希望と絶望と、絶望と希望 33 ハイランドの王都ハイパレス
起動した。
そうアテナが言う通り、室内がぱっと明るくなる。
天井には多くの照明があり、その源は魔力だろう。
「シント、先に行きすぎだ」
「ここはいったい」
みんながぞろぞろとやってきた。
「見たこともない装飾……旧帝国時代のものではあるまい」
マスクバロンが飛び回り、興味深そうに観察している。
そして竜人の親娘はというと――
「我らはまさか、竜神の中にいるのでは……?」
「なんかすごいんだぞ。もうなんかすごいんだぞー!」
そうとうに混乱しているようだ。
「アテナ、これがなんなのかわかる?」
「まだ把握しきれてはいませんが、戦艦であると報告します」
「戦艦? じゃあ船ってこと?」
「はい。エンジンは魔導集積駆動と認識。動作確認……正常。空調も問題ありません」
なんだなんだ。妙な言葉が次々出てくるんだけど。でも、なんとなくわかってきた。
「空を征く船か」
まさかもまさかだ。【神格】魔龍『九頭流布』が船だなんて、思いもしない。
しかしガランギールさんの話では、魔龍『九頭流布』は大地そのものだという。だとしたらこれはその一部にすぎないと考えたほうがいい。
「シント少年、君はこれをわかっていたのか?」
「いや、さすがにびっくりです」
絶望的だった状況に光明を見た気がする。
こんな図抜けたものを使えるなら、行く道はずっと楽になるはずだ。
「アテナ、君はどうしてこれが戦艦だとわかったんだ?」
「なぜかわかりました」
「過去と関係が?」
「わたしの記憶のほとんどは、外部記憶装置の消失とともに終わりを迎えたはず……なぜでしょう?」
自分自身でもわからないのか。
ディジアさんとイリアさんが命を賭して戦った『剣魔大戦』から剣帝アーサーが現れるまでのおおよそ千年間は、ほとんどの記録が残されていない謎に包まれた期間だ。
アテナは、その空白の時代にあったとされる『エルメス国』の出身だという。
【神格】を利用できるほどの技術水準を持つ国であったことは、わかっている。ただ、この戦艦と関連があるかはわからない。
「アテナ、そんな悲しい顔をしなくてもいい。記憶を失くしたのは俺のせいでもあるんだから」
「いいえ、施設の破壊は任務に従ったことだと、明言しておきます」
「シントとアテナはさっきからなに言ってるんだ」
「わしにはさっぱりだ。アーナズ殿……説明を頼みたいのだが」
そうは言われても、俺にだってさっぱり。
「どうやら戦艦のようです」
「せ、戦艦だとぉ!? なぜそんなものが里の地下にあるのだ!?」
さしものガランギールさんもその場に尻もちをつく。
「アテナ、動かせる?」
「通常航行であれば、問題ありません。ですが、もう少し時間をいただきたいと懇願します」
まだ把握しきれてないっぽい。
「どのくらいかかるかな?」
「できれば、一日」
「わかった。その間に俺はハイランドへ行ってくるよ」
「ハイマスター! いきなりすぎますよ!」
「クロードの言うとおりだ。落ち着け」
「いやー、一気に進めたいんですよね」
こんなものが手に入ったなら、気が早まるのもしかたないんじゃない?
「というわけでガランギールさん、行きましょう」
「なに?」
手をとって、立たせる。
「どこへだ」
「ですから、ハイランドへ」
「なにを言っておる」
手を掴んだまま、離さない。
「宮殿を思い浮かべてください。なんて言いましたっけ? ハイランドの宮殿」
「瑠璃之宮だが……」
イメージが伝わってくる。ものすごく美しい宮殿だな。
「みんなは休んでいてください。すぐに戻ります」
「待て、シント」
「なにもかも早すぎですよ」
「私も連れて――」
≪空間ノ移動≫を使用。
一瞬で数千キロを超え、到着した。
「こ、これはどうしたことだ」
「着きましたよ、ハイランドの王都ハイパレス」
「……アーナズ殿は、いつもありえないことをする」
ガランギールさんは目を白黒させながらも、襟を正す。
「いきなりですみません。魔龍『九頭流布』で驚いているついでにと思ったんです」
「うーむ……いちおうは気遣われた、ということか」
そうそう。何度も驚かすよりは、まとめて一気に驚かすのがいいと思った。
「まるで夢でも見ている気分だが、来てしまったのならしかたない。わしも腹をくくろう」
「戻るのは一瞬ですから、そこはお気になさらず」
「なんたる魔法……長生きはするものだ」
彼は信頼を寄せてくれている。それがなにより嬉しい。
「じゃあ行きますか」
「一筋縄ではいかぬだろう。気をつけていくことだ」
「はい、肝に銘じます」
ここは城門の前だ。ちょうど木の陰だったこともあり、運よく誰にも気づかれていない。
それにしても寒いな。高地だからだろうか。
見える街並みはとても美しい。ほとんどの建物は白く塗られ、太陽の光を反射している。それがさらに街の美しさを際立てせている。
ガランギールさんをともない、城門に近づく。
なかなかの絶景だ。
お城は水の張られた堀に囲まれていて、白と青のコントラストが映える。
白亜の壁と宝石のごとくきらめく色鮮やかな屋根もまた、『瑠璃之宮』という名にふさわしいものだと思う。
「こんにちわ」
番兵に声をかけてみた。
すらっと背の高い、エルフの兵士だ。
数は二人だが、門の先に詰め所らしきものあって、そちらにたくさんの兵が控えているのがわかる。
「君は?」
「シント・アーナズと申します。こちらはドラグリアの族長であらせられるガランギール様」
「……なに?」
二人の兵士が顔を見合わせる。
「女王陛下にお会いするため、遠路はるばる参りました。お取次ぎねがえますか?」
「……」
「……」
さすがに信じてはもらえないか?
「……たしかにドラグリアのガランギール様とお見受けするが……我らはなんの話も聞いていない」
「内密の話があるのでな。今回はお忍びで来させてもらった」
ガランギールさんが話を合わせてくれた。
「しかしだな」
「うーん、さすがに我らの判断では……」
ニセモノとでも思っているのか。
少しだけ押してやろう。
「テストかも」
「なんの話だ?」
「この立派な宮殿の門番を務めているくらいだ。あなたがたは優秀なんでしょう?」
「う、うむ」
「女王陛下はあなたがたを試しているのかもしれませんよ。あの方は聡明だと聞き及んでいますし、ガランギール様を通すか通さないか……警備は万全か、どう対応するのか、テストされているのかもしれませんね」
「たしかに……我らがクイーンは聡明であり、そのような余興を楽しむこともままあるが……」
「我らが試されていると?」
だいぶ揺さぶることができた。
「ともかく、ガランギール様は長旅で少々お疲れです。無理に通るつもりはありませんので、どこか座れる場所をご用意していただけるとありがたいのです」
下手に出ると、顔色が変わった。
「そうだな。まずは隊長に。それと書記官さまにも話をしてこよう」
「ただし、付き人の君はチェックさせてもらうぞ」
なんとかなったか。
ガランギールさんはほぼフリーで通れたが、俺は服や服の下まで調べられた。
その後は宮殿の中に通され、玄関ホール脇の立派な部屋に通される。
やはりガランギールさんを連れてきて正解だった。俺一人では、ここまで来られなかっただろう。
「よく口が回るものだ、アーナズ殿」
「お褒めに預かり、光栄です」
「まだそれを続けるのか?」
やれやれ、といった風だ。ハイエルフさんたちはプライドが高いという話を聞いたし、下手に出れば話が進むと思った。いちおうは成功だ。
「ガランギールさんは顔がよく知られているのですね」
「十二年前の大戦時には何度も来たしの。終戦後もやってきては疲れて帰ったものよ」
「首長会議はだいたいここで?」
「うむ」
「想像でしかありませんが、疲れる仕事のようですね」
「しかたあるまい。誰かがやらねばならんことでもあるし」
誰かが来るまで、ガランギールさんと雑談を交わす。
こうしてゆっくり話していると、彼の懐に深さがよくわかった。
やがて、だいぶ待たされたあとに誰かが部屋の扉を開けて入ってくる。
「お久しぶりですな、族長様」
「おお、レヒト書記官殿。久しいの」
お知り合いの登場だ。
「しかしまた急なことで、驚きましたぞ」
初老のエルフの男性は、にこやかだ。
「すまぬ。どうしても女王と協議せねばならんことができた」
「ふむ……なるほど。で、そちらは何者ですかな? 竜人には見えませんが」
「初めまして。付き人のシント・アーナズです」
「シント・アーナズ?」
めっちゃ怪しまれた。
ガランギールさんとの対応の差がすごい。まるで凍りつくような冷たい視線だ。
「詳しい話は省くが、重要な情報を彼が持っておる。急ぎ女王と面談ねがいたい」
「……」
彼は俺から目を離さない。値踏みでもしているのか、それとも別の理由でもあるのか。
「そういえば族長様。魔法の腕はさびついておらんでしょうな」
「無論のこと」
「聞かば、昨年のラグナによる侵攻をものともしなかったとか。その時のことをぜひお伺いしたいものです」
「長い話になるでな、またの機会に」
なにか含みのある会話だ。
俺の反応を試しているような気もする。
「わかりました。すぐに陛下のお耳に入れましょう。いましばし、お待ちを」
書記官は足早に出て行った。
「レヒト殿はあいかわらずよ」
「すごくにらまれてしまいました」
「まあ、悪い人間ではない。ハイランドの者は魔法やそれに関わる【才能】に自信を持ち、そうでない者を見下すところがあってな」
それなら納得だ。俺はいま、警戒されないために魔力を限界まで抑えている。
「ガランギールさんはだいぶ尊敬されているようです」
「魔法の【才能】を持っておるからだ。そうでなくば、他国の首長であろうとも素っ気ない態度であったろうよ」
先に聞いていた話とだいたい同じ。俺が生まれたラグナとも通ずるものがある。
「そなたは帝国人ではないかと疑われたのだろうな。まあ、とにかくもここまではうまくいった」
「ええ、ありがとうございます」
「なに。楽しみでもあるから、礼はいらんよ」
楽しみって、なに?
なんだか、嫌な予感がしてきた。
女王アルウェンって、どんな人なんだろう。




