希望と絶望と、絶望と希望 34 女王アルウェンとの対面
「ハイランドが国主、華麗なりし魔を導く女王アルウェン陛下のおなーりー」
高らかに響く声。
入り口から玉座まで真っ赤な絨毯が伸びる謁見の間は、なにからなにまで格式の高い、優美なものだ。
俺たちを――いや、俺に油断のない視線を送る者達は、いずれも熟練の魔法士に思える。
これがラグナに次ぐ魔法大国ハイランドか。さすがに少し緊張してきた。
現れた女性は扇を片手に、孔雀を思わせる羽根のついたドレス姿。そして、どんな装飾品をもってしても引き立て役にしかならない美貌だ。
だが、もっとも恐るべきは魔力だろう。隠そうともせず、膨大な力を見せつけてくる。
一斉にひざまずく臣下たち。普通に立っているのは俺とガランギールさんだけだ。
「わらわに何の用じゃ? ガランギールよ」
「挨拶くらいはしたほうがいいと思うが。アルウェン女王」
彼女は玉座に座った。
「……! 貴様! なぜひざまずかない!」
「無礼者め! ひかえおろう!」
もしかして、俺に言ってる?
どうしよ。いまさらな気もするんだけど。
「あ、えーと、女王陛下の魔力がすごすぎて、動けませんでした」
「ふっ……これだから」
「雑魚が」
小声で言ってるつもりかもしれんけど、聞こえてるんだよなー。
「して? なんの用じゃと聞いておるのだが」
「うむ。それは……」
ガランギールさんが俺を見る。
「初めまして、女王陛下。シント・アーナズと申します」
「ほう?」
「ご聡明であらせられる女王陛下におねがいがあり、族長様とともにここへ来ました」
おねがい、と聞いた女王の視線が矢のように突き刺さる。それだけでなく周囲の目がとにかく痛い。
「おねがいとは、いかなるものか」
いちおう聞いてはくれるようだ。
「饗団をぶっ潰したいので、援軍をおねがいしたい」
「ぶっ!」
噴き出したのは、隣のガランギールさん。
(アーナズ殿! いきなりすぎる!)
(用件は短く、交渉は粘り強く、です)
(それにしてもだな)
俺たちが小声で話す間、謁見の間がどよめいている。かなりうるさい。
「面白い。そして、つまらぬ」
「どっちですか?」
「き、貴様! 陛下になんたる口の利き方!」
「陛下! この者、いますぐ――」
扇が掲げられると、全員が黙る。
「援軍を送れば勝てるのか。援軍を派遣して我が国にどんな利益があるのか。そなたはそれをわらわに聞かせるだけの策を持ってきておろう。面白い、と言ったのはその内容に多少なりとも興味が出たからじゃ」
そうですね。
「つまらぬ、と言ったのは、援軍、などというありきたりな要請を出したことじゃ。ひねりがない。工夫がない。そして魔力がない」
うん、そう。魔力は有限だから、漏れないように極力抑えている。
ただ、いまにして思えば刺激しないようにしたのが逆効果だったと思う。
この国の人間は魔力の多寡をなにかしらの基準としているようだ。
「そも、どこに援軍を? ドラグリアは戦端を開いてはおらぬ」
「目的は大河の封鎖を解くこと。北との貿易に支障をきたしたままでは、良くない」
「そうじゃな。ただ貿易相手の帝国は虫の息。たいした利益は見込めぬ」
「相手は国じゃなく、人だ。そこをお間違いなきよう」
反論したら周りがぎゃーぎゃーうるさくなった。
「では援軍は諦めますので、代わりに人道支援をおねがいします」
「ふむ。援軍の要請は建前ということか」
「さすがです。見抜いておられたようですね」
「大きな要求で驚かし、それを断ったところに本命を通す。詐欺師の手口じゃ」
詐欺師はひどくなーい?
「それでもつまらぬ」
と言いつつ、なんか笑ってないか? 扇で隠してもバレバレなんだけど。
「そなたは武器を持たずに来たと聞いた。ドラグリア族長の付き人にしては、無防備にすぎるというもの。つまるところ、武器を持たずに戦う魔法士」
「あ、はい」
さらに女王の笑みが深くなる。
「魔力なき者をわらわは好かぬ。好かぬ者の話を聞くことはもっと好かぬ」
それ王者としてどうなの? って言いたい。
ただ表情が妖しいんだよな。俺が魔力を極力抑えているって、もうわかってるんじゃないか?
「聞いてもらいたくば、魔法を見せろと?」
「そのようなことは言っておらぬ。じゃが、どうしてもと言うなら見てもよいが?」
「女王アルウェン、彼をからかうのはよせ」
「ガランギールよ、連れてきたのはそなただ。シント・アーナズなるおかしな輩に引き合わせた責任をどう取るのか」
「ふっ」
ガランギールさんが笑う。
「わしが言っておるのは、彼を怒らせるな、ということよ」
「なに?」
こんなことくらいじゃ怒らないよ。
「ほーう? 是が非でも怒らせたくなってきたのじゃ」
「もう一度言う。やめておいたほうがよい」
「近衛第三隊長レックレル!」
「は!」
すらりとして背の高い、若い男性が前に出た。
緑色の華美な軍服を身にまとい、鋭くとがった魔力をかもし出す。
「わらわが命ずる。シント・アーナズなる者と魔法戦をするのじゃ」
「御意!」
ここでやんの?
ぜんぜんいいけど。
「さて、アーナズ殿。これでいいだろう」
「ガランギールさんも、やってくれますね」
「わしはそなたの魔法をまだほとんど見ていないからの。楽しみだ」
ガランギールさんが下がる。
「よもやレックレル殿が相手とは」
「あの若造、何分持ちますかな?」
「たいした魔力もなく、身の程知らずもはなはだしい。思い知ってほしいものですわ」
いろいろ言われてる。
いいさ。いまから俺がするのは会話じゃない。周りの雑音など心までは届かない。
「では参ろうか。どなたか、合図を」
手を挙げたのは、さきほど会ったばかりのレヒト書記官だった。
「それでは……はじめっ!」
「くらえい! ≪アクアボーーーーーーーール≫!」
固く凝縮された水の球が飛んでくる。
遅いし、精度もよくない。
体を少し傾けて、避ける。
「かわしたか! だが! ≪アクアア――」
アロー、と言い切る前に≪魔弾≫。
小さな魔力弾は正確に眉間を撃ち、昏倒させる。
近衛第三隊長は、糸の切れた操り人形のごとく、その場に崩れ落ちた。
「なんだいまのは……」
「いつ撃った!?」
「無属性……魔力弾、か?」
抜き打ちの速さには少々の自信がある。それと戦闘中に余計な言葉はやめよう。
「よい、よいぞ。次は第二隊長――」
「女王陛下、いっそもう全員でいいですよ」
「全員じゃと?」
「一人一人相手にしてたんじゃ、きりがなさそうですし」
俺の言葉に激しく反応したのは、女王ではなく、この場の全員だ。
「陛下を除く全員でどうぞ」
「ば、ばかなのか! こやつ!」
「なにを言うのだ! 自信過剰なヤツ!」
さて、こっからが本番だ。
小さく何度も跳んで、息を整える。
「ならばそうしよう。全員でかかるのじゃ。近衛だけでなく、官僚もじゃ」
この場を全員魔法士で固めていたらしい。
数はそれほどでもないが、みんな手練れだと感じる。
絶対的な女王の命令により、あっという間に囲まれた。
「貴様……謝るなら今の内だぞ」
「自分で言い出したことを後悔するがいい!」
こっちとしては時間が節約できていいんだけどね。
「≪魔弾球≫」
発動したのは、九つの魔力球を生み出す魔法だ。
「な、なんだ、これは」
「ええい! コケ脅しだ! ≪ウインドカッター≫!」
「≪アクアアロー≫!」
撃ちだされる数十の魔法を障壁によって全て遮断。
お返しに≪魔弾≫を連射連射。
「弾道が……変わった!?」
「ぐおあ!」
「こんなの防げないわーーーーーーーーー!」
魔力弾を魔力球が反響させ、タイミングを掴ませない。
全員が倒れるまでは数秒。
これでお仕舞だ。
「はっはっは! アーナズ殿はまこと愉快よ!」
ガランギールさんが笑い、女王アルウェンがばしっと扇を閉じた。
「やはり魔力をわざと抑えておったようじゃな」
やはり、というのは俺のせりふ。この人は最初からわかっていたのだ。
「よかろう。わらわについてくるのじゃ」
「どこへ?」
「密談をするのなら、それにふさわしい場所があるというもの」
よかった。話を聞いてくれるみたいだ。
「ガランギール、よくも恐ろしいものを連れてきたものじゃな」
「楽しかろう?」
「それは認める」
女王との会談がやっと始まるのか。
さっさと片をつけて、戻ろう。




