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希望と絶望と、絶望と希望 4 神は死んだ

 新たに見えるその光景は、俺が体験した戦争――モンスターウォーズを何倍も広げたものだ。

 見たことのない化け物たち。それに抗う人間たち。

 剣と魔法が乱れ飛び、怪物たちの爪や牙が乱舞する。


 映像だから、鼻は効かない。でも、大量に流れるどす黒い血が匂いを錯覚させる。

 これは大戦争。まさに神話の戦いだ。


 俺がいる場所は、戦場を見渡す丘の上。

 辺りに人とモンスターはいないようだが。


「なんっ……」


 空を見て言葉に詰まる。

 でかい。でかすぎる。


 山をも越える大きさの『なにか』が天から降臨してきた。

 あの面は忘れるはずもない。

 地獄そのものを体現し、漆黒のオーラをまとう。

 赤黒く明滅する外骨格はどんな剣でも傷つけられそうにない。


 スケールの桁が違いすぎる。

 あんなもの、どうやって倒せばいいんだ。


「でも、そんなのは問題じゃない! どうでもいい!」


 俺の考えが合っているなら、次に現れるのは。


「ああ……やっぱり」


 巨大な空間の裂け目が出現する。

 そこから姿を現したのは、ディジアさんだ。

 神々しくも禍々しい黒の冠。そして、鎧。戦闘用のいでたちなのは明らかだ。


 そのサイズは、外導神よりも小さいが、山ほどもある。

 さらに事象は続いた。


 ごく小さい、人間サイズの空間断裂。

 現れるのはとうぜん、イリアさんだ。

 光り輝く冠と、ドレスを模した鎧。目もくらむほどのまばゆい光剣。

 彼女は人間の大きさのまま、ディジアさんの肩に乗り、外導神をにらみつけている。


「これが、神話の戦い」


 目をつむりたかった。ここから逃げ出したかった。

 でも、それはできない。足は、固まったまま、ぴくりとも動かなかった。


 俺のことなどお構いなしに、戦いは始まってしまう。

 ディジアさんの使う魔法から、わずかにも目が離せない。

 突如として現れる暗黒の剣。さらには漆黒の雷。余波だけで数万のモンスターを蹴散らす。次いで放たれる黒炎、土柱、空刃。

 どれもが人知からかけ離れた超特大の魔法。見惚れるくらいに綺麗な術式が次々現れ、奇跡を起こしている。


 しかし、外導神を仕留めるには至らない。効いてはいるようだが、ぶ厚い障壁が威力をかなり中和しているようだった。


「なんて魔法なんだ。でも」


 外導神の攻撃も熾烈。生成された金属の巨大な杭が飛び、空間を歪められるほどの衝撃波が発生する。

 ディジアさんはそれを見事に防御するが、続けて放たれる光雷が彼女を撃った。


『ぐうっ……イリア! いま!』


 俺の眼には、外導神の障壁が薄くなったように見える。

 光輝なる姿のイリアさんは剣を突き出し、すさまじいスピードでシールドを突き破った。


「ううっ!」


 急に視点が変わる。

 これまでの遠目で見るものではなく、誰かの視点だ。言うまでもなくイリアさんのもの。

 息づかいと揺れが伝わってくる。


 脈動する壁やオブジェは血なまぐささをかもし出す。

 外導神の内部に侵入したのか。


『邪魔っ!』


 襲い来るモンスターどもを一刀のもとに切り裂く。

 奇怪な声を上げて、四足歩行の、牙だらけのモンスターが絶命した。

 体の中にもモンスターか。内臓から生まれているようだが、気味が悪すぎて、反吐が出そうだ。


 イリアさんは走るのをやめない。

 背から生える光の翼は、その美しさは、神の姿に相違ない。


「やっぱり二人は魔神で、剣神」


 衝撃的な事実に、目がくらむ。

 神はいたのだ。そして俺は、ほんとうにバカだ。すぐそばにいたのに、なに一つ気づけなかった。


『……なんてことなの!?』


 しかしその悔恨もつかの間のこと。

 壁を斬って突破した先には、信じがたい光景があった。

 卵型のなにか。一つ一つは人間の大人ほどの大きさだ。

 

『そんな……こんなことって』


 中に入っているのは、人間だ。あるいは人間に見えるだけで違う生き物かもしれないが、普通の人間に見える。

 透明な液体に満たされたポッドの中に人がいて――


『眠って……ありえないわ。邪導……悪神!』


 なんのために人が捕らえられているかは、正直わからない。

 わからないが、ひどくろくでもない、最悪の状態だってのはわかる。


『わたしは……』


 イリアさんはほんの少しの間目をつむり、開けた。


『うう……うううわあああああああああああああああああああああ!!』


 果てしない怒りが伝わってくる。

 見ているだけの俺も、目の前が真っ赤に染まった。


 外導神はおそらく、人間を家畜にしているのだ。

 卵に閉じ込めて、魔力を吸う。

 吸いきったりはしない。死んでしまうからだ。

 生かさず殺さず。バカでもわかること。


 怒りに燃えるイリアさんは、突進を開始する。

 いくつもの壁を突破し、数万ものモンスターを屠り、満身創痍の状態になりながらも、ついにたどり着いた。


『これが……核! 破壊すれば終わり!』


 巨魔大晶を何千倍も大きくした魔力の塊が、そこにある。

 真紅の巨大結晶は、鉱物じみているにも関わらず鳴動していた。


『わたしたちの世界を! 踏みにじらせたりしない!』


 光剣を振り上げたその時。


『あがっ……!』


 核から出る波動が、イリアさんの体を打つ。

 鼓動がそのまま衝撃になっている。

 さらには壁から生み出されたモンスターの大群が彼女を襲った。


「イリアさん!? 危ない!」

『こん……にゃろおおおおおおおおおおおおおお!』


 全身から光が放たれて、吹き飛ぶ。

 剣を構え、突撃だ。

 ガギィィィィィィィン! という音が耳を撃つ。


 核に剣は刺さらない。固すぎる。

 イリアさんは一瞬驚き、すぐに方法を変えた。

 核からつながる管を全て斬り、大きく息を吸う。


『これだけは――っ!』


 体ごと核にぶつかり、押し込める。

 外導神の内臓はもうめちゃくちゃだろう。

 イリアさんと邪神の核はどこまでも突き抜けていって――外に飛び出てしまった。


『……はあっ……はあ……は……』


 呼吸が……どんどん小さくなっていく。

 だめだ。いま目を閉じてはいけない。


『ディジア……ごめん。あと……頼んだ』


 嘘だ。

 激しい、とても激しい痛みが俺を襲う。


 イリアさんは粒子となって弾けた。

 欠片たちが飛び散り、広がってゆく。

 ずっと戦い続け、最奥に着いてからも至近距離からあれだけの衝撃をくらい続けたんだ。

 そんなの、いくら女神でも無理しすぎなんだよ。


「くそっ! なんとかできないのか! これがただの映像だってのはわかってる! でも!」


 またしても暗転。光景がめまぐるしく変わる。

 ディジアさんは外導神と激戦を繰り広げていた。


 核を失っても、邪神は攻勢を止めない。

 目から赤い光線を放ち、ディジアさんをさんざんに苦しめる。


『くっ……≪次元……断裂斬≫!』


 空間ごと斬り裂く大魔法が発動。

 外導神の肉体が、頭、腕、胴、足とバラバラになった。


「やった!」


 しかし、俺の歓喜はなんの意味もなかった。

 バラバラになった外導神は、それぞれのパーツが独立して動き、ディジアさんに襲いかかる。


『うぐっ!』


 両手が彼女の首を絞め始めた。

 足はその場で暴れ回り、戦場をやたらめったら破壊する。


『イリア……わたくしも、あなたのもとに』


 ディジアさんはもうイリアさんが滅んだことをわかっている。

 巨大な悲しみが伝わってきて、全身が裂かれそうだ。


『いきます……最後の、魔法! ≪次元超越オメガ……大跳躍ジャンプ≫!!』


 戦争は終わりだ。

 ディジアさんが使用した魔法は、外導神のそれぞれのパーツ一つ一つを別の世界に送った。

 出入り口はすぐさま消えて、それがそのまま封印となる。


『……これで……』


 ディジアさんは倒れ込み、イリアさんと同じく粒子となって弾ける。

 その欠片たちは地に降りそそぎ、同時にモンスターたちは逃げ出した。


 二人は世界を救った。

 自分達の存在と引き換えに、世界を守った。


「ううう……うあああ……」


 その場に倒れこむ。

 力が、入らない。

 とめどなく涙が溢れてくる。


「う……」


 俺はなんて愚かなんだ。

 たしかにこれは、マスクバロンに聞かされた神話だろうよ。

 だけど、そんなことはどうでもいい。

 

「ディジアさん、イリアさん……俺は……」


 神などいない?

 人の作り出した偶像?

 魔神と剣神は、いた。しかも、俺のすぐそばに。

 なのに俺は――


「ううううおおおおおおおあああああああああああああああああああっ!」


 彼女たちは人類を滅ぼそうとする存在を止めた。俺たちは救われた。

 なのに、なのに、感謝することもせず、のうのうと暮らして……

 なんの疑問も持たず、間違った神話を刷り込まれ、それが普通だと?

 ありえない……こんなこと、ありえないんだ!


「見終わったようだな」


 映像は終わる。

 でも、立ち上がれそうにない。


「アル、レエス、さん」

「私はとてつもなく古い遺跡で、この記憶を見つけた」

「……」

「ヘルムリットは、途中で見るのをやめておったよ。信じたくなかったのであろう。この映像を二度と見られぬよう破壊しろとも言っておったな」


 信仰の厚い人間ほど、こんな映像は見たくないだろう。見たあとでも、信じたくないだろう。


「私の【才能】は術式を抽出できる。遺跡にあった装置を破壊する前に、この映像――つまり術式を抽出し、保存。その後に誰も見られぬよう、装置を破壊した」


 俺は四つん這いの状態になったまま、動けない。アルレエスさんの言うことは理解できるが、返事をできそうになかった。


「この姿も、それを応用したものだ。【神格】疑剣サナトゥスの術式を一部流用しておる」

「そう……だったんですね」


 アルレエスさんが、俺の肩に手を置く。


「女神たちの欠片の大きいものが【神格】となり、各地に散った。生き残った人々はそれらを集めつつ、邪神が閉じ込められた場所を封印したのだ。決して、解かれぬように」


 彼は説明を続けた。


「しかしモンスターは消えなかった。外導神は封印されただけで、滅んではいない。【神格】が女神の欠片なら、モンスターは外導神の欠片のようなもの。本体を滅しないかぎり、絶滅させることはかなわぬ」

「……」

「心を保てないか?」

「……違う。違うんだ」

「違う、とは?」


 これまでに体験した様々なことが、頭の中をぐちゃぐちゃに駆け巡る。

 手に持っているぼろぼろの小さな手帳と刃の欠けた小ぶりなナイフを見た。


「ディジアさん、イリアさん」


 謝らないと。

 せめて俺だけでも。


「若人よ、真実を知って、これからどうする?」

「わかりません。なにをすべきなのかなんて……」

「ふむ……」

「とにかく、謝らないと」

「謝る? 誰にだ?」

「ディジアさんと……イリアさんに」


 アルレエスさんは俺をじっと見つめ、なにかを言いかける。


「仲間のもとに、戻ります。きっとみんな、心配してる、から」

「……そうか」


 かろうじて、立つ。

 とどまることはできない。これから仲間たちと今後のことを話さないと……


「無理をするな。少し休んでいけばよい」

「……いえ」


 無理をしないなんて、無理だ。

 どれだけ体が重くとも、頭が割れそうでも、行かないと。

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