【炎熾の】ガラルホルン家第三公女フランヴェルジュ【女王】プラス第五公女デューテ
ガラル公国は大陸の東方に領土を持つ。
旧帝国時代――つまりは『公国』となる以前よりも東方はガラルホルン家が所有する領地だ。
大陸の東沿岸部を押さえるガラルホルンは、豊富な海洋資源と多くの港を持ち、繁栄している。今では大陸で一番のお金持ち、とまで言われていた。
現在のガラル大公オフトフェウスは政治、特に外交の達人と呼ばれており、帝国の内外から常に注目を浴びる美中年。
だが今は――
「ふう……」
ため息をついた彼は、疲れきった顔をしており、実年齢よりも少しだけ老けて見えた。
「まったく、ウルスラはなにをしているのだ」
シントを手に入れる、と言ってフォールンへと発った次女は、まったく音沙汰なし。
フォールンに状況を知らせるよう便りを送ったが、返事はない。ウルスラが握りつぶしているのは間違いなかった。
密かに手を回している別ルートからの情報も、たいしたものはなく、事情を把握できていないのだ。
「まさか、とは思うが」
神器たる【神格】神剣インドラの所有者ウルスラは、ガラル公国内でも最強の一角だと言われている超人だ。
父のひいき目なしでも、やられるとは思えない。
と、なると、姪の息子シントによって、長女アイシアのように篭絡されているのでは、と勘繰ってしまう。
「……いや、ウルスラに限ってそのようなことは――!?」
突然の轟音。そしてわめき声。
椅子から立ち上がったオフトフェウス大公は、第一秘書を呼ぶ。
「ホテップ! ホテーップ!」
すぐにドアがノックされて、太った中年の男が入ってきた。
「大公様、なにかご用でしょうか」
「い、今の音はなんだ!」
「フランヴェルジュ様とデューテ様がお戻りに。さっそく姉妹で遊んでおられるのでしょう」
「んなわけあるか!」
【神格】を持つ娘二人が遊ぶなど、巨大兵器が弾を撃ちあうようなもの。
オフトフェウスはすぐに下の玄関へ降りた。
「いい加減にしなさいよ、デューテ。死にたいの?」
「やだー! アイシア姉さまに会うのはわたしが先なの!」
赤みがかった金髪の美少女、ガラルホルンの第三公女フランヴェルジュ。
そしてはちみつ色の綺麗な髪を結んだ、第五公女デューテ。
二人が両手をがっしりと握り合い、力比べをしているように見える。
彼女たちの周りは、破壊された玄関の一部が散らばっていた。
「これ! やめんか! なにを争っている!」
制止してみるも、効果はない。
「まずは任務の報告であろう。いったん落ち着くのだ」
「……」
「……」
二人はかなーり渋々な顔で手を離した。
「賊は秒で始末したわ。ヴァルハリアンよ。はいこれ」
三女から渡されたのは、なにかの書類だ。
ヴァルハリアン、とはかつてガラル公国と争った北の軍事国家ヴァルハラの残党である。
「港の爆破計画ね。全部潰しておいたから」
「う、うむ」
頼もしいが、恐ろしい。
「デューテ、おまえの方は?」
「わたしあんまり出番なかったの。おじいちゃんたちが張り切ってたしー」
彼女の任務は、辺境に現れたモンスター群の退治であった
おじいちゃんたち、というのはガラル公国の将軍たちだ。
15歳になり、初陣として発つ五女についていかせた。
「あ、でも首とったよ。ものすごく大きかったヤツ。あとで父様にも見せてあげるね」
「いや、私はおまえを信じている。その必要はない」
化け物の首など見たくはないし、あとで捨てさせようと思った。
「それで、なにを揉めていたのだ?」
「別に。アイシアお姉様に会おうとしたら、いきなりかかってきただけ」
「先に会うのはわたしなの」
意味がわからん、とオフトフェウス公は頭痛がする思いだ。
「二人で会えばよかろう。部屋にいるはずだ」
「だってー、わたしが先じゃないとサンドバッグにできないもん」
「ぶっ!?」
なぜ実の姉をサンドバッグにしたいのか。
「ねえ、お父さま、お姉さまって、負けたのよね」
「……なぜ知っている」
「みんな噂しているわよ」
大公は家の者に黙っているよう申し付けていたが、人の口に戸は立てられぬもの。
「私も行くゆえ、ついてくるといい」
アイシアはシントに敗北して帰還した。それからしばらくは泣いてばかりいたが、最近は少し回復していたのだ。
ただし、部屋からほとんど出ようとせず、帝国で広く普及する盤上競技『剣棋』を一人でしている。
広い宮殿の、大公一家が住む区画まで娘たちとともに歩く。
家人たちがうやうやしく礼をする中、ようやくたどり着いた部屋のドアには、張り紙がしてあった。
【入ったらみーちゃんで斬るから】
と書いてある。
「みーちゃんとは……なんだ」
「たぶん『水姫』のことでしょ」
水でできた神剣・水姫。頭文字が『み』なので『みーちゃん』。
オフトフェウス大公はまたしても頭痛がする思いだ。
「出直したほうがよいな」
「いやよ。わたしが斬られるわけないでしょ」
「わたしも行くー」
「ちょっ!?」
ドアには鍵がかかっていなかった。
乱暴に開けた三女と五女。大公はその後ろにつく。
アイシアはそこにいた。
盤をじーっと見つめ、入って来た三人には気がついていない。
「……」
鬼気迫る、といった様子で集中している。
父はやはり出直そうと考えたが、そうはならなかった。
「お姉さま」
「……」
「ったく、重症よね。情けないったら」
返事がないことに、フランヴェルジュはため息をつくしかない。
怪しい微笑みを絶やさず、考えている事を容易につかませない長女のいつもの姿はなかった。
「しょうがないわ。お父さま、耳をふさいで。」
「なに?」
大公は疑問に思いながらも耳をふさいだ。
フランヴェルジュは両腕を広げ――目に見えない速さで手を叩く。
鉄を叩くような音と衝撃波。
盤上の駒が吹き飛んだことで、ようやくアイシアは三人を見た。
「なにするの~」
「無視するからよ」
三女は姉の襟首を掴む。
「シントのこと、聞かせて?」
「わたしも聞きたいなー」
五女デューテもまた姉と同じように、長女の逆襟を掴んだ。
アイシアは動けない。それこそ固定されてしまったみたいに。
妹たちの力が強すぎるのだ。
「は、離して~!」
「二人とも、乱暴はやめんか」
「ダメよ、話を聞かせて」
アイシアはちらりと脇に置いてある【神格】神剣・水姫を見た。
このままでは【神格】同士の戦いになるかもしれん、と大公は緊張する。
「……シントとの思い出はわたしだけのものよ~ 会いに行けば~?」
「どうしても言わない気?」
フランヴェルジュの殺気がふくれ上がる。
ますます緊張が高まっていくが、そこで部屋がノックされた。
やってきたのは、第一秘書ホテップ。
一枚の手紙を携えている。
「大公さま、フォールンのサントハイム伯爵から便りが届いております」
「うむ、こちらへ」
サントハイム伯爵は、ガラルホルン家の傍流であり、フォールンでの活動を任せている男だった。
封を開けて中身を読んだオフトフェウスは、動きが止まる。
「ウルスラが……?」
次女の名を口にすると、娘たちの表情が変わった。
「お父さま、どうしたの?」
「え、もしかしてウルスラ姉さま、死んじゃった?」
「滅多なことを言うものではない。死んでなどいないぞ」
手紙には『ウルスラが元気をなくし、しゃべらなくなった。本家にお帰り願った方がよろしいか?』という旨の内容が書かれている。
大公は考えた。
シントを捕まえに行ったウルスラがそのような状態になるなど、とてつもないことがあったに違いない。
誰かに行かせてもいいが、それではまた本家で気を揉む毎日が来るだけかもしれなかった。
「シントめ、まさかウルスラを……」
彼はさらに考える。
アイシアに続いてウルスラまでも使い物にならなくなったのでは、もはや出し惜しみしている時ではない。
なにがあったのかは知らないが、備えは必要だろう。
いまのところ、フォールンからの情報はこの手紙だけだ。自分で確かめる必要がある。
「ではわたくしめは戻りますゆえ」
「ホテーップ! ストーップ!」
大公の美声が秘書を止めた。
「魔導馬車を用意せよ」
「は。ただちに」
「お父さま、まさか一人で行く気じゃないでしょうね」
「無論、おまえたちにも来てもらう」
「やったー! フォールンでサンドバッグ探しだー!」
こうしてガラルホルン家の三人はフォールンへと旅立つ、と思いきや――
「魔導馬車は三人分よ。お父さまと乗ったんじゃ、加齢臭が移るわ」
「なっ……」
愕然とする大公。
三女フランヴェルジュはさっさとどこかに行ってしまう。
「え……私は……匂う、のか?」
「うん!」
元気な返事とともに、五女デューテも行ってしまった。
(くっ……どうしてこうなった。育て方を間違えたというのか!?)
若かりし頃は美男として過ごし、今現在もダンディで通っているというのに、娘にかかればこれである。
「……お父さま」
背後から急に声をかけられ、オフトフェウスはびくりとする。
アイシアが盤を見つめながら、か細い声で話しかけてきたのだった。
「アイシア、どうしたのだ」
「やめたほうがいいと思うわ。これ以上、ガラルホルン家の権威を失いたくなければ」
「……なにを言っておる」
「歩兵だと思ったら……騎士でも将でもなく……竜が出るわよ」
ぱちん、と盤に駒を置く。
「……」
長女が言う意味を理解できなかった父は、なにも言葉が出なかった。
新たな人物たちの登場がシントを困難な状況に追い込むか、あるいは――
お読みいただきまして、ありがとうございます!
作品を【おもしろかった】、【続きが読みたい】と感じてくださった方はブックマーク登録や↓を『★★★★★』に評価して下さると励みになります~
よろしくお願いいたします!




