希望と絶望と、絶望と希望 27 仲間を求めて『絶対守護者』
「ガディスさん、とりあえず剣を納めてください。彼は協力者です」
「協力者だと?」
にわかには信じられないだろう。とんでもない姿だもの。
「アルハザード卿といって、前は帝国貴族でした。その後、いろいろあって自業自得でこんな姿に」
「そうか」
ガディスさんが剣を納める。
しかしその眼光は、あまりにも恐ろしい。
「こちらはガディス・ダーレストさんに、メリアム・アフラズさん。ガディスさんの娘のミコちゃん、メリアムさんの娘のミリアちゃん」
「よろしくたのむ。いまは……そうだな、シント少年の軍師といったところか」
「ずいぶんと小さい軍師ですわ。いったいなぜそのような姿に」
「レディ・アフラズ。求めるのなら話そう。実は――」
「マスクバロン、それはあとで」
無駄な話は止める。いまは関係ない。
「他のメンバーもここに?」
メリアムさんもガディスさんも沈黙する。
「無事、なんですよね?」
重ねて尋ねる。
「アリステラさん、セレーネさんはアークスを離れました」
「離れた?」
大河はエーギル家の船団に封鎖されているため、渡河ができなくなっているという。
それで実家の力を借りるため、一時アークスを離れているのだそう。
「まさかエーギル家とは」
大河の通行を遮断するのは、帝国における南北の貨物、貿易を止め、国力をおおいに疲弊させるだろう。そこまではわかるが、よもや世界一の水軍を有する大貴族を取り込んでいるとは思いもしない。
ガラル公国において御三家と呼ばれる超名門の家柄。大陸の東部沿岸を支配する名家なのだ。敵に回るなんて、最悪だろう。
「アリステラの実家はたしかラグナの南東にあったはず。シスター・セレーネの実家ってどこだっけ?」
密林の中と聞いた覚えがある。
「アテナとクロードさんとヴィクトリアは、どこに?」
「アテナさんは哨戒に出ています。クロードさんはガラル砦に。ヴィクトリアさんは……」
「傭兵をしている」
傭兵? それはいったい……
「待った。アテナが哨戒?」
「はい。アークスはモンスターに襲われましたの」
「なんですって!?」
信じられないようなことが起こったようだ。
半年前、アークスは大河、及び港が封鎖されたあと、饗団の軍がやってきた。しかし港や港湾地区と近い場所を占拠するにとどまり、憲兵隊を中心とした部隊とにらみ合いになる。
この都市の近郊にはガラルとラグナの砦があるのだが、ラグナ軍は反乱の少し前に撤退していて、すでにいなかった。
一方でガラル砦は大量のモンスターに襲われたそう。
「モンスターは街にも来て、憲兵隊では手が回らず、冒険者が対応をしましたわ」
アテナはモンスターに対するため、自ら街の外縁部へ。
ヴィクトリアは、ガラル砦にて傭兵として戦っているそうだ。
「そうでしたか」
みんなが無事でなによりだが、アークスへの攻勢はさほど強くない。
饗団は大河以北に力を注いでいる、とみていいだろう。
「だとすれば、思うよりも多少は楽か?」
憲兵とガラルの連合軍が、アークスの完全支配を防いでいる。これは間違いなく朗報だ。
「シント少年、なにか思いついたのなら教えてくれたまえ」
「思いついたというより、予想が外れた」
俺は最悪の場合、全世界を相手にしなくてはならない可能性を考えていた。
さしもの饗団もそこまで手は回らなかったのか。
「南方諸国連合の動きは?」
「特にはありませんわ」
「聞くかぎりでは、それぞれが自国の守りを固めているというが」
それは少しおかしい。
十二年前の大戦で敗北した南方諸国連合が領土を取り戻す絶好の好機だ。
それを見逃すとなると、他に理由があると考えていい。
すでに密約を交わしていた?
「大河が封鎖され、アークスの物資は本土に届かない……食糧事情はどうです?」
「よくはありません。制限され、物価は三倍になっていますの」
「仕切っているのはダメオン侯爵? それともエーギル家?」
「侯爵様は動けない状態にされています」
「エーギル家の手勢に軟禁されているようだ」
うなずける話ではある。
帝国きっての名将であるあの人を閉じ込めておけば、その戦力をおおいに削げるわけだし。
ただ、これも意外だ。ダメオン侯爵なら饗団に帰順しそうなんだけどな。
「南方の状況は悪くない。むしろ……」
「シントさん?」
「メリアム、考えさせてやれ。おれたちはこれを……待っていたんだ」
これからの動き次第では、憂いを一つ断てそう。
であれば、南方諸国連合の真意を確かめなくては。
「計画を少し修正しよう。マスクバロン、あなたはハイランドに行ったことが?」
ハイランドは高地に住むハイエルフの国だ。南方諸国連合の盟主を何度も務めてきた強国。親帝国派の筆頭であり保守派でもある。
「いや、さすがにない」
「ガディスさんは?」
「ハイランドには近づきたくもないな」
「ガディス殿の言うとおりだろう。進んで足を踏み入れるところではないね」
そーなの?
「それはなぜ?」
「差別と高慢。それ以外に言うことはないよ」
「行ったことがないのでは?」
「さっきの返答は『行かないほうが幸せ』という意味だね」
「ハイランドの連中は話が通じない」
なるほど。経験豊富なこの二人が行きたくないなら、恐ろしい場所なんだろう。
「わかりました。やることは決まった」
「どうする、シント」
「とりあえずアテナとクロードさんとヴィクトリアを回収します」
「策があるなら教えろ」
「策を使うとしたら、少し後ですね。ちょっと行ってきます」
「待て、シント。一人で行くな」
「すぐ戻るんで、だいじょうぶですよ」
「いやだめだ。またゲンコツをくらいたいか?」
それはもう二度とくらいたくない。
「わかりましたよ。いっしょに行きましょう」
まずは外縁部。アテナの元へ向かう。
★★★★★★
アークスの外縁部は、盛り土がなされ、いつ攻められてもある程度の対応ができるようになっている。
歴史上、常に南北の重要拠点であったこの大都市は支配者がころころと変わり、戦争の犠牲となってきた。
それでもなお人が住み続けるのは、地形、利便性、植生などなど人にとって有益な、いや、有益すぎる場所だからだ。
ガディスさん、そしてマスクバロンとともに急いでやってきたが、アテナはすぐに見つかった。
彼女は盛り土の上に立ち、地平の彼方に視線を送り続けている。
俺はやや後ろに行き、声をかけた。
「アテナ、なにを見ているんだ?」
「なにも」
「じゃあ帰ろう」
「帰りません。わたしはアレジアント・テネシャス・ナビゲーター。人類を守護する存在として、生まれました。モンスターが襲来する可能性がある以上、ここにとどまるべきと、判断します」
「君はもうアレジアント・テネシャス・ナビゲーターじゃない。アテナだ」
「いいえ、わたしを名付けてくれたマスターはもう、いません。ですので――」
アテナがこちらを見る。
「!?」
彼女は一度、地平に視線を戻し、また俺を見た。
「……!?」
彼女はもう一度、地平に視線を戻し、再度俺を見た。三度見だ。
「マスター! マスターが、なぜ!」
「ただいま。なんとか戻ってこれたよ」
「……わたしは!」
アテナの手が俺の胸に触れる。
「鼓動、確認。心拍数は正常……生命反応を認めました……」
「ああ、生きてるよ」
手に手を重ねる。
「俺たちはまだ、なにも終わっていない」
「マスター」
ぽろ、と涙がこぼれる。
「水分を無駄にできないというのに」
「たまにはいいんじゃないかな」
「はい。たまにはいいと、そう心から思います」
アテナはしばらく動かなかった。目をつむり、規則正しく呼吸を繰り返す。
俺はそれを待った。
「わたしはアレジアント・テネシャス・ナビゲーターであると同時に、冒険者アテナ。世のため人のため、戦うと明言します」
「君の覚悟、たしかに聞き届けた。さあ、行こう」
「はい、マスター」
アテナの伸ばした手を取る。
彼女はいつか見えてくれた笑顔で、俺を見つめるのであった。
「ほうら、また泣かせただろう。罪な男だよ、シント少年」
「アルハザード卿、女を泣かせるのは罪だが、魅力でもある。あいつは娘を嫁に出すかもしれん男だ。それぐらいの魅力がなくてはな」
なに言ってんだこのおっさんたちは。
「ガディスさん、それを言うならミコちゃんを泣かせてもいいのですか?」
「その時はおまえに決闘を申し込む」
「冗談、ですよね?」
「冗談に聞こえるか?」
聞こえなーい。
もういいわ。




