかしなぜ」
「詳しい事はわからねえ。なんで『アダガンド』に直接取りに行くとこだ」
アダガンドという場所の名前は本で読んだ記憶がある。
世界で三番目に高い山をくり抜いて作られた岩の街だ。
そこにはたくさんの土の民が住んでいるはず。
「おれの故郷なんだが、もう二十年は帰ってねえ。どんな様子なのか見てこねえとな」
「ミスリル銀が枯渇したのでしょうか」
「そいつはありえねえよ。アダガンドの鉱山は最大のミスリル産出量を誇る。千年掘っても尽きねえはずだ」
タタラズさんの表情が険しくなる。
おそらくだが、なにか異常事態が起こっているのだろうと思った。
「遠いのですか?」
「そこまでは遠くねえが、馬車で五日はかかるな。往復で十日以上だ」
「ミスリル銀があれば、盾を作ることは可能?」
「もちろんだ。それなら、そうだな……一か月あればなんとかやれるだろうぜ」
ちょっと考えてみる。
十分な量のミスリルを確保できれば、盾だけじゃなくさっき注文した服の件も解決できそう。
「タタラズさん、実はさきほど服も注文したのですが、裏地に使うミスリルがないと言われました」
「だろうな。少なくともフォールンにゃあ在庫がねえはずだ」
「すみません、ここって何時までやってます?」
「夜に閉めるがよ。おまえさん、なにを言うつもりだ?」
ミスリルを取りに行く。
「夜までには戻ります」
「はあ?」
「ちょっと行って取ってきますね」
「なーに言ってんだ」
魔法で空を行くと説明したが、あまりよくわかっていないようだ。
「まあいいか。行ってくれんなら助かる」
タタラズさんの知り合いが経営しているという素材の店を教えてもらい、そのためのお金を受け取った。
「お金はいいですよ。戻って来た時にでも」
「坊主、生意気言ってんじゃねえ。いいから持ってけ。余ったら小遣いにでもしろ」
口は悪いけど根はやさしい人なのだと思った。なにより、信頼して預けてくれたことが嬉しい。
いったん別れを告げて、外に出た。
そしてすぐに向かう。
(いいですね、旅行ですか)
「飛ばせばすぐに着きますし、日帰り旅行ってことで」
(休日らしくなってきたのではありませんか?)
確かにそうだ。
せっかくだし、ディジアさんの言う通り休日を満喫しよう。
★★★★★★
飛行魔法≪飛衝≫を使い、フォールンの南東へと向かう。
出力を上げて、空を切り裂くように進んだ。
(ずいぶんと速くなりましたね)
「慣れてきました。もっと飛ばせますよ」
(無理はいけません。休日、なのですから)
そう言われるとなんだかいいところを見せたくなる。
「では、速度を上げます」
(シント、話を聞きなさい?)
さらに速度を上げて、アダガンドまでひとっとび。
目的の場所はすぐに見えた。
そびえたつ巨大な山が目に入る。
≪飛衝≫による移動で、五日かかるところを一時間弱に短縮できた。
お昼前だし、この分なら夜までには戻れるだろう。
山のふもとに作られた巨大な門をくぐると、びっくりして止まってしまった。
大都市フォールンの時とはまた違う。
暗い洞窟の中をイメージしていたが、そんなことはない。
「こんなものを人間が作れるのか」
山をくり抜かれて作られた街は、驚くほどに広く、魔法の機械照明によって明るく照らされている。
「石でできた街、か」
(ヒトは面白いものですね。このような場所にわざわざ街を作り、住む。どれだけの労力がかかっているのか)
まったくの同感だ。
しかしここで止まっているわけにもいかない。
さっそく、教えてもらったお店を探した。
フォールンほどではないけれど、やはり人は多い。
そこかしこから金づちを叩く音が聞こえて、職人の街といった風情だ。
すれ違う土の民ドヴ―は肌が赤茶けていて、みな腕が異様に太い。あとは立派な髭……というか、顔の下半分がひげもじゃだった。
髭を生やすのが風習なのだろうか。
目的の場所を見つけるのには苦労しなかった。
三番街の通りに面した『アーダマンの問屋』が目に入る。
「あのー、すみません」
通りに直接カウンターが飛び出ているので、そこにいる男性へ話しかけてみる。
「おう、いらっしゃい!」
タタラズさんよりもずいぶんと若い印象のドヴーだった。
「タタラズさんからここに行けと言われまして」
「おお、タタラズのオヤジさんか。元気なのかい?」
「ええ、会いに行ったらお客を追い返していました」
「はは! 相変わらずだぜ!」
用件を切り出す。
ミスリルの話をすると、とたんに顔が曇った。
「まあ……今は無理だな」
「そうなのですか?」
「わざわざ来てもらって悪いが、入荷のめどが立たねえ」
表情を見るかぎり、良くない話みたい。
「なにがあったのか、聞かせてもらえませんか?」
「……この街のモンは知ってることだが……外には出せねえ情報なんだ」
そこまで言うからには深刻な事態、といっていいのかもしれない。
「崩落だよ」
あ、結局言うのか。
この人、おしゃべりが好きなのだろう。
「一か月前だ。滅多にねえことだが、地震が起きてよ。ミスリル鉱床までの道がふさがってんのさ」
問題はこれか。
ミスリル銀が採掘できる場所は少なく、大陸で流通するもののほとんどがこの山で採れたものだとタタラズさんから聞いた。
道がふさがったのなら、届くはずもない。
しかし、問題はそれだけにとどまらなかった。
十三番高炉――つまりミスリル鉱石を溶かして延べ棒にする場所に行けなくなっている。その上、そこに職人たちが閉じ込められているとのことだった。
「一大事じゃないですか」
「そうよ。復旧作業は続いているんだが――」
彼がなにかを言いかけたところで、急に周囲が騒がしくなった。
街の人達が一斉にどこかへ移動している。
「なんだあ? おい、どうした」
道行く人に店員さんが話しかける。
「一人戻ってきたってよ!」
「マジかよ!」
と、店員さんも飛び出してしまう。
(わたくしたちも行きましょう)
「そうですね。少し嫌な予感がします」
俺もあとに続いて走る。
向かっているのは、一番奥の坑道入り口らしかった。
そして――
(嫌な予感は当たりましたね)
「はい」
多くの見物人に囲まれるようにしてそこにいたのは、血まみれの男だった。




