シント・アーナズ【アウェイク】・8 覚醒の時
ガラルホルン家の第二公女ウルスラと戦い、退けた俺とディジアさんは何事もなく上まで行き、ウルスラたちが破壊したらしい穴を抜けて、ようやく地上階に戻って来た。
「フィップス教授」
「ああ! 戻ってこられたのですか!」
新区域との境にある部屋で、調査団の人たちが縛り付けられていた。
すぐに開放する。
「いつつ……アーナズさん、ご無事でしたか」
「教授こそ、お怪我は?」
「ありませんぞ。ですが公女殿下は……」
「ああ、ウルスラなら話はつけましたので」
「……話をつけた?」
首をかしげる教授と調査団の人たち。
「もうここには来ないと思います。ラグナ家の人も」
「そうでしたか。なんだかよくわかりませんが、これで調査を続けられると」
「ええ、そうです」
歓喜にわく調査団の面々。
学術調査は後の世に役立つ。それを邪魔させはしない。
「今日は一度お戻りになられた方がいいと思いますけど」
「そうですなあ、少し疲れましたわい」
そこでフィップス教授がディジアさんに気づいた。
「おや? そちらのお嬢さんは」
「ディジアさんといって、俺の……家族です」
ニッコリと微笑みかけてみる。
「なるほど、助手の方を呼んでいたとは」
「ええ、そうなんです。助手なんですよ」
「なんとまあ、小さくて可愛らしい助手の方もいたものだ」
教授は笑ってくれた。
なんとか通用したか。
とはいえ、説明を求められたとしても、俺も彼女自身もなんだかよくわかっていないのだから、これ以上は何も言えないだろう。
そうして遺跡から出た俺たちだったが――
「あ、アーナズさん、これは……」
先頭を行く教授が立ち止まる。
外を見て、驚いた。
遺跡の入り口前にいたのは、軍隊だ。その数は百や二百じゃない。
彼らの腕に縫い付けられた紋章がよく見える。
炎と狼。
ラグナの家紋だ。
「やはり貴様か、無価値のカスめ」
見事な赤い髪をした貴公子が最前列に佇む。
ラグナ家現当主の長男ユリス。【炎の貴公子】と呼ばれる俺の従兄だった。
「ユリス従兄さん、なぜここに?」
「余計な口を開くな。フリットはどうした」
口を開くな、と言っておきながら質問してきた。
ほんとうに面倒極まりないが、いちおう答えておく。
「倒したよ。あとで出てくるんじゃない?」
「ふざけるな! やはり貴様……フリットと通じていたな!」
なにを言っているのか、わからないんだけど。
「通じていたって、なに?」
「黙れ黙れ! おまえなどに……邪魔されてたまるものかっ!」
ユリスは目を血走らせて、激しい殺意をぶつけてくる。
手を挙げて、号令を下した。
「者ども! こやつは公国に仇なす逆賊だ! 撃て! 撃てえええええ!」
なに?
ちょっと待った。なにをしているんだ。
おそらく千人はいるだろうラグナの魔法士たちが、一斉に魔法を放つ。
なんということを。ここは街中だぞ。一般の人だってたくさんいるのに。
「くっ! みなさんは中に避難して! 早く!」
調査団の人たちが見えないのか!?
彼らだけじゃない。遠巻きに眺めていたであろう、遺跡前に集まっていた人々が悲鳴を上げて逃げる。
「≪全方位障壁≫!」
千はくだらない数の魔法による集中砲火に対し、障壁を展開。
しかし、乱れ飛ぶ魔法が建造物を破壊する。
ユリス・ラグナ。
なにを考えているんだ。
「モンスターどもをけしかけろ!」
鳴り響く笛の音。
以前、マールの農園で見たものだ。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。街の中にモンスターを引き入れたのか。
ありえない。まともじゃ……ない!
止まない集中砲火をかいくぐるようにして、犬型の大きなモンスターが襲いかかってくる。
奴らの牙は障壁が止めた。
障壁は問題ない。いつまでだって止められる。
だがまずはみんなを逃がさないと。
街の人々を巻き込むわけにはいかない。
「シント」
ディジアさんがすぐ後ろにいた。
なんで避難してないんだ!?
「ディジアさん、出てきてはだめですよ! 戻って!」
「いいえ」
そう言って彼女は、俺の背後から抱き着いてくる。
「なにを……」
(彼らはあなたを殺そうとしています。なんとかしないと)
ディジアさんの言葉が直接頭の中に伝わってくる。
いったい、いったいなにが起こっているんだ。
(わたくしはあなたから離れません。だから、これはあなたが終わらせるのです)
俺はいいけど街の人や調査団の方々が危ない。ディジアさんだって。
(≪空間ノ移動≫を使うのです)
「≪空間ノ移動≫? それは無理です。触れていないと発動できないんですから」
物体を別の場所へ送る≪空間ノ移動≫は、対象に触っていないと発動できない。ずっと一緒にいたディジアさんならわかっているはず。
(本気を出しなさい、シント)
力強い言葉が頭の中に響く。
俺はいつだって本気だった。いまさらなにを。
(あなたはまだ……自分の力をわかっていない)
俺の力?
(魔法の可能性は無限大ですよ? 意識を広げるのです。どこまでも)
ディジアさんがなにを言おうとしているのかは、わからない。
俺を導こうとしているのだろうか。
考えなければ。
確かにこうしていたって、状況が良くなるわけじゃない。
モンスターの牙がいつ人々に向くかもわからない。
魔法の斉射もやむ気配はなく、建物を巻き添えにしている。
やめさせないと。
「≪空間ノ移動≫は触れなければ発動できない。いま、俺が触れているもの……」
ディジアさん、着ている服、俺自身の魔力、あとは空気…………空気?
「呼吸……空気」
人間は空気を吸って生きている。
空気に触れているのは、俺だけじゃない。彼らもだ。
空気を介して触れていると解釈したら。
ディジアさんが俺の腰へ回した腕に、ぎゅっと力を込めた。
その瞬間、体の中心を雷にも似た衝撃が突き抜ける。
そうだ。
やれる。
術式を構築するとともに、空気に触れるというイメージを。
イメージをどこまでも広げていき、ユリス・ラグナを、魔法士たちを、迫るモンスターたちを、空気を介して、触れていく。
「ん? もう一人いるな」
少し離れた場所で、こちらを見ている者がいることに気づいた。
なぜ彼がここに?
まあいいさ。ついでに移動させよう。
練り上げた魔力は十分。
核心と、そして確信を掴んだ。
「ディジアさん、いきます」
「はい」
行き先はあそこだ。
「≪空間ノ移動≫!!」
次の瞬間、俺たちは遺跡前の広場から消える――




