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シント・アーナズ【ショッピング】 そうだ、仕立て屋に行こう

「≪感応ノ心意(カンノウノシンイ)≫」


 魔法を発動すると同時に、俺の周囲で小石が浮き上がった。

 頭の中で旋回をイメージすると、石たちが周りで動き始める。


「掴みはいいけれど、まだ甘いか」


 魔法を解除。

 石を元に戻した。


「朝は涼しいなー」


 つい独り言を口にしてしまう。

 冒険者ギルド『Sword and Magic of Time』を立ち上げてから二か月近く。

 最近はこうして早朝に魔法の練習をすることが日課となっている。


 いまやろうとしているのは、見えない魔法の手で物体を動かす≪物体ノ移動(ムーブイング)≫を発展させ、≪自動障壁(オートシールド)≫を組み合わせた新魔法だ。

 魔力の線で物と自分をつなぎ、イメージ通りに動かす。

 それが≪感応ノ心意(カンノウノシンイ)≫。


 約一か月前、ユリス・ラグナと彼が率いる魔法士千人を退けることができたが、街の建物が破壊されてしまった。

 もう二度とそうさせないよう、広い範囲を守れる術が欲しいと思ったのだ。


 さっき動かしたのは石だったけど、これが『盾』であれば、防御は格段に上がる。

 俺の意思に感応し、様々なものを自動で遮断する硬い盾。

 それがあれば、もっとたくさんのものを守れる。


「精が出ますね、シント」

「ディジアさん」


 気がつけば、すぐそばに子ども姿のディジアさんがいた。

 命よりも大事な、俺に魔法を授けてくれた古書。実はそれが人であるだなんて思いもしない。


「体は大丈夫なんですか?」


 彼女はしばらくの間、本のままで眠っていた。

 まだ力が馴染んでいないそうだけど、平気なのだろうか。

 元の姿は妙齢の淑女だったが、まだ縮んだままで子どもだし。


「はい、少しずつ馴染んできました」

「じゃあ、みんなに紹介しますよ」

「いきなり紹介したら驚いてしまいます」


 たしかにそうだ。

 本が人だった、なんてそうそう信じられないだろう。


「なので徐々に」

「徐々に?」


 ディジアさんが楽しそうに微笑む。

 なにか考えがありそうだな。任せよう。


 さあ、そろそろギルドを開けるか。

 今日も一日、頑張る。



 ★★★★★★



「ギルドマスター」


 ギルドのカウンターで新聞を読んでいると、ミューズさんが声をかけてきた。


「どうしました? 依頼ですか?」

「いや、なんでここに、と思って」

「というと?」

「だってあなた、今日は休日でしょう」

「休んでますよ」

「事務所で?」

「はい」


 休日ではあるが、いつ緊急の依頼が来るかわからない。なのでこうしているわけだ。

 ちなみに他のメンバーは外に出ている。

 いるのは俺とミューズさんと本の姿に戻ったディジアさんだけ。


「ダメよ。仕事から離れて」

「しかし」

「体を休めなさい」


 心配してくれているのか。でもだいじょうぶ。疲れていないから、休む必要はない。


「あなたの体も心配だけど、他にも理由はあるわ」


 ミューズさんの表情は複雑そうだ。


「ギルドマスターが休まないと、他のメンバーが休みづらくなるのよ」


 なんだって……

 それは盲点だった。

 

「買い物にでも行ってきたら? お給料、ぜんぜん使ってないでしょ?」


 確かに。

 ずっと仕事していたから、ほとんど使っていない。


 しかし、なにに使えばいいのか。食事代だけでは使いきれないしな。

 いや、いっそ全部食事に……


「あー、シントがいまなにを考えているのかわかったわ」

「え?」

「全部食事代にしないでね?」


 バレた。


「服を新調したらいいと思う。けっこうくたびれているんじゃないかしら」


 そういえばそうだな。

 ブルーノ男爵からいただいた服は洗濯しながら使い続けていたけれど、ところどころ痛んでいる。

 

「あなたはギルドマスターなんだし、見た目も重要なのよ?」

(わたくしもそう思います)


 ディジアさんまで!?

 

「……? いまなんか……」


 彼女の声は、ミューズさんには聞こえない。けどなにかを感じ取ったようだ。


「服屋か。行ったことない」

「いいじゃない。何事にも初めてはあるわよ」

「ミューズさん、どこかいいお店を知りませんか? 戦闘服をあつらえてもらえるようなところ」

「戦闘服!? 普段着じゃないの?」


 普段着はシャツと半ズボンがあればいい。欲しいのは戦闘でも使えつつ、人と会う時も失礼じゃないものだ。

 ミューズさんは困りながらも回答をくれた。


「古街に腕のいい仕立て屋があったはずよ。ウチの父も絶対手放さない服を作ってくれたところ。すごくイイ生地だから何度売ろうと思ったことか」


 悔しそうな顔のミューズさん。

 彼女の家は貴族だけど、相当な貧乏らしかった。

 家も土地も売ったのに、それでも手放さない服か。

 興味がわいてきた。


「わかりました。ちょっと行ってきます」

「ええ、いってらっしゃい」

(シント、わたくしも行きます)


 ディジアさんが元気だ。

 本の姿である彼女を懐にしまい、ギルドを出ることにした。



 ★★★★★★



 教えてもらった仕立て屋に行ってみる。

 古街の一角に建つ、小さなお店だった。

 看板には『サヴィール紳士服』とある。

 さっそく行ってみよう。


「ごめんください」

「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれたのは、帝国風紳士服を着こなした50歳くらいの男性だ。

 彼は俺を見て、一瞬だけ目を細めた。


「本日はどのようなご用件ですかな?」

「あ、はい。アンテル嬢からここのことを聞いて、服を作っていただけないかと」

「ほう。アンテル家のお嬢さんからですか。ふむふむ」

「できれば戦闘に耐えられつつも、失礼ではない服をお願いしたいのです」


 注文を告げると、男性は興味深そうに俺を――いや、俺の服を見る。


「なるほど。ではこちらへどうぞ。それと上着を拝見させていただいてもよろしいでしょうか」

「もちろんです」


 自己紹介しつつ、勧められた椅子に座り、上着を脱いだ。

 彼はサヴィールさんといって、このお店の三代目なのだそう。


「だいぶ使い込まれているようですな」


 ちょっと見ただけでわかるのか。


「しかし面白い」

「面白い?」

「ええ、さしつかえなければこれを身に着けるようになった経緯を教えていただけませんか」

「はい、アールブルクのブルーノ男爵と懇意にさせていただいてまして、譲り受けました」

「やはり」


 どういうことだ?


「これは私の叔父の仕事でございます。ふふふ」


 サヴィールさんが楽しそうに笑う。

 聞けば、彼の一族はみな仕立て屋関係の仕事に就いていて、特にブルーノ男爵の服を仕立てた人は一番腕がいいそう。


 なんか感動した。

 ここで縁がつながっていたとは、思いもしない。


「裏地にミスリル。運針も完璧だ。しかしながらアーナズ様の体には微妙にフィットしていないようですな」


 そんなこともわかるのか。職人さんはすごい。


「できれば、これと同じような仕立てにしていただきたいのです」


 ブルーノ男爵からいただいた服は、すごく着心地が良い。色やデザインも好みだし、似たようなのがいい。


「では戦闘に耐えられつつもフォーマルな場で通用する、かついまのお召しと似たデザインでご注文、ということで」


 衣服の知識はないので、お任せにしてもらった。

 それにしても驚いたな。普通に考えて面倒な注文だろうに、顔色一つ変えない。

 これがプロの職人なのか。

 その後は予算などを打ち合わせしたのだが、問題が生じる。


「一年?」


 出来上がりまで一年以上かかる、と言われたのだった。

 さすがに長い。


「申し訳ないのですが、裏地に使うミスリル銀が入荷しないのですよ」

 

 なんてことだ。


「まずはいまのお召しを直しましょう。ローテーション用にできる既製服もございますのでね。そちらもいかがでしょうか」


 サヴィールさんの仕事はめちゃくちゃ早かった。

 寸法を図ったあと、あっという間に今の服が直し終わる。


 改めて着てみると、動きやすさが段違いだった。

 サイズを調整しただけでこれなのか。目からうろこだ。


「すごいです……こんなに違うだなんて」

「それが仕事ですからな」

 

 驚いていると、サヴィールさんはニヤリと笑った。

 とりあえず注文は終わりだ。

 お礼を述べてお店をあとにする。


(まさか一年以上とは)

「しかたないです。気長に待つしかない」

(新しい姿のシントを見たかったのですが……)


 残念そうなディジアさん。


(これで買い物は終わりですか?) 

「もう一個ありますので、行きましょう」

 

 次に向かうのは防具屋。

 欲しいのは『盾』だ。

 できれば限りなく軽くて、最高に硬くて、魔力の通じやすいものがいいのだけれど。

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