ファミリアバース 6 初の仕事はモンスター退治に行く
「そうだ、免許を取りに行こう」
推薦状もあるし、フレデリカさんにお礼も言いたい。
というわけで向かいの集会所に入る。
彼女はまだそこにいた。
「あ! よかった~ 戻ったのね」
「はい。先ほどはありがとうございました」
「いいのよ。それよりも……」
手招きされている。近づくと耳打ちしてきた。
(ねえ、さっきの所長のアレって、君の仕業?)
(まあ、はい)
(ありがとう、助かったわ)
彼女は嬉しそうに微笑んでいる。人助けができてよかった。
「推薦状をいただいてきたので、免許の発行をお願いできますか?」
「ええ、もちろんよ」
免許の発行はすぐだ。名前と出身地、そして等級が記されたプレートを受け取る。魔法によって記された文字は消えないから、これが俺の新しい身分証明書代わりにもなる。
プレートには他にも様々な魔法が込められており、これがなければ冒険者は仕事にならないのだという。
【シント・アーナズ】【ラグナ公国公都モナーク出身】【ブロンズ級シングル】
そう書かれたプレートを見ていると、嬉しさがこみ上げてくる。まだたいしたことはしていないけど、何者かになれたような、そんな気がした。
「魔法がかけられているから偽造も複製もできないのよ」
そうか。大切にしよう。
プレートをしまい、フレデリカさんに話しかける。
「キルヒェンバッハ嬢」
「えーと、名前でいいわよ。その呼び方、なんか変な気分になるし」
「ではフレデリカさん」
彼女に聞きたいのは帝都か、大都市であるフォールンへの行き方だ。
聞くとフレデリカさんが教えてくれた。
「ここからならフォールンの方が近いかなー。二週間くらいあれば行けるわ」
「へ?」
さすがに遠すぎないか? 10日以上かかるってことだよな。
「ちなみにいくらくらいかかるでしょうか」
「高速馬車を乗り継いで……宿泊費もかかるし……30万アーサルくらい?」
うーわ。手持ちのほとんどだ。日々の生活費を考えると足りてない。
しまった。そんなに遠いなんて。
青ざめていると、フレデリカさんが少し笑った。
「あなたってほんとうに面白い男の子ね。ここアールブルクは帝国領とラグナ公国の境に位置する町よ。知らなかったの?」
なるほど。
眠らされていた間、あの人さらい連中にかなり遠くまで運ばれてしまったようだ。
というか俺は何日間寝ていたんだろうか。いまさらだけど気になる。
「お金が欲しいならお仕事をしてみてはどう? あなたは冒険者になったのだし」
彼女の言うことはもっともだ。
最初の目的は『仕事を見つける』ことだし、ブレていない。
依頼は集会所内の大きな掲示板に張られている。
すぐに確認しよう。
板の前に立って見る。たくさんの依頼があった。
ペット探しから獣肉の調達、家の壁の修理などなど、多岐に渡っている。まるで何でも屋だ。
そして見逃せない一枚の張り紙に目が止まる。
「モンスター確認、又は退治の依頼? ここら辺はモンスターが出るのか」
悪党のアジトにいた巨大な獅子の怪物を思い出す。あんなのがうろついていたんじゃ、安心できないな。
[確認]なら3万アーサル。[討伐]の報酬は50万アーサルと、すごい額だ。
とりあえず内容を聞こうと思い、手を伸ばす。そこで誰かの手と重なった。
「あ」
「ん?」
フードをかぶった女性。腰に剣を下げている。
「なに?」
にらまれてしまった。
「いえ、この依頼の内容を聞こうと」
「ふーん」
冒険者なのだろうか。色白で目が大きい。フードからこぼれ出る髪の色は薄い金髪か、銀髪かな。どちらにせよ美しい。
彼女が紙を剥がしてカウンターへ行ってしまう。追いかけるとまたにらまれてしまった。
「あら、ガルダさん。戻って来たのね」
「……うん」
フレデリカさんが笑顔で応対する。
この女性は『ガルダ』というのか。
「これ」
「ああ、その依頼ね。それは……いくらあなたがゴールド級でも一人じゃたいへんよ」
「やる」
フレデリカさんが困っている。
ちょうどいい。
「でしたら俺が一緒に」
「は? なに?」
またキツくにらまれた。嫌われたのだろうか。
一方で、フレデリカさんはおおいに賛成のようだった。
「それがいいわ。ガルダさん、このシント君は今日免許を取ったばかりなの。助手ってことで、色々教えてあげて? その分の報酬は上乗せしますから」
「むり。足手まとい」
ひどい。
「足手まといにはならないよ。こう見えて逃げ足には自信があるし」
そうそう、いとこたちや親戚の子たちから逃げてたら、自然と足が速くなったんだよな。
「……」
「わたしからのお願い」
ガルダさんはフレデリカさんに見つめられ、困惑している。
少しの間が空いて、彼女は渋々うなずいた。
初めての仕事だ。ちゃんと達成できるよう、頑張ろう。
★★★★★★
まずは確認だ。
今回受けた依頼――冒険者となった俺にとっての初仕事はアールブルク近くに現れたモンスターの確認、もしくは討伐。
前情報によれば、複数人の目撃情報があり、存在はほぼ確定。
「モンスターが何体いるのか、種はなんなのかを調査する、か」
「足を引っ張らないで」
隣を歩く今回の相棒、ガルダさんが目も合わせずに言う。
「それに、確認じゃない」
「討伐したいってこと?」
彼女はうなずいた。
今、俺たちは目撃情報が多発している地域に向かっている。
地図だと何もない森の中で、割と広い範囲だ。
幸いにしてまだ犠牲者は出ていない。しかし、徐々に目撃情報が町へ近づいていることを考えると、いずれは惨劇になる。
「朝食は?」
「食べてきたから大丈夫だよ」
出発したのは昼前。
依頼の内容が内容だけに、昨日は解散して次の日からとなった。
初めて『宿屋』というところに宿泊したのだけれど、とても刺激的だったな。
ベッドが柔らかかったし、お風呂にも入れた。また泊まろう。
「……」
彼女がじっと見てくる。
なにか言いたいことがありそうだ。
「なにか?」
「荷物、ない。舐めてる?」
ああ、そういうことか。
リュックを背負う彼女と比べ、俺が持っているのは買った弁当だけ。
荷物は全部≪次元ノ断裂≫でしまってあるし、水に関しては魔法で作ればいい。不味いけど。
「魔法でしまってあるから、持ってないわけじゃないよ」
「……」
あまり信じてもらえてないな。
それからガルダさんはほとんど喋らなくなった。
無言のまま二時間ほど進むと、目的の場所につく。
「これは足跡?」
すぐにわかった。
普通の動物では考えられないような足跡が見える。しかも複数だ。
「毛」
「け?」
彼女は彼女で、草に付着した長い獣毛を発見していた。
「こっちにも足跡だ。やっぱりいる。しかも隠れてなんていない」
堂々と歩き回っているってことか。
しかしまだどんなモンスターかはわからない。
「奥に行く」
ガルダさんは少しも恐れることなく、森の奥に進んで行く。
この先は情報がない。危険だ。
行くしかないか。
放ってはおけない。
しかし――
「急に痕跡がなくなった」
「そうね」
見落としがあったのか、方向が違うのか。
違和感があるけど、その正体はわからなかった。
結局、探し回って夜になる。ここで俺たちはキャンプをすることにした。
ガルダさんは簡易式のテントを張っていて忙しそうだ。
そして俺は弁当を食べるのに忙しい。
「君、テントは?」
「俺はどこでも寝られるし、なんならたき火の番をしているよ」
「そう……」
口数の少ない彼女は、たき火の前に座って食事を始めた。
ずっと気まずい感じだ。なにか話そう。
「どんなモンスターなんだろうか」
「わからない」
だよね。
「けど、たぶん、ダイアドッグかも」
「ダイアドッグ?」
図鑑で見た覚えがある。体格は熊並み。集団で人を狩るという化け物だ。
「毛の色。あと足の形」
「見たことが?」
彼女は小さくうなずいた。
経験豊富だ。頼りになりそう。
「俺は『黒の獅子』しか見たことないよ」
「……え?」
食いついてきた。これで少しは会話ができそうだ。
「それ、ほんと?」
「うん」
「……嘘」
いや、本当だ。
ガルダさんは目をいっぱいに開いて、こちらを見てくる。
「そんなのと出会ったら、死ぬ」
「運よく死ななかったよ。なんとか倒せたし」
「は?」
ずいぶんと驚いている。信じてもらえてないな、これ。
「その後、エルフの女の子たちが捕まってるのを見て――」
言った瞬間、たき火の炎が一瞬だけ大きく揺らめく。
殺気。そして光の反射。
繰り出された剣の一撃。反射的に身をよじり、かわす。
「ガルダさん?」
炎に照らされる彼女の形相は、激しい怒りに彩られていたのだった。