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希望と絶望と、絶望と希望 7 死からの目覚め

 大剣の戦士セオドアが口にした言葉。

 鵜呑みにするなら、饗団が反乱を起こし、帝国が追い詰められていることになる。


 そんなことはありえない。

 闇の組織として裏で躍動していた饗団が戦争を起こしたというのか。


「帝国軍はなにを? それよりもラグナは? ガラル公国はどうなっているんですか! いったい戦争はいつ……」

「帝国軍は雑魚だろ。大戦から十年以上たっても持ち直せなかったんだからな。たいした抵抗もできずやられたって話だ」


 それは……そうかもしれないが。

 しかし、エリザベス皇女殿下がみすみすやられるとは思えない。グレンザー伯だっている。


「ガラルとラグナもそうとう押し込まれて、陥落寸前って聞いたぜ。とはいえ、最後に聞いたのはもう一か月以上前だしな。まともな情報が入ってこねえから、ほんとうかは知らん」


 一瞬、目の前が真っ暗になった。

 足ががくがくになって、立っていられない。


「あんちゃん……?」


 おかしい。

 俺は別の世界にでも来てしまったのか? それとも、別の時間にでも飛ばされた?


「おい、おまえさん、真っ青だぞ」

「俺の……ことはいい。それよりも、聞かせてくれ。フォールンは……どうなった?」

「フォールンは真っ先に制圧されたってよ。逆らう者は全員処刑されたと聞いた」


 全員、処刑?

 

「嘘だ!」

「お、おい。急になんだ」


 襟をつかむ。嘘だと言わせてやるんだ。


「そんなはずは、ない!」

「フォールンに家族がいるのか?」

「そうだ! あそこには……俺の」


 セオドアは目を伏せた。

 それがいっそう、嘘ではないことを物語る。

 いや、ありえないことだ。ウチのメンバーが、そんな。


「饗団は半年前に反乱を起こした。最初にマルセイニアで蜂起して、すぐさまフォールン、ベルザラントを次々押さえ、帝国を混乱させた。要所を抑えられたんだ。やられてとうぜんだろうが」

「……」

「気の毒、としか言えねえ」

「……」


 返答など、なに一つできない。


「話はこれでいいか?」

「……冒険者は……冒険者たちは」

「冒険者? ああ……饗団に入ったか、そうじゃねえ奴らは、やられただろうぜ。饗団のやつらは抵抗できる力を持ったモンを狩ってやがるからな」

「はあっ! はあっ……はあっ……」


 呼吸が、できない。

 冒険者がやられた? じゃあ、もう。


「……おれはもう戻る。おまえたちを無理に連れていきはしねえさ。だが、困ったら町に来い。おれの名前を出せば悪いようにはならねえよ」

「待って! 父ちゃんと母ちゃんは……無事なのか!」

「さあな。親父たちの名前は?」

「ルースとマーニャだ!」

「ああ、あの魔法士と狩人か。生きてるぜ。捕まってはいるがな」

「お兄ちゃん!」

「ああ! 生きてる! 父ちゃんと母ちゃん、生きてる!」


 喜ぶ兄妹を横目に、セオドアは去った。

 俺は、なにも言うことができず、ただ見送るだけ。

 

「ごめん……ちょっと、休むよ」

「え?」

「だいじょうぶ?」

「うん……小屋を……借りる」


 前が、よく見えない。

 また目がかすむ。


「俺は、なにを……どうしてこんな……」


 小屋に置いておいたディジアさんとイリアさんを見る。

 彼女たちはなにも言わない。


「みんな……」


 いなくなった。

 俺が集めた、最高の仲間たち。

 全員、消えてしまった。


「……」


 ぶつ、と音がして、全てが暗闇に包まれる。



 ★★★★★★



「……あれ? ここは?」

「あんちゃん……」

「シントおにいちゃん、だいじょうぶ?」


 ラスカル君とミニイちゃんがそばにいる。

 体には毛布がかけられていた。

 また迷惑をかけてしまったか。


「ごめん、いま――」


 起きようとして、手が震えた。


「さ、寒い」


 急な寒気がして、毛布をかぶりなおす。

 横になり、身を縮ませた。

 だめだ。それでもなお、寒い。


「あんちゃん、メシ食べる?」

「できてるよ?」

「あ、ああ……いや、君たちで食べるといいよ。俺は、だいじょうぶ」

「……」

「……」


 食欲はぜんぜんない。寒さだけを感じる。


「な、なあ、あんちゃんって魔法士なんだよな?」

「そう、だけど」

「しかも、すっげえ魔法士……ラグナの人なのか?」


 違う。


「父ちゃんと母ちゃんを……助けてほしいんだ」

「お兄ちゃん……いまそんなこと」


 助ける、か。


「頼むよ。あんなでかいおっさんに楽勝だったんだ。きっと町だって救える」


 救う?


「悪いけど……もう少しだけ、休ませてほしいんだ……」

「あ、うん。ごめん」

「いや、謝る必要はないよ」


 なにを言われても、起き上がれる気がしなかった。

 毛布を頭からかぶり、ただただ震える。


 ディジアさん、イリアさん……俺はどうすればいいんですか。

 みんなはもういない。ここがどこかもわからない。

 

 俺が外導神の自爆に巻き込まれてから、時間がたっているのは、きっと間違いないんだろう。

 どのくらい寝ていたのかは知らない。

 知らないけど、もう取り返しがつかない。

 饗団が反乱を起こして、帝国が滅びる。

 ラグナもガラルも陥落寸前だという。


 終わりだ。

 なにもかもが終わりだ。

 俺はまた独り。

 無理だよ。

 なにも考えられない。

 なにも。なにひとつ、思い浮かばない。



 ★★★★★★

 


 いったい何日過ぎただろうか。

 毛布をかぶったまま震え、眠りを何回も繰り返している。

 考えれば考えるだけ、後悔が募って、闇に包まれる。


 寒さは消えない。

 ディジアさんとイリアさんも元に姿に戻らない。

 

 そうしてまた一日二日と過ぎていく。

 少しも動けない。頭が働かないのだ。

 ずっと下の奥まで沈んでいく感覚。


 ディジアさんは魔神で、イリアさんは剣神だった。

 そして彼女たちは一度滅んだのだ。

 どうしてまた復活したのかは、俺には知りえないことだろうと思う。


 悔しい。悔しくて、しかたない。

 人類は守られ、外導神の欠片たるモンスターをも辺境に追い出し、繁栄した。

 しかしどうだ?

 それから人間は、なにをしていた?


 反乱、戦争。

 そんなくだらないことに命を浪費するのか?


 外導神は、全人類を家畜と化そうとしていた。

 では饗団もそれを願っているとでも?


 ほんとうにくだらない。くだらなくて、泣きそうだ。

 ディジアさんとイリアさんは、俺のそばにいた。人類を守って滅んだというのに、二人は明るくて、楽しそうで。

 でも、いまはなにを話しかけても、なにも言ってくれない。

 大切な、家族同然の仲間たちももういない。

 もうだめだ。もう――


「なあ、あんちゃん」


 ラスカル君が声をかけてくる。


「せめて水だけでも飲んだほうがいいよ。なにも口にしてないだろ?」

「……そう、だね」

「ずっと寝てたら、体に悪いだろうし……」

「……ほんとうに、ごめん。もし邪魔なら……出て行くよ」


 食糧だって、無限じゃない。

 俺は、出ていくべきだろう。


「そんなつもりで言ったわけじゃないよ」

「いや、いいんだ。わかってる」


 起きようとして、崩れる。

 腕に力が入らないな。ずいぶんと体力が落ちている。


「言わんこっちゃない。ちゃんと食べてくれよ」

「食欲が、ないんだ。それと……寒い。寒くて、たまらない」

「……」


 ラスカル君が顔をそむけた。


「いつまでそうしてんだよ」

「え……?」

「寝言で言ってた。ディジアとかイリアって名前。大事な人なんだろ?」

「そう、だけど」

「死んだの?」

「!!」


 いいや、二人はまだ生きてる。テーブルの上にいるんだ。

 気配は小さいけれど、たしかにある。


「違うんなら、なんで会いにいかないんだよ!」


 彼は強引に俺の毛布をはいだ。


「おれだって……父ちゃんと母ちゃんがどうしているかって思うと……でも、おれなんかじゃ助けにいっても殺される! 力がないってわかってんだ!」

「ラスカル君、なにを」

「あんちゃんはすごい強いんだろ! こんなとこで寝てていいのかよ!」


 いいわけない。けど、だめなんだ。もう俺は、死んだほうがいい。


「勝手なことを言わないでくれ。やりたくてもできないんだ。寒くてどうしようもないんだよ」

「でもあんちゃんは生きてるだろうが!」

「もう終わりだ。なにも! なにも考えたくないんだよ!」

「そんなこと知るか! いいからメシを食え!」


 ラスカル君が野菜を掴んで、俺の口に押し込んでくる。

 

「やめ――」

「やめない! やめてほしかったら魔法でおれを殺せばいいだろ!」


 そんなことできるはずもない。

 彼は必死の形相だ。

 たぶん、このままだと俺が殺されるだろう。それも、あるいはいいかもしれない。生きていたって、どうせ――


「お兄ちゃん!」


 ドアが開かれて、ミニイちゃんが現れた。


「なにしてるの!」

「ミニイ! 離せよ!」

「お兄ちゃんの、ばかっ!」


 固く握られた拳が、ラスカル君に炸裂した。

 ミニイちゃんは想像以上に強い。


「ってぇ……」

「シントお兄ちゃんはつらいんだよ! それなのに!」

「……」

「この前、フォールンのこと言ってたし、そこに住んでたんでしょ?」


 聞かれて、かろうじてうなずく。


「大都市の人なら、シントお兄ちゃんはプレイボーイだもん。きっと何人も女の人、待ってるはずだもん」


 んー?


「彼女、いっぱいいて、みんな、死んだかもしれないって、そんな、ひどすぎるもん」


 ミニイちゃんが泣いている。

 いや、なんかちょっとおかしくない?


「それなのに、お兄ちゃんは自分のことばっかり! シントお兄ちゃんを責めたって、お父さんとお母さんが助かるわけじゃないでしょ! このっ!」

「いてててて! やめろって!」


 彼女がいっぱい? しかもぷれいぼーいってさ。

 大都市に住む男を盛大に勘違いしているような気がする。

 

 だけど、妙に胸が熱くなる。

 なんだろう? いまなにか、わかったような。


「……ふっ」


 遅れて込み上げてきた。

 なんだその勘違い。


「ふふ……」

「シントお兄ちゃん……?」


 おかしいな。

 笑える。

 まったく、そうだよね。


「ミニイちゃん、それは違うよ。俺は彼女なんていないしね」

「そうなの? でも、そんなにかっこいいのに」

「え? ミニイ?」

「あ! いまのなし! なしじゃないけど、なし!」


 ミニイちゃんは顔を真っ赤にして、あうう、といった感じで顔を隠した。

 反応が面白くて、さらに笑顔になりそうだ。


 だが、彼女の言うことは全部が間違っているわけじゃない。

 女の人が待ってる、か。

 まあウチのギルドは女性の比率が高いし? 女性冒険者のみのギルド、なんて思われているし?


「俺はほんとにバカだな」


 なにを勘違いしていたのだろうか。

 俺が集めたメンバーは、簡単にやられるようなタマじゃない。

 そんなの、わかりきっていたことだ。


 物言わぬディジアさんとイリアさんを見る。

 彼女たちだって、もしかしたら俺を待っているかもしれない。


 いつから勘違いしていたんだろうな。

 急に目が冴えてくる。


 そうだ。

 なんとなく、自分の中の想いがわかってくる。俺はなんのために旅をして、フォールンにたどり着き、冒険者として生きてきたんだ?


 まったく、今までのぐちぐち考えてたことが全部吹き飛んだよ。

 そう、俺は別にプレイボーイじゃない。そこは大事なことだから、ちゃんと否定しておく。

 

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