希望と絶望と、絶望と希望 5 新しき世界へ
足がうまく動かないな。
前もよく見えない。
「ふらふらではないか」
「あ、いえ……」
「ここを出て、外導神を崇めるものどもと戦うのか?」
わからない。決められない。
でも、首を縦に振った。
きっと饗団は、ディジアさんとイリアさんが生きているとわかったら、消しにくる。それだけはやらせない。絶対にだ。
「もしも……そうだな。力が必要ならば『神の子』を探すといいだろう。無論、【神格】もだが」
「神の子?」
正直、興味はない。いや、興味がないというより、なにも考えたくないんだ。
「いまの時代には、伝わっていないようだな」
「そう、ですね」
聞いたことはない。
「私がいた時代に、大陸の東方で神の子が生まれたという。その者は少なくとも三つの【才能】を持っていたと聞く」
「三つ……? それは、すごい……ですね」
「神の子は剣神教団に入り、至宝として扱われていた。おそらく子孫がいるはず。当たってみるのも、悪くはあるまい」
それは【才能】が受け継がれていたら、の話だ。
きっと可能性は低いだろう。そんな気がした。
「アルレエスさん、また来ても?」
「来ても構わないが、また私が起動するとも限らぬよ。それに……ここは私の墓場のようなもの。本来は生者が来るところではない」
「あなたはここで?」
「うむ。できれば静かに眠らせてほしいところではあるが……来たければ、来るがいい」
「はい。ありがとうございます」
頭を下げる。
下げた瞬間、気を失いそうになった。
「出口を、教えてください」
「開けよう」
俺が入ってきたところとは別の壁が動き、扉が出現した。
出ようとして、足を止める。
「アルレエスさんも、あの映像を見たのですよね?」
「そうだ」
「あなたは、発狂した?」
彼は答えない。
「すいません。バカなことを聞きました」
「そのようなことはない。達者でな、若人」
「ええ、あなたも……っていうのは変ですね」
「そうだな」
最後の最後で、彼は笑みを見せてくれた。
再び足を進める。もう振り返ることはしない。
すぐに階段が現れる。
一歩一歩踏み、少しずつ進んだ。
見たモノが頭から離れない。
「こんなんじゃだめだ。気合を入れろ。二人を早く、復活させないと」
ディジアさんとイリアさんはかなりの魔力を失ったと推測される。
力を供給する手段を考えなければならない。
光が見えて来た。間違いなく太陽の光だ。
暖かい日差し。
もう春だから、気温はちょうどいい。
やっと外に出れた。
空気を思い切り吸う。
でも、なにも変わらない。頭も心も晴れない。
「ここはどこだろう?」
森の中だ。
アルレエスさんはなんて言ってたっけ。
語感から察するに、古代の地名っぽかった。
アルテト村の近くだとは思うが。
多少は魔力が戻っているし、瞬間移動で行くか。
まずはギルドに戻る。みんなに話して、それで、饗団を――
また意識が遠のいてくる。
気を失うのは、帰ってからだ。
すぐに魔法を発動。
「≪空間ノ跳躍≫」
あれ?
発動しない?
移動先は指定できた。
術式も正確だ。
「も一回、≪空間ノ跳躍≫」
まただ。うまくいかない。
なんだこの倦怠感。
魔法は、発動したはずだ。
なにかこう、詰まってしまったものの最後の一押しが出ない感じだと思う。
「だったら、飛翔だ。≪漆黒ノ翼≫!」
黒の翼が生まれ、宙に浮く……んだけど、消えたり出てきたりして、まったく安定しない。
だめだ。まともに運用できないんじゃ、使えない。
「疲れているのか……?」
言い訳はしたくないけれど、いまの俺は、最悪の状態なんだと思う。
「食事したい。近くに誰かいないかな。村でも町でもいいんだけど」
俺が出てきた場所は、かなり寂れた小さな社だった。
こんなのが出入り口なんて、誰も気づかないだろう。
場を離れ、あてどもなく歩き始める。
どこまでも森が続く。
このままだと日が暮れてしまう。それは避けたい。
さらに進む。
飛翔できないのがもどかしい。ここがどこなのか、まったくわからないのだ。
やがて、遠くから声が聞こえた。
なんだろう? 言い争っている声だ。
ふらつく足を叱咤して、急ぐ。
あれは、小屋か?
木々の間から、小屋が見えた。
人がいる。
ほっとした。
「離せ! 離せよ!」
「お兄ちゃん!」
「くそっ! 妹に触んな! クズやろう!」
「はあ? クズとはまた、ずいぶんと言いやがる」
揉めているようだ。
武装した男たちが四人ほど。
彼らは少年と女の子を抑え込んで、動けないようにしている。
冒険者か? それとも野盗の類だろうか?
ともあれ、食事ができるチャンスかもしれない。
「待っ――うおおおおお!」
木の根!?
走ろうとして足を取られた。
目が回る。
俺は縦に回転しているみたいだ。っと、冷静に考えている場合じゃない。これはまずい。
「いたた……」
「ああん? なんだこいつ」
「野人……なのか?」
転がり落ちて、男たちの前で止まる。
修羅場の中に放り出されたかっこうだ。
とりあえず立つ。
最初からやり直したい気分になる。
やり直したらだめかな。
「おい! なんだてめえ!」
「つーかこいつ……」
「ひゃあああああああああ!」
悲鳴を上げたのは、女の子だった。
たぶん、十二、三歳くらい。
背中に弓を装備している。
「あんた! 妹にナニ見せてんだよ! なんで服着てないわけ!?」
少年に怒られてしまう。
あ、そーだった。俺、すっぱだかだった。
「ちょっとタイム」
森の中なら、なんとかなる。
あったあった。これを腰に巻けば問題ないだろう。
木に巻き付いていた蔓を使う。葉っぱもついているから、簡易的な服となるだろう。
「マジでなんなんだこいつ」
「ボコッちまおう。奴隷にしてやる」
男たちが武器を抜く。剣が二人。斧が二人。魔力は低い。魔法士ではないだろう。
会話もせずに襲いかかってくる。問答は無用なようだ。
「うおらあ!」
遅い。遅すぎる。
「ごらあっ!」
これも遅い。
「なんだこの動き……」
「ぬるっとしてきめぇ!」
四人のアタックを全てかわす。
疲労の極致だと思ったが、体を動いている。
むしろ、疲れているからこそ、無駄な動きをせずにすんでいるのかもしれない。
一番近くにいた男の顔をつかみ、地面に叩きつける。
魔法を使うまでもない。
「もういっちょ!」
右腕を軽く振って、手先をならず者のあごにかすらせた。
「あ……?」
かくんとひざを突いて倒れる。これで二人目。
「こ、こいつ! やべえ!」
「くそが!」
残る二人が逃げようとする。
「待て。お仲間を連れて行け。邪魔だ」
「くっ……覚えてろよ!」
「てめえなんぞ!」
と、彼らは仲間をかついで走り去った。
なんかわかりやすくていいな。
「ふう」
なんとかなった。
額の汗をぬぐう。
ちょっと疲れた。
「あのー」
声をかけてきたのは、女の子だ。だがその視線は、俺の腰のところに向けられている。
「あ、俺はシン――」
これは……まずい。
急に視界が、真っ暗になった。
★★★★★★
とてもいい匂いがする。
肉の焼ける香りだ。
目を開ける。
年季を感じさせる傷みの目立つ天井が見えた。
「……」
横たわったまま、左右を確認する。
小屋の中のようだ。
暖炉がちゃんとあって、ナベがかけられている。
「もうちょっとかな」
「まだ? もうマジで腹減ったんだけど」
「うるさいなー、待っててよ」
十四、五歳の少年と、女の子。
さっき襲われていた二人だ。
「俺にも、一杯もらえる?」
「あんちゃん! 起きたのか!」
「世話をかけたみたいだ。ありがとう」
体がだるい。
起きるのだけでも一苦労だ。
「いきなり倒れるし、びっくりしたんだぜ」
少年は目がくりくりした生意気そうな感じ。
「死んだかと思ったもん」
ツインテールに髪を編んだ女の子がため息をした。
二人とも、鉄の胸当てや小手、革のブーツと冒険者風のかっこうをしている。
「俺はシント・アーナズ」
「おれ、ラスカル。こっちは妹のミニイ」
「ラスカル君に、ミニイちゃんか」
生きてる人と会うのは何日ぶりだろう。
あれからどのくらい経ったのかな。目が覚めたところから五日か、六日。いや、わからない。時間の感覚がおかしくなっていたし。
「はい、シントお兄ちゃん」
「ありがとう」
渡されたスープを器に口をつけて飲む。
行儀が悪いのは百も承知。
「うっ……ぐはっ、ごふっ」
「一気に飲みすぎ」
喉に詰まった。
だけど、生き返る。胃に熱い栄養が染み渡るようだ。
「まだあるよ?」
「ごめん、もう一杯だけ……」
急に力が抜けて、お椀を落としてしまう。
安心したせいか、猛烈な眠気が襲ってきた。
いま起きたばかりなのに。
もしかして、あの『ヌルンヌ』とかいう草の実のせいか?
食べるんじゃなかった。
うぐ……
「え? あんちゃん?」
「うそ! そんなに不味かった!?」
それは勘違いだ。
そう言いたかったのに、意識が途切れた。




