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シント・アーナズ【アウェイク】・5 ゆずれないもの

 ウルスラは【神格】神剣インドラを抜き放ち、切っ先を向けてくる。

 雷が起こり、光をもたらした。


「さあ、ともに来るのだ。しかしその幼女は置いていけ。邪魔だからな」

 

 俺じゃなく、ディジアさんに向けて言う。

 彼女といい、アイシアといい、むちゃくちゃだ。

 昔からそうだよね。

 わがままし放題のやりたい放題。ほんとうに変わらない。

 自分以外のことなんて、なんとも思っていないんだ。


「ディジアさん、すみません。戦うことになりそうです」

「シント、わたくしに気を遣うことはないのですよ?」


 見つめ合う。

 ディジアさんの瞳は漆黒で、吸い込まれそうだ。


「シント! なにをしている! ええい! シントから離れろ! 妖しげな女狐!」


 女狐とはあんまりだろう。俺の大恩人に向かってなんてことを言うんだ。


「どうしても通さないつもり?」

「通さない。帰る時はおまえが私のしもべとなった時だけだ」


 またそれか。

 じゃあやるしかない。


 ウルスラから巨大な力が溢れた。

 【神格】神剣インドラは、最強クラスの【神格】だと言われている。

 ディジアさんもいることだし、慎重にやらないといけない。


 だが、俺たちの間に割り込んでくる人間が現れた。

 広間の隅から出てきたのは、ラグナ家の人々。フリット・アルラグナル卿だ。

 隠れて様子を見ていたか。


「お待ちを、公女殿下」

「貴様、おめおめとよく顔を出せたものだ。今すぐ死にたいらしいな」


 アルラグナル卿は動じない。


「先にしかけてきたのはあなた方だ。こちらは応戦したまで」

「言うではないか」


 彼は眼鏡をくいっと上げて、話を続けた。


「シント公子の身柄はこちらへ。代わりに【神格】はもとより、ここで発見された物の競売からは手を引かせていただく」

「なに?」

「互いにとってそれが良いと思いますが」


 ウルスラは考え込む仕草だ。

 あるかどうかもわからない代物の競売から手を引くことなんて、取引の材料にはならないだろう。


 というか、俺は物か?

 勝手なことばかり言うのはやめてほしいのだけれど。

 貴族ってのはもうマジでキッツいな。


「それはユリス公子の指示か?」

「いいえ、私の独断です」


 ほう、とウルスラが感嘆した。

 フリット・アルラグナル卿のことを、只者ではない、と思ったんだろう。


 彼女がアルラグナル卿をにらむ。

 それだけで神剣インドラから力が発し、ラグナ家の魔法士たちが尻もちをついた。

 立っているのはフリット・アルラグナル卿だけだ。


「ふむ、この程度では膝をつかないか」

「ご返答や如何に」

「いいだろう。しかし、シントが貴様についていくとも思えないな」


 それはウルスラの言う通りだ。ついていくつもりはない。

 そして、彼女は引いたように見えて、隙をついてくるだろう。

 間違いなく、アルラグナル卿を殺す気だ。


 ガラルホルン家の騎士たちは下がった。

 俺はアルラグナル卿と向き合う。


「シント公子」

「俺はシント・アーナズです。もう公子ではありません」

「ですが、あなたの体に流れる血はラグナだ」

「だとしても俺はラグナじゃない。血統は『(えん)』だ。そして俺とラグナの『縁』はもう切れている」


 アルラグナル卿はため息をついた。


「ではシント君と呼んでも?」

「ええ、そうしてください。それで、俺の身柄をどうすると?」

「シント君、単刀直入に言おう。フォールンから出て行ってほしい」


 意外だった。

 てっきり、ユリスの元に来いとでも言われるとばかり。


「それはなぜ?」

「私はね、ラグナ家の方々が血で血を洗うような、骨肉の争いを見たくないのだよ。ラグナはユリス様が継ぐ。家督継承の問題でラグナ本家が揺らぐことなど、あってはならない」


 こういうのを、忠義心、と言うのだろうか。

 アルラグナル卿からは嘘の匂いがしない。


「ラグナ家は常に帝国の最強であるべきだ。公国の民を安んじ、帝国を侵略する者どもを退ける。そのために私は屋台骨を支える。これまでそうしてきた。これからもだ」

「そのために俺は邪魔だというのですね」

「ああ、その通り。君がフォールンを出る選択をするのなら、私が責任をもってどこか遠くへ逃がそう」


 彼は本気でそうするつもりなんだろうと思う。

 

 なにを選択するかは決まっているんだ。

 後ろのディジアさんを見る。


「?」


 彼女はちょっと不思議そうな顔をした。


「アルラグナル卿、俺が出ていくことはない。誰に指図されることもない」

「……」


 彼は心底がっかりしたような、そんな顔をした。


「まだ君は子供だ。世界のことなどわからないだろう。均衡と秩序を守らなければ、みな生きてはいけないのだ」


 そうだな。

 

「ああ、それはわかっている。アルラグナル卿、あなたの言うことはまちがっていない」

「なに?」

「俺がしている話はそんなことじゃないよ。これは『譲れないもの』の話だ」

「譲れないもの……?」

「あなたはラグナのために働いている。ラグナが帝国最強の矛として機能するために、戦う。それがあなたの『譲れないもの』だ」

「そうだ。そのためなら私個人など、どうでもいい」

「でもそれは俺の『譲れないもの』とは違う。国のためにすることも、人のためにすることも、結局のところ、『譲れないもの』があるから、みんなそうするんだ」


 アルラグナル卿は目を見開いた。


「そうか……君は子供ではなく、男、だったか。とっくに独り立ちしているのだな」


 アルラグナル卿は腰に差した剣を抜いた。

 炎を象った威容は、神剣フランベルジュのレプリカだ。


「さきほどの言葉、撤回しよう。君を子供とは思わない」

「やるしかないということか」

「ああ、君と私の『譲れないもの』を賭けて、戦う。私が勝った時はフォールンを出て行ってもらう」


 アルラグナル卿の魔力が増大する。

 すぐにでも仕掛けてくるつもりだ。


「才能のないはずの君がどのような方法で魔法を用いているかは知らないが……最初から全力で行かせてもらう! ≪ファイアボール≫!!」


 炎魔法の基本である≪ファイアボール≫は通常、一つの火球しか生み出せない。

 しかし、アルラグナル卿から生み出されたものは、数が違った。

 

「九十九個。どうやってそんなに?」


 アルラグナル卿は答えない。

 九十九の火球が、俺めがけて殺到してくる。


「≪魔障壁(マジックシールド)≫」


 落ち着いて、障壁を展開。九十九の≪ファイアボール≫から身を守った。


「一つ一つの威力も高い。なぜだ」


 不思議なことが起こっている。

 一度の≪ファイアボール≫から生み出されるのは一つ。それが原則のはず。

 

「なにか秘密があるのか?」


 九十九の火球を防ぎながら、≪探視(サーチアイ)≫の魔法を使う。


「なるほど、仕掛けはソレか」


 魔力の流れがはっきりとわかる。

 アルラグナル卿は神剣フランベルジュのレプリカから、魔法を発動しているのが見えた。


 まさか、レプリカにそんな使い方があるなんて、思いもしない。

 少なくとも、俺が読んだ魔法関連の学術書にはなかった。


 アルラグナル卿のオリジナルなのか?

 だとしたら、すごい人だ。


「シント君、悪いがこれで終わりだ。≪ファイアボール≫!」


 またしても九十九の火球を生み出し、撃ってくる。

 俺の障壁に揺らぎはない。が、このまま続けられると面倒だな。


 障壁を≪魔障壁(マジックシールド)≫から≪自動障壁(オートシールド)≫に切り替える。


 九十九の火球一つ一つはたいした威力じゃないから、これで問題ない。

 さあ、反撃の時間だ。


「≪極之焔(オーヴァーフレイム)≫」


 作り出すのは、黒く巨大な火球。そして。


「≪千之花火(サウザンド)≫」


 俺の火球が千に分かれる。

 アルラグナル卿の目が眼鏡の奥で大きく開かれた。


「なん……だと!? 火球が……数えきれない!」


 ≪極之焔(オーヴァーフレイム)千花火(・サウザンド)≫と、彼の≪ファイアボール≫九十九個がぶつかり合う。

 数の差は歴然。アルラグナル卿の火球は全てのみ込まれ、消えた。


「う……うおおおおおおおおおおおおおおお! ≪ファイアシールド!≫ ≪ファイアシーーーーールド≫!!」


 黒く小さな千の火球がアルラグナル卿の炎障壁を削り取っていく。

 何度障壁を発動しても同じだ。


「ぐあああああああああ!?」


 やがて、障壁の展開が間に合わなくなった彼は火球をつぎつぎと喰らい、倒れる。

 すでに意識はない。

 燃え上がるアルラグナル卿に向けて、指を鳴らした。


 ≪極之焔(オーヴァーフレイム)≫、解除。

 これにて魔法戦は終了だ。

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