シント・アーナズ【アウェイク】・9 一魔当千
静寂が訪れる。
時刻は夕方。朱に染まった空の下、ユリス・ラグナ率いる魔法部隊は、言葉もなく呆気にとられていた。
なにが起きたのか、理解するまで時間がかかるだろう。
魔法≪空間ノ移動≫は成功した。
本来であれば自分自身は移動できないし、相手に触れていなければ術は発動しない。
だが、それはもう過去の話。
空気を介して触れている、と解釈を拡大することで、瞬間移動させることができた。
「な、なんだ……ここは」
「公子殿下、いったいなにが……」
混乱しているようだ。
今が好機だろう。
「≪天之招雷≫」
発動した魔法が大きな雷球を生み出し、俺にまとわりついていたモンスターどもを一掃する。
叫びも上げられず怪物たちは灰と化して、吹いた風により舞い上がった。
しかし、ラグナ家の者たちはそれにも気づかず、呆けたままだ。
「ばかな……幻か? 我らは街にいたはずだ」
ユリスの問いにいちいち答える必要はない。
「ディジアさん、やりましたよ」
「ええ、しっかりと見ていましたよ。えらいです」
ふふふ、褒められた。嬉しい。
「しかし、ここからが本番です」
「はい、わかっています」
街から移動させたのは、前提にすぎない。
実際に戦うのは、これからだ。
「シント、わたくしは本の姿に戻ります」
言っているそばから、ディジアさんは古書に戻った。
自由に姿を変えられるのか。ほんとうに不思議な人だと思う。
彼女はぱたぱたと飛んで、俺のふところに入った。
なるほど、これでディジアさんを守りながら戦える。
「すぐに終わります。少しだけ待っていて、ディジアさん」
(ええ、待っていますよ)
よし、あとは――
「無価値のカスがぁぁぁぁぁぁ! 私になにをした! ここはどこだ!」
「鉱山」
一言で答える。
ここはアクトー子爵、そしてバックについていたユリスが経営していた鉱山だ。絶望の暴君に破壊されたここは、今は何もない。残骸と石くれが置いてあるだけ。
「……鉱山? なぜ……」
「ユリス、なぜ街中であんなことを。モンスターまで連れてくるなんて」
「だ、黙れ! 逆賊め!」
「答えろ」
ユリスは一歩下がった。
しかし、すぐに命令を下す。
「一斉射だ! ここがどこでも同じ! ヤツを撃て!」
混乱の極致にあった魔法兵たちは、さすがというべきか、命令で我を取り戻し、魔法を撃ってくる。
「さっきまでのようにはいかない。もうここは――街じゃないんだ!」
好きにさせてたまるものか。
今度はこっちのターンだ。
胸の前で手を合わせ、指先を向ける。
魔法、発動。
「≪烈風之禍≫」
生み出すのは風。
轟、と音を出して吹く烈風が、巨大な竜巻を作る。
「ばかな! なんだこの規模は!」
「竜巻……だと!? うおおおおおおおおお!」
魔法士たちが撃った術は竜巻に呑み込まれて消えた。
そして、≪烈風之禍≫が彼らを巻き上げて、吹き飛ばす。
隙は与えない。まだまだやる。
「≪飛衝≫」
空へと上がり、残る魔法士の軍勢を見下ろした。
彼らは動きを止めて、下から俺を見つめている。
「空を……飛んでいる?」
「なん……そんな馬鹿な」
「愚か者! 惑わされるな! あんなものはペテン! 人が空を飛ぶなどあるはずがなかろう! あれは……そう! 糸だ! 糸で吊っているはず!」
糸で吊る? その発想の方がおかしくないか。
「しかし殿下! シント公子は……」
「公子! 公子だと! ふざけるな! あやつはただのカスだ! 公子でも! 我がラグナ家の者でもない!」
わめくユリスは、炎の魔法を部下に撃った。
そばにいた魔法士が炎上する。
なんてバカなことをするんだ。
「うわあああああ! 公子様っ! なにをするのです!」
「私に殺されたくなければ、ヤツを撃て! 殺せ!」
惨状を目の当たりにした魔法兵は、空にいる俺へ攻撃を開始した。
もう遅い。
「≪魔衝撃≫! ≪発破≫!」
魔力弾と魔力の炸裂が、魔法兵を次々と吹き飛ばす。
空いた場所にすぐさま降り立ち、次なる攻撃を開始。
「≪魔衝拳≫!」
≪衝波≫と≪硬障壁≫、そして≪魔障壁≫を合わせたオリジナル魔法を使う。
鉄よりも硬く、鋼よりも強い力をまとった拳が、魔法士たちに威力を発揮した。
魔法に弱点があるとすれば、それは至近の距離。
懐に入られた彼らは、あまりにも脆い。
「ぐあっ!」
「そ、そんな! 拳に魔法!?」
どうせ俺以外は全て敵だ。
どこに拳を振るっても問題はない。
≪魔衝拳≫をくらった魔法兵が血を吐いて倒れる。
勇敢にも飛びかかってきた男は、裏拳で弾き飛ばした。
「殴られて……人が吹き飛ぶだなんて……どうなっているんだ!?」
「なんなんだよおおおおお! なんでこんな目にいいいい!」
なぜこんな目に、だと?
報いに決まっている。
街中で魔法を放ち、家を破壊するなんて。
それに、人に当たったらどうするつもりだったんだ。
みんなが感じた怖さを、その何分の一でもいいから味わってみろ。
「距離を! 距離をとれ!」
「我らはラグナの魔法部隊だぞ! たった、たった一人に――」
「≪魔弾≫」
部隊長らしき男を狙い撃つ。
≪魔弾≫は寸分たがわず、襟に勲章のついた男を鉱山の奥へとブッ飛ばした。
もはや彼らは木偶と変わらない。
ど真ん中に入られたせいで、味方が邪魔して魔法が撃てないのだ。
いまさら距離をとろうとしても無駄。
障壁を展開する間も与えるつもりはない。
「≪衝波≫」
衝撃波。
「≪地之雷≫」
地を這う雷。
「≪水之砲≫」
硬い水の塊。
魔法が乱れ飛び、くらった魔法兵たちは昏倒。
「ダメだ! こいつ……化け物!」
「逃げろ! こ、殺される!」
仲間たちが次々と倒れるのを見て、彼らは恐慌をきたした。
しかし、誰一人として逃がすつもりはない。
「≪魔弾≫」
逃げ惑う男たちに魔力弾をお見舞いする。
彼らはもう防御する気もないようだ。
男たちは魔力弾を受けて回転しながら宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「ひいいいいいいいい!」
「つ、強すぎる!?」
「≪魔衝撃≫」
まとめて数人を黙らせた。
この時点で立っている者はほとんどいない。
意識のある者はみなその場に座り込み、震えている。
反撃をしようとする者はいなかった。
いや、訂正しよう。一人だけ、いる。
「≪ファイアボール≫!」
真横から飛んでくる≪ファイアボール≫を、≪魔衝拳≫で打ち払う。
ユリス・ラグナ。
不意打ちしたかったのだろうが、警戒はしていた。通じないぞ。
「もう終わりだ。ユリス従兄さん」
「終わりなどではない! 貴様のようなペテン師に!」
ペテンってなんのことだ。
「私自らの手で引導を渡してくれるわ!」
「御託はいい。さっさと来い」
「くっ……このカスめが!」
お互いの魔力がふくれ上がる。
ラグナ家現当主の長男。【炎の貴公子】ユリス・ラグナ。
人々を苦しめる悪人であり、俺の従兄。
もう遠慮はいらないだろう――