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希望と絶望と、絶望と希望 36 アルクルス王子

 女王アルウェンとその息子アルクルス王子。

 俺にとっては意外な展開を迎えたわけだが、王子が援軍として加わるというのは、悪くない。


「母上~! 行きたくない~!」


 ただちょっと頼りないというか、泣きすぎというか。


「アルクルス、客人の前でいつまでそうしておるつもりじゃ。それに、わらわが一度決めたことを覆すと思うてか?」

「う……」


 王子は母の身も凍る視線を受け、立ち上がる。


「わ、わかりましたよ! 着替えて準備します……」


 ものすごく嫌そうにしながらも、最後にはなにかを思いついたように、にやりとした。

 彼の背を見送ったあと、聞いてみる。


「逃げるつもりではないですか?」

「で、あろうな」


 女王は冷静だ。さすがは母親。


「王宮に逃げられる場所などないのじゃ」

「しかし女王アルウェン、重ねて問うが、王子を外に出してよいのか?」

「構わぬ。そなたとて子らを外に出しておろう」

「それはそうだが」


 ガランギールさんの息子エルニールさんは里を自ら離れ、義娘であるヴィクトリアはウチのギルドメンバーだ。

 俺の出自も知っていたし、女王はかなりの情報通らしい。


「書記官からの報告は聞いておる。なんの前情報もなくそなたらに会うわけがないのじゃ」


 俺の胸中を見透かしたようなせりふだ。

 つまり、謁見をする前に会ったあの書記官が、俺を見抜いたということか。たしかにやたら見られていたし、もしかしたら覚えてないだけで会ったことがあるのかも。


「ジンク殿は元気か? シント・アーナズ」


 あれ? おじい様と知り合い?


「どうでしょうね。しばらく会ってませんが」


 俺個人の感覚では、二か月くらい前に会った。あっちからすれば、九カ月ほど会っていないことになるだろう。


「異なことを。そなたはラグナの密使として動いているはずじゃ」


 どうしよう。女王が言うことは間違っているんだけど、はっきり否定していいものか。

 ガランギールさんは去年の夏以来、ラグナとの友好を深めてきた。

 そんな人が俺とともにいきなり現れれば、そう考えるのもとうぜんかも。


「おじい様と知り合いだったのですね」

「何度か手紙と書物を交わしたのじゃ。あれほどの見識と実力を持つ魔法士は他におらぬ。実に有意義なやりとりじゃった」


 世界一の魔法士だからね。


「まことに口惜しいことじゃ。ジンク殿がいるかぎり世界一の魔法士にはなれぬ」

「……ふっ」


 ガランギールさんがごく小さく笑った。


「なんじゃ?」

「すいぶんとあきらめがいいと思ってな」

「ふん、そなたも以前、似たようなことを言っておったろうが」


 彼は俺を見た。


「女王アルウェン、こたびの件について礼を言わせてもらおう。突然来たにも関わらず謁見を許可し、援軍……というにはアレだが、こちらのねがいを聞いてくれたことも」

「いきなりなんじゃ」

「なのでわしからも一つ、秘密を教える。昨年のラグナとの戦において我らドラグリアは勝利することができたのだが……」

「自慢なら聞くつもりはないのじゃ」


 ガランギールさんはさらに笑った。けっこう意地の悪い感じだ。


「ジンク・ラグナは敗れた。あの全てを焼き尽くす魔王とも言うべき存在を倒したのは、ここにいるアーナズ殿よ」


 言わなくてもいいのに。

 

「なん……じゃと?」


 おじい様がドラグリアに来たことも、俺と戦ったことも、知る者は少ない。

 

「全てはアーナズ殿のおかげよ」

「いえ、勝てたのはみんなで力を合わせたからです。それに、おじい様には勝ってはいません。引き分けです」

「しかし、最後まで立っていたのはそなただ」

「横やりが入ったので、たまたまそうなっただけです」


 女王は言葉もなく、ただ俺を見つめている。


「シントよ、そなたは【神格】の所有者か?」

「いいえ」

「……【才能】がない……ふむ……ロスト・ミスティック」


 うん?

 失われた魔法のことを言っているだろうか。

 この言葉を聞いたのは、三度目だ。

 最初はマスクバロンから。二度目はおじい様から。


 いまなら、なんとなくわかる。

 【才能】を必要としない魔法の正体はおそらく――


「女王陛下」


 さっきの老執事が音もなく出てきた。


「王子殿下が逃げようとしたので捕らえました」

「やはりそうか」


 マジで行きたくないんだな。そりゃあ誰だって戦争には行きたくないだろう。


「しかしその後、お着替えをなさった直後に、行きたくないと障壁を張って閉じこもっておりますが、いかがなさいますか?」

「障壁を破壊せよ」

「おそらくは陛下以外の者では打ち破ることが叶わぬかと」

「しかたないのじゃ」


 よっぽど行きたくないのか。

 

「ついてこい、ガランギール、シント・アーナズ」

「王子殿はわしの子らとは真逆のようだの」

「たしかに」


 親子の関係は、家庭それぞれか。



 ★★★★★★



 王子の私室に足を踏み入れる。

 本とよくわからないガラクタだらけで、歩くすき間がない。

 王子は呼ばれるまで掃除をしていたって話だったが、これはたしかに掃除をしないとどうしようもない。


「アルクルス」


 王子はベッドの脇で、シールドの殻に閉じこもり、うずくまっている。


「母上! 僕は行きませんからぁ!」

「ふむ……いちおうは着替えたようじゃな」


 式典用の衣服なのか、やたらとキラキラしたデザインだ。まさに王子って感じ。


「着替えてはみたものの、やはり勇気が出せず、殻に閉じこもった、というところじゃろう」


 さすがは母親。息子を見抜いている。


「さて、どうしたものか。打ち破るのはいいのじゃが、部屋ごと吹き飛ばしてしまうやもしれぬ」

「では俺が」

「ほう?」


 移動させるだけなら、なにも問題はない。


「女王陛下、本日はありがとうございました。王子を少しの間、お借りしますね」

「うーん?」

「ガランギールさん、そろそろお暇しましょう」

「そ、そうだな。アルウェン女王、のちほど改めて礼をするのでな」

「そなたら、なにを言っておる」


 術式、構築。魔力、充填完了。腕輪として着けている【神格】魔空ウラヌスが淡く輝いた。


「それではまたお会いしましょう。≪空間ノ移動(ジャンプ)≫」

「な――」


 次の瞬間、俺とガランギールと王子は、ドラグリアに到着。

 時刻は夕方。空が赤い。


「は? え? なに? なんなのこれぇ!」


 シールドを解いた王子は、混乱の極みにあった。


「どこここぉ? 母上は? ねえ、母上?」

「……少々気の毒だが」


 ガランギールさんは優しいな。


「しかしまあ、あの女王をここまでやりこめるとは。アーナズ殿はまったくもって稀代の知恵者、いや、英雄よの!」


 しかもめっちゃ楽しそうだ。


「仲があまりよろしくないようでしたが」

「悪いというわけではない。ただ女王はあの通り口が達者なうえ、悪知恵もあり、魔法の腕も間違いなく大陸最高級……傲慢で自信家。扱いづらいことこの上ない。馬が合わぬのよ」


 けっこう言う。たしかにそうだけど。


「だが……そなたはそれをやりこめただけでなく、王子を援軍として派遣させた。今日ほど痛快なことはない」

「ガランギールさん、それは少し違うと思いますよ」

「ほう?」

「女王はやはり、大陸でも屈指の悪知恵をもっているんでしょうね」

「というと?」

「あの人は俺の話を信じたわけじゃない。ただ、話を聞き、饗団がなにかしらの秘密を持っていると考えた。それが暴かれた時、負ける可能性があることも計算したでしょう」

「それゆえの援軍か」

「ええ、このままなにもせず帝国が勝ってしまった場合、手助けをしなかったことで政治的な立場が悪くなる。しかし、一人息子である王子を派遣すれば、これ以上ない、いわば人質を差し出すかっこうとなる」


 ガランギールさんはため息だ。


「饗団が勝った場合は、王子が蛮勇により独断で戦った、と言うことができるわけですし、帝国が勝った場合は、次期国王が大活躍、と国内外での評価が一気に上がる」

「はあ……女王が考えそうなことだが、それよりも恐ろしいのはそなただ。そこまで読み切ったか」

「読み切った……と思ったのですが」

「ん?」


 いきなり知らない土地に連れて来られ、泣き崩れる王子を見る。


「案外、ほんとうに根性を叩き直したいのかもしれません」

「うーむ、人ごとには思えぬ。あの女王からこの王子か」

「そういえば、王子って何歳くらいなんでしょう」

「わしの記憶がたしかなら、十七、八だったはず」


 やはり同い年くらいだった。

 それにしては、なんというか、泣き虫すぎる。


「王子、おなかが空いたでしょう。ほら、立って」

「う~……」

「俺はシント・アーナズ。王子とは同い年です。よろしく」

「……シント、と呼んでもいい?」

「お好きに」


 彼は涙をぬぐい、立ち上がった。


「……ここはどこなのかな」

「ドラグリアです」

「え! マジで!?」

「はい、魔法で移動を」

「魔法? ほんと? 君の?」

「そうです」


 魔法と聞いたとたん、顔つきが変わる。


「……空間を、移動……? そんな属性、現代では確認されていないはず……いや、だけどいないとも限らない……それとも【神格】? シント、君の【才能】は? ああ、でもあれか、いきなり聞くのも失礼か……」


 なんだなんだ。いきなり質問攻めだ。


「魔法がお好きなようですね」

「まさか! 嫌いさ! ふん!」


 素直じゃないなあ。

 ともあれ仲間が増えた。しかも同い年だし、ちょっとだけ嬉しいと思う。

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