希望と絶望と、絶望と希望 31 おねがい
一夜明け、まずはドラグリアへと向かう。
今日からはこれまで以上に油断できない日々が続きそうだ。
≪空間ノ移動≫を用い、メリアムさん、ミリアちゃん、ミコちゃんをフォールンへと送る。
あちらとこちら、どちらが安全かははっきりと言えない。ただ、メリアムさんもまた不安なのだろうと思う。
フォールンには多くの仲間が集い、反撃の準備をしているところだ。メリアムさんもそこに加わりたいと言ってくれた。
「さっそく行きます。用意はいいですか?」
「……ほんとに行くのか?」
ヴィクトリアはあまりいい表情じゃない。
ドラグリアは彼女の故郷だ。ウチに来てからまだ一度も帰っていないはずだし、恋しくはないのだろうか。
「嫌なの?」
「そういうわけじゃないけど……」
超問題児だからな。里では嫌われ者だったそうだけど、いまはもうだいじょうぶじゃないか?
「久しぶりにお義父さんに顔を見せたらいい」
「わかったんだぞ」
ドラグリアでの一件から一年以上。もうずいぶんと昔な気もする。
「では……≪空間ノ移動≫」
移動は一瞬だ。
俺とマスクバロン、アテナ、ガディスさん、クロードさん、そしてヴィクトリア全員が無事に到着。
久しぶりに見る竜人の里は、変わりない。
自然と文化が調和した素晴らしい場所だ。
突然現れた俺たちはとうぜん警戒される……のだが。
里の竜人たちはヴィクトリアを見て、ああ……、みたいな顔をすると、警戒を解き、元に戻る。
彼女ならなにをしてても不思議ではない、ということか。
「ここが竜人の里か。空気がいい場所だ」
「初めて来ました……興味深い」
「シント少年、ここでなにをするつもりだ?」
「族長に会います」
移動したポイントは、よくガランギールさんと話した大会議所の前だ。
ここにいなければ、邸宅へ向かおう。
大会議所へ入ろうとしている竜人と話す。その人は俺を覚えていてくれたようで、すぐに取次をしてくれた。というかすぐに入るよう、急かされてしまう。
「アーナズ殿!」
ガランギールさんは顔にしわでいっぱいにして、笑顔だ。
「ガランギールさん、お久しぶりです」
「心配していたのだ。カール殿からそなたが行方不明になっていると聞いたのでな」
叔父上が?
「生きていて、よかった。だが……」
ガランギールさんが、義娘であるヴィクトリアをぎろりとにらむ。
「ひっ!」
「ヴィクトリア、わしは手紙を何度も送ったが……なぜ返事をよこさんのだ」
なるほど。だからヴィクトリアはここへ来るのを渋ったわけか。
いや手紙くらい返そうよ。ほんとに。
「わしがどれだけ心配したか」
「だって」
と、俺の後ろに隠れる。
「手紙を書くのは苦手なんだぞ。なんて書いたらいいかわからないし」
「はあ……手紙の書き方も教えておくべきだった」
「まあまあ、あとでよく言っておきますから」
「しかたあるまい」
後ろを振り向き、みんなに声をかける。
「少しの間、ガランギールさんと話をするよ。みんなは里を見て回ったら?」
「私はシント少年とともにいよう。すぐにフォールンへ連絡できるようにな」
「……なにやら、妙な生き物がいるようだ」
ガランギールさんはマスクバロンを見て、渋い顔をする。
しかしさすがは竜人の族長。驚きこそすれ、跳び上がったりはしない。
「ヴィクトリア、みんなを案内してほしい」
「わかったんだぞ!」
「おれはここで待つ。おまえを護衛しよう」
「では僕も」
「わたしもマスターのそばに」
観光する気にはなれないか。
うなずき、ガランギールさんとともに奥の部屋へと入る。
軽く自己紹介してあと、用意された椅子に座り、対面で話を始めた。
「ガランギールさん、さっそくで申し訳ないのですがどこまでの情報を?」
「うむ。北はたいへんなことになっておるようだな」
「ラグナからは?」
「……三カ月前に、若者が一人、傷を負って逃げ込んできた」
ラグナからの使者を名乗る青年がやってきたのだという。叔父上――カール大公からの密書を持ってきたという話だ。
「カール大公からは、饗団との戦争が開始されたこと、食糧などの物資を購入したい旨が記載されておった」
「三カ月前、ですか」
「日付はちょうど饗団との戦が始まったころのものだ。ラグナとドラグリアは遠く離れておる。あの若者はここへ来るのに三カ月かかったようだな」
ガランギールさんは急ぎ物資を送ったが、とうぜん届くわけもない。
荷は奪われ、使者は命からがら戻ってきたそうだ。
「饗団からのコンタクトは?」
一番聞きたいのは、これだ。
「あった。数カ月前に『顧問官』を名乗る男がやってきて、饗団への協力を求めてきたのだ」
やはり、そうだったか。
「返事は保留とし、顧問官とやらは帰らせたがな」
賢明な判断だろう。
「族長殿は饗団をどう思うのかね」
「アルハザード卿、といったか。そなたはアーナズ殿の軍師ということだが、奇妙な質問をする」
「同盟はしないと?」
「同盟はせんよ。我らはラグナとの友好を進めておる最中なのだ。そもそも饗団は怪しすぎる。それに……」
と、俺を見る。
「アーナズ殿がひょっこり現れるではないか、とそんな気がしていた」
「なるほど。族長殿とは気が合いそうだ」
俺を待っていてくれたのか?
なんだろう。急に込み上げてきた。
「ん? アーナズ殿……泣いておるのか?」
「ああ、気にしないでください。戻ってからというもの、どうにも感情がおかしくて」
「泣きながら普通の口調なのは、いささか」
不気味、とは口にしないところに、ガランギールさんの優しさを感じた。
「ガランギールさん、ドラグリアはこれからどう動くのですか?」
「正直、身動きがとれんのが現状よな」
「連合全体はどうですか?」
「首長会議では、不干渉を支持する意見がほとんどだった」
「つまり、帝国と饗団のうち、優勢になった方と手を組むわけですね」
「おそらくは、な」
別に責めてるわけじゃない。とうぜんのことだ。
「かつて主戦派だった部族が饗団に与する可能性はどうです?」
「そうしたいのだろうが、あの大戦で被った大被害が癒えてはおらぬ。余力はなく、派兵などできまいよ」
「穏健派は?」
「わしは帝国への支援を提案したが、どうにも反応がにぶい」
「それは、ハイランドも?」
「女王アルウェンは慎重にことを進めたいと言うばかりであった」
ハイランドの女王アルウェンは、いま現在南方諸国連合の代表を務めている。
「して、アーナズ殿。世間話をしに来たわけではあるまい」
「ええ、もちろんです」
ここへ来た理由は、四つある。
「まずは食糧を買わせてください。フォールンが苦境に立たされていまして」
「それは構わぬ。買うなどと言う必要はない。望むだけ提供しよう」
なんたる太っ腹。でもちゃんと買う。
「それと、できれば援軍をおねがいできませんか」
「それは、ドラグリアに戦争へ介入せよと?」
ガランギールさんの表情がこわばる。
そうだ。俺はいまから、困難なおねがいをしなくてはならない。
「俺は封鎖された大河を解放するつもりです。それにはたくさんの手が要る」
「ふむ……」
「族長殿、見返りはでかいと思うが?」
「それは?」
「帝国にそれはそれはもうおおいなる貸しが作れる。あなたがた竜人は大戦時、負けなかった。なのに諸国連合は降伏。不平等な条約を押し付けられた。そんな相手を見下ろして助けるのだから、それ以上痛快なことはない」
「言い方はともかく、間違ってはおらん」
十二年前の大戦で、竜人はラグナと戦うはずだった。しかしラグナは竜人の軍を徹底的に避け、一度も戦わずに迂回したのだ。
ラグナとの交戦を諦めたドラグリア軍は、帝国本軍との戦場に合流し、多大なる戦果を挙げた。
つまり、局地戦では負けていないのだ。それなのに、諸国連合は対帝国の本拠地を電撃作戦によって落とされ、降伏。国民感情は最悪だろう。負けてないのに、負けた。そして条約を押し付けられた。悔しいに決まってる。
「ラグナならともかく、帝国を助ける気にはなれんよ」
援軍は出せない、か。しかたのないことだ。ガランギールさんの立場では、ウカツな判断を下せない。
「帝国を助ける気はないが……友人は喜んで助けようか」
ニッ、と笑う。
「ガランギールさん……ありがとうございます」
「なにを言う。そなたがドラグリアでしたことを思えば、足りぬくらいよ」
「いえ、ほんとうに……ありがとうございます」
これで二つクリア。
「いかほどの援軍が要るのだ?」
「隠密作戦を考えています。数は少ないほうがいい」
「ならば我が里の精鋭を集めよう」
よし。次だ。
「実はまだありまして」
「言ってくれい」
これも無茶なおねがいだ。けど、それを承知で頭を下げる。
「【神格】魔龍『九頭竜布』をください」
「!?」
背後からガディスさんやクロードさんの動揺が伝わってくる。マスクバロンも同様だ。
「それは……しかし、無茶にすぎる」
【神格】魔龍『九頭竜布』は、驚くべきことに、ドラグリアの大地そのものだという。
この地が魔力に溢れ、他国とは比べ物にならない豊穣さを有しているのは、それが理由だと聞いた。
「ガランギールさんは以前、交信できると言ってました」
「たしかに……たしかにそう言った。しかし、成功した者はおらぬ」
「試させてください」
「ずいぶんと切羽詰まった顔をする」
「必死なんです」
竜人の族長は大きなため息をし、うなずいてくれた。
これで三つ目もオーケー。
一番の難関は最後のおねがい。聞いてくれるかどうかは、賭けだ。
「最後のおねがいがあるのですが」
「……最後に持ってくる、ということは、【神格】以上に重要なのであろうなあ……」
もはや呆れ顔だ。
「ここまで聞いたなら、最後まで付き合おうぞ。それで、なにが望みだ?」
「ハイランドへ行くので、いっしょに来てください」
「うん? いま……なんと?」
「ハイランドで女王に謁見を。なので、いっしょに」
「…………なぬっ!?」
ガランギールさんはのけ反った。
すみません、どうしても行きたいんです。




