希望と絶望と、絶望と希望 37 発進!
「では部隊編成の件、おねがいします」
「うむ。そちらは任せよ」
「仲間を回収したら、一度ここへ戻りますので、王子のこともよろしくおねがいしますね」
「王子に関しては……まあアレだが、変わりものの子どもは慣れておるし、それもなんとかしようぞ」
ガランギールさんの苦労が偲ばれる。
軽い打ち合わせを終え、アルクルス王子をいったんガランギールさんに預けて、すぐさま例の社に行く。
巨大な龍の頭を模した戦艦はそこにまだ浮いており、なにごとかと竜人たちが集まっていた。
黒色で染められた外皮と、流線形のシルエット。ところどころに突起があって、心がくすぐられる。ていうかぶっちゃけカッコイイ。
「竜神じゃあ……これは間違いなく竜神の降臨……」
「なんて神々しい」
「いやでも顔だけって、なんか変じゃね」
「さっき中から人が出て来たような……」
などと、拝んでいる老人や、物見遊山で来たらしい若者など、いろんな人々が見上げていた。
彼らの間をすり抜けて、さっと中に入る。
「ただいま戻りました」
「帰ったか。まったく、一人で行くなと言っただろう」
「そうですよ。ハイマスター、僕はもう心配で心配で」
「すみません。ですが、ハイランドとは話をつけてきました」
「ほんとうか?」
みんな、信じられない、といった様子だ。
「あー! シント!」
「ヴィクトリア、ただいま」
「おかえりなんだぞ! それよりも、ここすごい!」
「すごい?」
ヴィクトリアはなんだか興奮している。
その後ろから遅れてやってきたマスクバロンが、説明を始めた。
「風呂にトイレ、台所もあるね。寝室などものすごい数だ。いやはや、豪華客船レベル、といったところだよ」
たしかにそれはすごい。
「それに、アテナ君の話では武装もあるそうだ」
操縦席のアテナに目を向ける。
彼女は、画面から目を離さずに答えた。
「マスター、この艦にはいくつかの武器が実装されていると報告します」
「とんでもないな」
「ただし、現時点では接続ができません。なにかしらの制限があると推察されます」
使えれば最高なのだが。
やはりそううまくはいかないということか。
「それで、ハイランドの方はどうなったのかね?」
「王都ハイパレスに行って、女王アルウェンと会いました。饗団との関係を断ち切ると約束を」
「さすがだね、シント少年」
「それと、援軍も」
援軍、と聞き男性陣がうなり声を上げた。
「おまえは……いつもありえないことをする」
「ハイマスター、いったいどんな交渉を?」
「女王アルウェンはかなりの知恵者かつ、傲慢で冷徹と聞いたが、援軍まで引き出すとはな。代償が大きかったのでは?」
援軍というものの、一人なんだけどね。
代償もたいしたものじゃない。身の上話をしただけ。
「噂に聞くような人ではありませんでしたよ。まあ、ちょっと変わってるとは思いますが」
「おまえにかかれば、どんな者も『ちょっと』になるだろう」
「ですね」
「たしかに」
なんだ? ガディスさんとクロードさんとマスクバロンが意気投合しているようにも見える。
なんか俺、寂しいのですが。
「援軍はいつ来るのかね」
「もういますよ。いまはガランギールさんのところで休んでます」
「……なるほど。とうぜん、精鋭なのだろう?」
「女王の話だと、彼女よりも強いそうです」
またしても男性陣からうなり声が。
「女王アルウェンは大陸でも最高クラスの魔法士という。それを超える逸材が援軍とは」
「驚きですね……きっとすさまじい強者なのでしょう」
「……シント、おまえから見てもそうなのか?」
「おそらく」
どんどんアルクルス王子のハードルが上がっていってる気がする。
「そのうち紹介します。それで、明日からの予定なのですが――アテナ、いけそう?」
「はい、武装は起動しませんが、航行は可能です」
「速さは?」
「性能を見るかぎり、最高速度は時速1000キロ。最大戦速が時速600キロ。非戦時における通常運用は時速400キロを推奨だと報告します」
ぶ、ぶっとんでる。蒸気機関車よりもはるかに速い。
「魔力はどれくらい続くのかな?」
「航続距離を尋ねているのかと、こちらから問います」
「そうそう。燃料がどのくらい持つか知りたい」
これも大事なことだ。時間制限があるなら、気をつけないといけない。
「非戦時における航行では航続距離に限界はありません」
「は? それマジ?」
「魔導集積駆動は空気中の魔力を吸収し、回転します。仮に一平方センチの魔力量が一アルゴと仮定された場合、それを吸収することで、2キロの移動が可能。効率は極めて優秀と判断します」
要は尽きないってことか。ほんとうにどうかしてる。なんなんだこの乗り物は。
「戦闘時における推定消費量はその100倍に達すると予想。ですが、さほど心配の必要はないと明言しておきます」
「すまん、なにを言っているのかわからん」
「僕もです」
「簡単に言うと、蒸気機関車の十倍以上速いってことですね」
絶句、という表現がふさわしい空気になった。
「わたし、蒸気機関車に乗ったことがないんだぞ」
ヴィクトリアのズレた発言に、全員ががくっとなった。
やや間を置いて咳ばらいをし、次の質問に移る。
「他に能力はある?」
「迷彩機能とシールド発生機能を確認しました」
おいおい。
「シールド機能はわたしの魔法と連動し、強化が可能」
連動だって?
だったら。
「俺の魔法と武装を連動できるんじゃないのか?」
「……! 失念していました。可能性はあります」
「どうすればいい?」
「コントロールキーに触れてください」
みんなが驚いているのを横目に、司令官スペースへ立ち、窓から見える風景を一望する。
嵌められたご神体に手を置き、念じた。
「動いている……?」
「揺れているな」
なんか掴めそうで、掴めない。
意思の疎通ができている気もするが、だめだ。
「イメージがうまくできない。いまは難しいかも」
「やはり武装との接続は特殊な条件を達成しなければならないと推察します」
「どんな武装かは?」
「不明です」
わかっていればイメージもしやすいが。
なにかこう、パーツが欠けているような、そんな気もするのだ。
「高望みしすぎかな」
とりあえず飛べる、迷彩、シールド、とそれだけでもすごすぎる。
「じゃあもう行くか」
「え!?」
「おい、シント」
「試験運転、ということかな?」
「ええ、使ってみないとなんとも言えませんし」
戦艦内に生活空間があるなら、飛びながら休める。
「アリステラの実家って、正確な場所がわからないんだよな。ここからどのくらいだろう」
そうだな、誰かに聞くか。
「マスクバロン、ミューズさんか誰かに聞いてもらえませんか?」
「いいだろう。少し待ちたまえ」
彼は俺の肩にとまり、通信を始めた。
「ミューズ君は知らないようだ……おや、アクエリナ君がなにか言っているな」
アクエリナさんが?
「シルフガルダ族は……フォールンの南西に住んでいるとのことだ」
「もう少し、詳しく」
「ふむふむ……いま一つ要領を得ないが……私の感想も交えるなら、ラグナ公国の南東で、帝国の南西地域だね。近くにガーソード山があるのだと思う」
マスクバロン通信機、便利すぎる。意訳付きだし。
「ここからまっすぐ北がラグナだから……たぶん東北東、だね」
「了解しました。マスター、発進の許可を」
「ああ、許可する」
「……」
なぜかアテナが黙る。
「アテナ?」
「艦の名前がまだです」
名前って必要?
「どらごん!」
ヴィクトリアがなんか言ってる。
「どらごんがいいんだぞ!」
「却下、と強く言います」
おお、アテナがにらんでる。めっちゃにらんでるう!
俺はガディスさんやクロードさんを見た。二人とも苦笑している。
「わかった。名前を決めよう」
そうだなー……もともとは【神格】魔龍『九頭流布』だから、まんまクトゥルフでもいいんだけど。
うーむ、これってディジアさんの一部なんだよな。だったら。
「ディエンドでいこう」
ディル・ジ・アル・エンド・カデスの一部をもじろうと思う。
「了解しました。それではマスター、改めておねがいします」
「わかった」
大きく息を吸い、吐く。
「戦艦ディエンド、発進」
「ディエンド、発進します」
魔導集積駆動が、龍の咆哮を思わせる音を出し、浮上。
「ぬう」
「これは……」
一瞬、重力がなくなったような感覚。
窓から見える視界がどんどん高くなっていって、前進を開始した。




