希望と絶望と、絶望と希望 32 目覚めよ 魔龍『九頭竜布』
ハイランドへ行く。
それを聞いたガランギールさんは、しばらく言葉がなかった。
俺を彼を真っすぐに見つめ、反応を待つ。
「……それは、なぜだ」
「女王アルウェンと話がしたい」
「アーナズ殿、さすがに厳しいと言わざるを得ぬ」
「不可能でしょうか」
「不可能では、ないかもしれんが」
ならいける。
「理由を聞きたいのだが」
「ハイランドが動かないのは、饗団となにかしらの密約を交わしているからだと思います。それを確かめる」
「なあっ!?」
北と南の状況を考えれば、可能性は高い。
「あの女王ならばありえようが……もし……もしもそれが真実なら、そなたはどうする気なのだ」
「どうこうする気はないのですが、釘はさしておきたい」
つまり、ハイランドは手を出すな、ということだ。
「釘……い、いや待て、アーナズ殿。そもそも行くまでに二か月はかかる。着いてからもはたして会えるかはわからぬぞ」
「だからこそ、あなたに来てほしいんです」
ガランギールさんは竜人の族長。つまりは王なのだ。彼が来てくれるなら、無下にはされないだろう。
「友誼に頼るばかりで、ほんとうにすみません。ですが、どうしても必要なんです」
これ以上ないほどに頭を下げた。
「頭を上げてくれい。そうまでして頼まれると……断れぬ。だが、その前に聞きたい。そなたはそこまでしてなにを成し遂げようとしている?」
「助けたい人たちがいます。そのために、やる。やれることは全て」
「助けたい人……ラグナか? それとも帝国を?」
「あなたには本心を言います。ラグナも帝国も、正直どうでもいい。滅びるならば、それもしかたのないこと」
「なっ……」
「助けたいのは、国家ではなく、人です。そして猶予はあまりありません」
ガランギールさんと目が合う。
「それは、いったい」
「いずれ話します。ですが、いまはまだ、言えないんです」
「ふむ……そなたは……少し変わったか」
変わった?
「そうか……うむ。わかった。ではさっそく文を用意せねばな」
「あ、それはいいです。直接乗り込みましょう」
「はあっ!?」
「時間がもったいないですし、対策をされたくないので」
話は決まった。
「まずは食糧をおねがいします」
立ち上がり、重ねておねがいする。
「まったく、おまえというやつは」
「興奮が止まりませんよ。ハイマスターは……恐ろしい」
「話がまとまった、と判断します。そしてヴィクトリアは寝ていると、報告します」
まーた座ったまま寝てる。俺たちの話が退屈だったようだ。
★★★★★★
ガランギールさん自らの案内により、備蓄がある倉庫へ赴く。
聞けば、北への支援物資をここに集めていたようで、びっくりするぐらいの食糧があった。
これらをすぐにフォールンへ送る。
マスクバロンにカサンドラかミューズさんと連絡をとってもらい、魔法で移動。食糧の問題はこれで解決だ。
「……しっかりと届いたようだ。みな、喜んでいるね」
「それはなにより」
二体のミニマスクバロンによる通信は、思いのほか便利だ。
「それではあそこに行きましょうか」
★★★★★★
そして次に向かったのは、かつてご神体が安置されていた社。
里の中心部からはだいぶ離れた、人のいない場所。
前は豊かな緑に囲まれていたが、いまは秋。鮮やかな紅葉に目を奪われる。
ここでもいろいろあったと、しみじみ思った。
「ガランギールさん、お忙しいのではないですか?」
「いや、構わん。そなたの動きが気になりすぎる。ともに確かめさせてもらおう」
「喜んで」
族長からご神体を受け取り、社に近づく。
みんな、言葉がない。なにかを感じとっているのかも。
この場所は言ってみれば聖地だ。無理もない。
「なんだか……いつもと違うんだぞ」
感受性の高いヴィクトリアは、いつになく神妙な顔をしている。
「不明の魔力波を検知。マスター、危険です」
「アテナ、だいじょうぶだ」
以前よりもはるかにわかる。【神格】が反応しているのだ。
「アーナズ殿、腕輪が光っておる」
「これは【神格】魔空ウラヌスと【神格】神機クロノスです。会えて嬉しいんでしょう」
「……なにを言っているのかわからんが、とてつもないことだけは、わかる」
ガランギールさんはごくりと息を呑んだ。
「集中だ……俺の考えが正しければ……」
ディジアさんとイリアさんのことを想う。
彼女たちと俺は、同じだった。いまでもそうだ。
【神格】がもともと女神の欠片であるなら、できるはず。
ご神体から、わずかな意識を感じることができた。
意識をさらに深いところへ沈ませる。
ずっとずっと下へ。だんだんと音が消えていく。
自分の存在さえも、空に溶け込んでいくようだった。
「声……?」
なにかが聞こえる。
待っていた?
ならば、唱えよう。
「目覚めろ、魔龍『九頭竜布』。【ディル・ジ・アル・エンド・カデス】……」
真の名を口にする。
一瞬のきらめき。
「なんだいまのは。シント、なにをした?」
「一瞬だけ、なにかが……」
遅れてやってくる揺れが、俺たちの姿勢をぐらつかせる。
揺れは次第に大きく、強くなった。
「地震……? アーナズ殿! 避難せよ!」
「シント! おかしいんだぞ! なにか来る……!」
ヴィクトリアが地面を凝視している。
ああ、俺もそれはわかっているよ。
魔龍がいまこそ、世界に降臨する時だ。
「マスター! 大地が割れ――」
アテナの言葉をさえぎり、轟音とともに社が破壊される。
立っているのがやっとだ。それでも、目を離せない。
地を割り顔を出すのは、黒ノ龍。巨大な顔面が地の底から出現した。
「し、信じられぬ! こんなことが!」
……思ったよりでかいな。魔力の塊が出てくるとばかり思っていたけど、モノホンの龍が出た?
やっておいてなんだが、まずい気がしてきた。
「待ってください! 顔だけ……?」
クロードさんの言う通りだ。
龍の顔だけが、宙に浮いている。
ただし、サイズはありえないほどにでかい。
「なんなのだ、あれは。シント少年、君にはこれがなにかわかるのか?」
「さすがに想定外です」
ご神体が光を放ち、光線となって飛ぶ。
光線は現れた龍の首とつながった。そのとたん、頬の辺りが四角に開き、階段が伸びる。
「入り口……だと? つまりこれは、城?」
マスクバロンの感想は、だいたい当たりだろう。俺も同じ印象を抱いた。
「ど、ど、どらごん、なんだぞ」
「なんということだ。長く傭兵をやっていたが……これはどうにも理解できそうにない」
「現実なのでしょうか? 鳥肌が止まりません」
みんな腰を抜かしそうだ。
「入ってみましょう。たぶんこれは生き物じゃないです」
呼んでいるような気がする。
「入る!? 本気ですか!?」
「【神格】なら危険はないですよ」
「アーナズ殿……そなたは所有者となったのか?」
「【神格】はそもそも所有物なんかじゃありません」
「……?」
みんなが止めるけど、やめるつもりはない。
階段をのぼり、中に入る。
通路があって、扉らしきものも確認できた。
人の手で作られたとは思うが、どういうことだろう。
家なのか? そうするとやはり城?
急に心臓がバクバクし出した。いったいなにが待ち受けているのか、想像もつかない。
「マスター」
「アテナ」
アテナが追いついてきた。
「他のみんなは?」
「みなさんは緊張していたと擁護しておきます」
「緊張しないほうがおかしいよ」
彼女と共に、導かれるような足取りで進んだ。
「ここは扉がないな」
部屋に入る。で、固まる。
「すごい……なんなんだ、これ」
まるで巨大な窓ガラス。竜人の里を一望できる。
いくつもの座席が備え付けられていて、外を見られるようになっているのだ。
「これは……コクピット」
「アテナ?」
コクピットってなんだっけ?
旧帝国語で……忘れた。
「操縦席であると断言します」
「操縦だって?」
「はい」
止める間もなく、アテナが真ん中の席に座ってしまう。
目の前の装置をいじり始め、ボタンを押したり、レバーを引いたり。
こんなアテナは見たことがない。
「マスター、コントロールキーを司令官席に」
「うん?」
一段高く、真ん中の席を見下ろす場所に、ちょうど人一人が立てるスペースがあった。
そこには丸い物を嵌めるくぼみがあって、アテナがなにを言いたいのかを理解する。
黒く丸いご神体が、吸い込まれるようにくぼみへと収まった。
次の瞬間――
「起動を確認しました。マスター、あなたはやはりマスターで、司令官です」
アテナが振り向き、とびきりの笑顔を見せる。
なにこれ。
どーいうこと?




