希望と絶望と、絶望と希望 1 ここはどこですか?
「……っ!?」
息が苦しい!
ていうか息ができない!
目を開けてもがく。
なんだこれ。
なんで俺、こんなところに?
もがいてもがいて、膜のようなものを無理やり破り裂いて、外に半身を出す。
そして、思い切り込み上げてくるものを吐き出した。
「う……えええええええええええええ! がはっ! ぐうはっ!」
喉の奥からとめどなく液体が流れ出る。
「ひゅー……ひゅー……」
出し切ると、ようやく呼吸ができた。
「なん……ぬるぬる……?」
全身がぬるぬるの液体に覆われている。
生暖かく、妙な匂いだ。
俺はどうしたんだろう。
死んだ、と思っていたが、そうではないようだ。
「なにこれ?」
ベッドに寝かされているわけではないらしい。
まるで繭みたいな丸い物体の中で、俺は横たわっていたのだ。
頭を抱えるしかない。
なにが起きたのか、想像すら追いつかないのだった。
「そうだ! ディジアさんとイリアさん!」
体がぎしぎしと音を立てて、きしむ。
筋肉痛みたいな痛みだ。だけど気にしてはいられない。
「ディジアさん! イリアさん! どこですか!」
返事はない。
というかここはどこだ。
見渡す限り、壁。天然の洞窟っぽい。
そばには小川があり、さらさらと水が流れる。
「明るい……コケが光っているのか」
奇妙な場所だ。肌で感じる気温は暖かく、過ごしやすい。
いや待て。
俺、裸じゃないか?
これには慌てる。
何度確認しても、裸。裸体だ。
なんなのか、マジでよくわからない。
ただ焦燥感ばかりが募っていく。
「ディジアさんとイリアさんは……どこだ? どこにいるんだ!」
二人は絶対に生きているはずなんだ。
なんとなく感じる。
どこかに……ハッ!?
俺が寝ていた繭のそばに、なにかが落ちている。
恐る恐る確認してみると――
「ディジアさん……イリアさん……」
手の平サイズしかないボロボロの手帳と、刃が欠けまくった果物ナイフが、あった。
「なんて姿に」
拾う。
話しかけても、返事はない。ぷるぷる震えるのみだ。
そうとうに力を失っている。まずい事態だと思う。
「しかし」
あのあと、なにがあったんだろう。
「外導神は自爆した。そのあとは、どうなったんだ?」
障壁は張って、防ぎきった?
いや、俺は、やられた。それは間違いない。
思い出しただけで、吐き気がする。
己の油断が招いた最悪の結果だ。
それに、そもそもこの変な繭はなんだ?
なんで俺はこんな場所で寝てる?
アルテト村じゃないのか?
「考えてもしかたない。早く……戻らないと」
体力はかなり消耗している。腹は減っているし、さっきからゴウゴウと鳴りっぱなしだ。
まずは水。水を口にしよう。
小川に口をつけ、飲みまくる。
「うまい……生き返る」
少しばかりぬるいけど、十分だ。
「ここがどこだか知らないけど、さっさと出る」
小川沿いに進む。
きっとみんな心配してるから、すぐに戻りたい。
★★★★★★
「終わりがないのか?」
行けども行けども、終点が見えない。
どこかもわからず、いつまで歩けばいいのか。
歩き出してから、たぶん三日か、四日は過ぎてる?
いや、もっとかも。
「でも、この小川に沿っていけば」
川が少しずつ細くなっているような。
道も徐々に上向いていて、地表に近づいている……気がする。
出口がないなんて、考えたくもないが。
「魔力がもう枯れる寸前だ……」
魔法をぶっ放して壁や天井を破壊できたらいいが、そんな余力はなかった。
ましてや≪空間ノ跳躍≫なんて無理が過ぎる。
なにも使えない状態で、さらに歩き続けた。
水を飲んで、寝て、起きて、歩いて……
何日繰り返したのか。
力がもう尽きるだろう。
かすむ目をこする。
「あれ? 入口……扉?」
幻じゃないよね?
扉だよね? そうだよね?
走る。
明らかに扉。鉄でできた重苦しいドアを開ける。
「家……ふうっ」
安心する。
照明が点いたままの、誰かの家だ。
「す、すみませーん! 誰かいませんかー!」
大声を絞り出す。
もうほんと、最後の力だと思う。
「誰もいない、のか?」
よくよく見ると、照明こそ生きてはいるが、棚もテーブルも埃だらけ。もう何百年も誰も来てないって感じだ。
本がたくさんあって、魔導具らしきもの、実験器具らしきものもいっぱいある。
「やっぱり幻……? はあっ……はあっ……」
せめて、なんでもいいんで食べ物がほしい。
ふらつく足はそろそろ言うことを聞きそうにない。
このままじゃ、ほんとうにまずい。
「ん? 草……草の匂いだ!」
絶望の中に希望の光が灯る。
もしかしたら食べられる草かもしれない。
歩いてきた洞窟には光るコケしかなかった。
一応食べてみたけど、口をつけたとたん唇が痺れたので、さすがに断念したのだ。
目がかすみすぎてほとんど見えないから、匂いをたよりに近づく。
緑色がかすかに見えてきた。
「おお」
目をこすって、喝を入れる。
ガラスの容器を突き破って育った草が壁一面に広がっていた。
なんだかうねうねしていてキモイのだが、ところどころに実をつけていて、食べられそう。
「やっと、固形物が口に……入る」
赤黒い実をもぎとり、食べる。
咀嚼していくとカビのような最悪の香りが鼻を突き抜け、酸っぱさと極悪な苦さが口内にまんべんなく広がる。
「うん……はあっ……こ、これ、は!」
味覚が鈍感にでもなっていたのか、遅れてやってくる地獄。
「ぐうっ……マジで……ひどいっ! ずっと……ひどい目にあってばかりっ! だっ!」
意識が遠のいていく。
せっかく生き延びたんだ。死んでたまるか。もう二度と、あんな、思いは……うっぐおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……
★★★★★★
「若人よ、起きろ」
どこからか、声がする。
「ほら、起きんか。裸の若人」
「うっ……」
聞き覚えのない声。誰だろう。
目を開ける。
やっぱり、知らない人だ。
「起きたか」
「はい……」
「ここでよく寝られるものよ」
「あ、いえ、暖かいですし、ぜんぜんマシですよ」
「そなたはいったいどのような生活を送っておるのだ」
見た目は六十歳くらいか。ウチのおじい様より老けてる……って、あの人は歳の割に若いから、当てにならないな。
厚手のローブを着ていて、白くふさふさしたヒゲだ。
それと透けてる…………透けてる!?
「どうした?」
「いえ。すみませんでした。勝手にここで寝てしまって。あなたの家、なのですよね?」
頭を下げる。どんな存在であれ、話せる人間だ。礼はするべきだろう。
「ふむ。多少は礼儀を持っておるようだ。まあ、服を着ていないのは大目にみよう」
「ありがとうございます」
なんだか安心して、立ち上がった。
空腹感はかなりなくなり、疲労が和らいでいる。
ただ、胃がかなりむかついてる。吐き気が消えないんだよな。
あのクソまずい草の実のせいなのは、まず間違いない。
「で、どうしてここにいるのだ。どうやって来た。なぜ、寝ておった?」
質問が多い。
「寝ていたのは、精魂尽き果てそうになって、それであの実を食べたところ意識を失いまして」
「……アレを食ったのか。勇気を通り越して蛮行だな」
「そんなに危ないモノだったのですか!?」
「危ない……わけではない。アレは私が栽培していた魔力強壮剤。その素材よ。ヌルンヌの草といって、特殊な環境でなくては生育しない。生でその実を食べればおおいに魔力が回復する効果を持っておる」
内心でほっとする。
すごい効能だ。魔力を回復できる薬や植物はかなり希少なのだ。
「だが副作用として吐き気が丸一日続き、目が血走り、頭がおかしくなる」
「おいいいいいいいいいいいいいいいい!」
十分に危ないでしょうが! なんてもん栽培してんのよ!
「死にはせん。だいじょうぶだ」
「くっ……ひどすぎる」
「勝手に食べておいて、なんという言い草よ」
それについては反論できない。
「すみません、失言でした」
「はっはっは」
めっちゃ笑ってる。
からかわれたか。
「俺はシント・アーナズという者です。あなたは……」
「アルレエス。その残響、といったところだ」
ん?
聞き間違いか? それとも同名?
まさかな。そんなはずない。
「人違いでしたら申し訳ないのですけれど、【神格】研究の第一人者と呼ばれる、あの? それとも同名?」
「【神格】研究の第一人者、というなら、それで間違ってはおらんな」
「えーーーーーーーーーーーーーーー!?」
大声を出してしまった。
まさかのアルレエスだって!?




