【ラグナ家】イングヴァル・ラグナ【三男】
ラグナ公国――
伝統ある豪奢な邸宅の一室で、現当主であるラグナ公カールは、テーブルに肘をつき、組んだ手にあごを乗せてひたすらに思案していた。
(いったいなにが起こったというのだ)
フォールンでの商いを任せていた長男ユリスは行方不明。
それどころか、息子につけておいた魔法士のほとんどが逮捕されるという事態。
人をやって調査させているが、いまのところ進展はない。
(勝手に軍を動かしおってからに)
わかっているのは、ユリスが街中に無断で軍を行進させ、しかも魔法を放ち家々を破壊したということ。
これでは帝国に対する反逆と取られかねない危険な行為だった。
だが、当の本人は行方知れず。
父である先々代当主ジンクに話してみたところ、よきにはからえ、と言われたのみだ。
いやアホか、と言いたくなったカール大公であったが、やめた。
いまだ大陸中に大きな影響力を持っている人物だ。逆らうなどと、自分の父ながら面倒くさすぎる。
(父上はなにを考えておられる。ラグナ家の危機となるやもしれぬのに)
胃の痛みがひどくなってきた。
もはや仕事にならぬ、と立ち上がりかけたところ、誰かが乱暴に扉を開けて入ってくる。
「イングヴァル。どこに行っておったのだ」
「父上、戻ったぜ」
現れたのはイングヴァル。
無事な姿を見て、カールは胸をなでおろした。
長男ユリスは行方不明、次男マールは廃人同然。こうなるとまともに働けそうなのは三男イングヴァルだけだ。
「どこって、フォールンだよ」
「なに?」
「行くって言ったじゃん」
「聞いておらぬのである」
「あー……そういや言った気になってただけかもな」
カールはさらに胃が痛くなってきた。
「ユリス兄上はまだ戻ってないのか」
「行方不明だ」
「それは知ってる」
「なに?」
大公は思わず聞き返した。
「どういうことだ? なにがあった?」
フォールンの状況を知らせる使者はまだ来ていない。なにがあったのか、一番知りたいことを三男は見てきたのだった。
「シントに吹き飛ばされただけだぜ」
「吹き飛ばされただけ? なにを言っている」
「ありゃ無理だ。まず勝てねー……おじい様か父上の【神格】じゃねーとな。あいつはもう、バケモンだ」
まったくもって意味がわからなかった。
「シント・アーナズに会った、ということか?」
「父上、信じたくねーからって事実から目を背けるのはやめろよ。シント・アーナズは『あのシント』で、どうやってか魔法を覚えていた」
「!」
力が抜けたカール大公は、椅子に座り直した。
追放したシントは、魔法など使えなかったはず。
魔法が使えたのなら、なぜ言わなかったのか。
「イングヴァル、いったいなにがあったのか、話すのである」
「兄上はシントに商売を邪魔されて、バカな事をした。魔法ぶっ放して、街を壊しかけてよ。それで返り討ちにあったんだ。千人の軍丸ごとな」
「……は?」
「言葉通りの意味だよ。シントはユリス兄上も、千人いたウチの魔法士も、みんなボッコボコにしやがった。しかも一人でだ」
「ばかな」
ありえない。
しかし、結果が物語っている。
覚醒したシントは、イングヴァルの眼前でそれをやってのけたのだ。
だが、どんなに言葉を尽くしてもカールは信じないだろう。
「そんなことはどうでもいーんだよ、父上」
「どうでもよくはない。このままではラグナ家が――」
「いーんだっつうの。それよりも、おれに【神格】をくれねーかな」
父はぎょっとした。
「なんだと?」
「おれは知っているんだぜ? おじい様と父上が【神格】を一個隠しているってな」
なぜそのことを知っているのか。
「まだ誰の手にも渡っていない【神格】神雷『ソー』。あるんだろ?」
「……」
確かにそれはある。
ラグナ家の宝物庫に厳重な封印をしているのだった。
「私の一存では動かせんのである」
「そうか? でもさっきおじい様に聞いたら『好きにせよ』って言われたけど」
それを聞いて父はあごが外れそうになった。
(ち、父上ええええええええええええええ! なにを考えておるのだっ!)
【神格】神雷『ソー』は誰も所有者には選ばなかった。
扱える者はいない。
「待て。アレは誰も選んではおらぬのだ」
「なんで? おれは試してないけど」
「試した。おまえが子供の頃に」
「はあ?」
「父上の命で、眠っている間にな。おまえだけではない。ユリスもマールもダメだったのである」
「勝手なことすんなよなー」
イングヴァルは呆れた。
しかし次の瞬間には笑みを浮かべる。
「選ばれなくとも、方法があるだろ」
「イングヴァル、まさか」
「ねじ伏せる」
「馬鹿者。やめんか」
「いいや、やるね」
誰に似たのか、三男イングヴァルは決めたら動かない。
鉄の意思と巨大な魔力。素質は十分なのだった。
【神格】はそれぞれ、独自に意思のようなものがある。
ゆえに所有者を選ぶのだが、もう一つ、使える方法があった。
力でねじ伏せ、従わせる。
過去に幾度かあった実例。
「本気なのだな?」
「ああ、もちろん。そうしねーとラグナはシントに乗っ取られる」
そんなはずはない、と言いかけて、言葉が出ない。
事実、ユリスとマールはやられた。
「勝手にやらせてもらうぜ」
「わかったわかった、とりあえず試してみるがよい」
少しでも危険ならやめさせる、とカールは心に決めた。
一度でも触れれば、【神格】の恐ろしさを知るだろう。そう思ったのだ。
★★★★★★
ラグナ本家宝物庫。
代々の当主しか入ることのできない、結界と障壁によって守られた場所だった。
現在は大公カールと、その父ジンクしか足を踏み入れることはできない。
そこへ案内された三男イングヴァルは、目に入った様々な宝物に心惹かれた。
「触るでないぞ。事故が起きるのである」
「は? 事故?」
「危険な物もあるのだ」
奥へと進む。
突き当りの机を見て、イングヴァルは息を呑んだ。
水晶製の祭壇。その上には透明な筒の中で蠢く、雷の珠があった。
間違いなく【神格】神雷ソーだ。
「これが【神格】……」
「放っておくと暴れるのでな。特別製の祭壇と筒で封印してある」
近づいて筒越しに触れる。
すると、【神格】神雷ソーがバチバチと動き始めた。
「うおっ!」
「この通り、やはり無理である。諦めよ」
過去、幾度もラグナ家の血を引く者が挑戦し、失敗した。
末路のほとんどは死亡。よくても廃人となる。
それゆえ、封印したのだった。
しかし――
「やってやる。おれがねじ伏せる」
「やめるのだ」
【神格】が所有者を選ぶ理由と条件は、わかっていない。
だが、ねじ伏せられるのであれば、条件はいらないとされている。
イングヴァルは筒を空けた。そこに手を突っ込む。
父は驚いた。まさかそこまでやるとは思いもしない。
「イングヴァル! やめよと言っておるだろう!」
【神格】神雷ソーはイングヴァルの腕を伝い、全身を覆う。
光が溢れ出し、雷が跳ねた。
「ぐっ……ウオオオオオオオオオオオオオオ!」
カールはとっさに自身が持つ【神格】神水ダイダルを発動しかけた。
【神格】には【神格】しか対抗できない。
「手を出すんじゃねー! 父上! やらせろおおおおおおおおおおお!」
地獄の苦痛を全身が襲う。イングヴァルは魔力を限界まで高め、【神格】が暴れるのに抗った。
いったい何分その状態が続いたのか。
イングヴァルはまだ耐えている。
そして――
「うっ……」
激しい光。大公カールは腕で目を覆った。
「イングヴァル、おまえは」
息子はしっかりと立っていた。
神妙な顔つきで、自分の手や腕を見ている。
「父上も、おじい様もずるいじゃねーか……」
「なにを言うのだ」
「だってよ、こんな……こんなやべー力をいつも感じてんだろ?」
【神格】を持つ者はヒトを超える。
「なんだよこの全能感……マジでやべー! はははははははは!」
イングヴァルは【神格】神雷ソーをねじ伏せた。
体の周囲を雷が走り、魔力はこれまでにないほど漲っている。
快挙だった。神雷ソーはずっと所有者を持たなかったのだ。
しかし、父であるカールには、これがめでたいこととはどうしても思えなかった。
「これであの化け物……シントをぶっ殺せる!」
「イングヴァル」
【神格】を得たのなら、シントと戦う必要はない。次の当主はイングヴァルだろう。
「手に入れたのならもうよかろう」
「いいや、ダメだ。あいつはラグナ家をコケにしやがった。自分がなにをしたのか、わからせねえとな」
イングヴァルは薄く笑いながら、去ろうとする。
「どこへ行く気なのだ?」
「……おれはまだ【神格】がなんなのかわからねーんだ。馴染むまで試すに決まってる」
次の瞬間、彼の姿は消えた。
大公カールは大きく息を吐いて、首を横に振るのだった――




