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希望と絶望と、絶望と希望 8 ほんとうの朝

 ミニイちゃんのなにげない一言が、脳髄から足の先まで突き抜けていく。

 嘆くのは、全てを自分で確認してからだ。


 床に放られたパンを拾い、かじりつく。

 久々に食べたけど、うまい。ぱさぱさに乾いてどうしようもないけど、ほんとうに美味いんだ。


「少しだけスープを分けて欲しい」

「あんちゃん……!」

「シントお兄ちゃん!」


 暖かいスープを口にする。肉と野菜の旨味がたまらん。

 この兄妹はけっこう料理上手か?

 だったら最高の出会いだな。


「目が覚めたよ」


 二人は嬉しそうだ。

 

「まずは、その、ありがとう。君たちがいなかったら、俺は死んでいた」

「いいよ、そんなの。最初に助けてくれたのはあんちゃんだし」

「うん、そう」


 大きく息を吐く。肺から空気がなくなるまで出して、そして思い切り吸った。

 

「いまは何年の何月か、教えてくれ」

「えっと、十月? 480年の」

「ああ、十月だよ。もう少しで冬が来るから、食べ物とかを蓄えないと」

「その必要は、ない」


 冬が来る前に、いまの状況をなんとかする。


「反乱はいつ起こったの?」

「春ぐらい。三月だったはず」


 あの忌々しい思い出したくもない時からすると、おおよそ七カ月が経過しているようだ。一年以上がたっていなくて密かにほっとする。

 つまり、俺はあの地下でどうしてか半年以上寝ていた計算になるだろう。


「って、なんでそんなこと聞くんだよ」

「どうやら俺は半年以上死んでたみたい」

「……?」

「えっと……?」

「気にしないで」


 把握した。

 次はここがどこかってことだ。


「君たちが住んでた町って、なんて言うんだ?」

「バイデンサルだけど」

「帝都から近いのかな?」

「帝都は遠いと思う。ごめん、あんちゃん、あんまし地理がわかんなくて」

「一番近い大きな街は?」

「うーん……ライオナーだとは思う」


 ライオナー?

 けっこうでかい街のはずだ。位置は帝都の南西。フォールンからは北西に当たる。

 位置情報は得たけれど、アルテト村からはずいぶんと離れてしまったみたいだ。

 あれだけ地下を歩いて進んだのだから、それもそうか。


「おれ、来年からライオナーの魔法学校に行くことになってたんだ。でも、急に戦争が起きてさ」

「ラスカル君は魔法士か」

「うん、そうなんだ。たいした【才能】じゃないけど」


 持ってるだけで十分だと思う。

 なにせ俺には、なんの【才能】もないしね。


「饗団の軍が来て、領主さまが兵隊を集めて、戦いに行ったんだよ。でも、すぐにやられたって。それで、父ちゃんと母ちゃんがおれたちを逃がしたんだ」

「うん……この小屋はお母さんが使ってたの。狩りをする時にいつも寝泊まりしてたところで、わたしも何回か来てたし」


 そうだったか。

 彼らの母親は、ずいぶんと機転の利く人らしい。

 ここには一通りに生活に使えるものが揃ってる。


「後からここに来るって言ってたのに、来られなかったんだと思う」

「捕まったんだろうね」


 この兄妹は半年近くもここで生活していたわけだ。

 ほんとたくましいな。出会えたのは幸運以外のなにものでもない。


「他の国や場所のことはなにも?」

「うん」

「バイデンサルの状況はどう?」

「たまに見に行くけど、すぐ離れるからよくわかんない。ただ、兵隊さんたちがいっぱいいるの」


 ミニイちゃんは偵察までしているようだ。

 うーん、これは逸材発見か? いまはよそう。後回し。


「オッケー、話はわかった」

「あんちゃん、その」

「うん?」

「さっきは、その、ひどいこと言ってごめん」


 ラスカル君が申し訳なさそうに頭を下げる。


「気にしなくていい」

「でさ、その……」

「お父さんとお母さんを助けるって?」

「……」


 すごく頼みづらそう。

 いいさ。冒険者の流儀にのっとって、話を進めようと思う。


「俺は冒険者だ。依頼と報酬があって、動く」

「だったら依頼、する。報酬は……何年かかってでも!」

「報酬はもうもらった」

「え?」


 寝床と毛布と食事。そして喝を入れられてしまった。報酬としては十分だろう。


「町をなんとかする」

「あ、あんちゃん!」

「シントお兄ちゃん……」


 話すことも、やることもたくさんある。

 

「よし。じゃあさっそく」


 二人は、ごく、と息を呑んだ。


「寝よう」

「……はあ?」

「シントお兄ちゃん?」

「いやだって、食べたら眠くなったんだ。もう夜みたいだし、寝よう」

「ええ……作戦会議とかしないのかよ」

「それはあとだ」


 ということで、毛布をかぶる。


「二人も早めに寝たほうがいい」


 明日から忙しくなるかもしれないしね。


 だいじょうぶ。もう寒くない。

 ディジアさんとイリアさんを助ける。

 絶対にだ。


 

 ★★★★★★



 翌朝。

 目覚めはいい。すっきりした気分だ。

 ラスカル君とミニイちゃんが眠っている間に、自分の状況を確認する。


 手持ちの魔法を、大魔法を除き順に確認。

 ≪魔弾マダン≫を始めとした、使用頻度の高いものは問題なく……はないが、いける。要は出力を調整すればいいんだ。

 一方で空間や次元に干渉する魔法はまったく定まらず、通常運用は不可能だと感じた。


「飛翔も安定しないな……マシなほうではあるか」


 いちおうは飛べる。ただ気を抜くとスピードが出過ぎてぶっ飛んでしまうことがわかった。

 ≪漆黒ノ翼(マジックウイング)≫は複数の術式を繋ぎ合わせたものだから、余計に調整が難しい。


 属性系の魔法も発動できた。ただし、妙に乱れる時があって、前のようにはいかなかった。

 俺の身になにが起きたのか。

 いろいろ予想はできる。

 ただ、どれも確証を持てない。


「あんちゃん」


 ラスカル君が庭に出て来た。


「ラスカル君、おはよう」

「いまのって、魔法?」

「うん、そう」


 彼の目が輝いてる。


「すっげー! 無属性だけじゃないの?」


 おや? 俺が無属性の使い手だとわかったのか?


「だいたいの属性は使える」

「マジ? すごすぎる……」

「君はどの属性?」

「おれ、無属性なんだ」


 へえ? 無属性魔法の【才能】を持つ人間はけっこう少ない。

 またもや逸材発見? いやいや、だめだめ。そういうのは、あと。


「父ちゃんは土。属性が違うからあんまり教えられないって言われた」

「だから魔法学校に行く予定だったのか」


 魔法学校なら同じ属性の使い手がいるかもしれないし、そうでなくとも知識の蓄積がある。能力を伸ばしたいなら行くべきだろう。


「あんちゃん、おれに魔法を教えてほしいんだけど」


 思わぬ提案が来た。

 戦力の把握は重要なことだし、今日はそれを話そうと思っていたからちょうどいい。


「いま使える魔法は?」

「≪サイキネ≫。あとは≪インパクト≫」


 物を触れずに動かすのが≪サイキネ≫。衝撃波を作り出すのが≪インパクト≫だ。どちらも基本の魔法になる。この二つはとにかく汎用性が高い。


「でも、【才能】は一番下の【念動】だから、威力はあんまり。物を動かすのは便利なんだけど……」

「どっちが得意?」

「≪サイキネ≫の方だよ。父ちゃんが一つに絞って鍛えたほうがいいって言ってた」


 その言は正しい。


「選択と集中だね。お父さんは間違ってないよ」

「でも、≪サイキネ≫じゃ敵を倒せないじゃん」

「そう? じゃあ試してみよう」


 ラスカル君と距離をとる。


「俺も≪サイキネ≫とほぼ同じ魔法を使える。基本的なもので、たしかに殺傷力はない。でも、人は倒せる」

「ほんと?」

「ああ、いまから見せる」


 彼に、俺に向かって襲いかかるように言う。

 

「マジで? 殴っていいの?」

「本気で来てほしい」

「わかった……うおおおおおおお! 妹に手を出すなあああああああ!」


 うん?

 なんかいま変なこと言わなかった?


「≪物体ノ移動(ムーブイング)≫」


 魔力でできた見えざる手が、ラスカル君の足をつかむ。


「おわっ!」


 彼は見事につっかえ、思っていたよりもかなり派手に転んだ。


「いってえええええええええ! な、なんだよいまの!」

「君をコケさせた」

「つまり……≪サイキネ≫で?」

「うん、そう」

「物をつかんで動かすだけじゃないのかよ!」

「そうしたよ。君の足を掴んで、転ばせた」


 ラスカル君は目を見開き、自分の手を見つめた。


「いきなり足をとられたら大のおとなでもコケる。で、身動きのとれないところをぶん殴る。それでノックアウトだ」

「……」


 なんだかびっくりしているな。

 おそらく、彼は物をつかんで動かす、ということを盲目的に行っていたんだろう。


「次は君の番だ。≪サイキネ≫で掴んでほしい」

「あ、うん。≪サイキネ≫」


 魔法の発動がかなり速い。予想通り≪サイキネ≫だけをずっと練習してきたと思われる。

 でもかわす。


「え? 見えるの?」

「魔法の発動は気配を隠すことが難しいんだ。並みの剣士が相手でもウカツな発動では通じない。構えるのは詠唱寸前までしないこと。術式構築と魔力充填してから、狙えばいい」

「いや、ムズ……」

「でもそうしないと、死ぬかも」

「!?」


 ショックを受けているな。

 そういえば学校じゃどう教えるんだろうか。

 俺は我流だから、もしかしたら間違ってる?


「どれだけ練習しても足りない。いっぱしの魔法士になりたいなら一生練習しないとね」

「はへえ」


 ため息をつく彼だったが、表情を見るかぎり手応えはあっただろう。


「お兄ちゃんたちー! 朝ごはーん!」


 待ってました。

 メシにしたあと、話し合おうか。

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