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ミッションの終わり 6 『Sword and Magic of Time』アークス

 アリステラじゃあるまいし、と遠くでラナに言われた『魔剣姫まけんき』アリステラは盛大にくしゃみをかましていた。


「……?」


 妙な予感がして、席を立つ。


「マスター、どちらへ行かれるのですか?」


 受け付けに座るメリアムが声をかけてきたので、立ち止まった。


「ちょっと、食事」


 彼女はいま、南方の大都市アークスにある支部にいた。

 今週は彼女が支部を預かるローテーションであり、他にもアテナ、セレーネ、ヴィクトリア、クロード、ガディスがここへ来ている。


「ミコとミリアは?」

「庭で遊んでいると思いますわ」


 うなずいたアリステラは外に出る。

 庭ではメリアムの言ったとおり、ミリアとミコが遊んでいる……のだが、もう一人混じっている者がいた。


「わたしの勝ちなんだぞ!」

「ずっるーい!」

「ヴィクトリア、ずるい」


 七歳と八歳の女児に勝ち誇っている少女が一人。

 少女、とはいうものの長身に抜群のスタイルと、十六歳を迎えたばかりとは思えない見た目だった。やたらとひらひらしている竜人の民族衣装もあいまって、とにかく目立つ。どこでも目立つ。


 竜人の里から来た族長の義娘ヴィクトリアは、ギルドの超問題児であり、規格外の強さを持っている。それがいまのアリステラには悩みの種でもあった。


「……ヴィクトリア」

「!?」


 彼女はアリステラを見るなり、大きな体を縮こませて、ミコとミリアの後ろに隠れた。


「子どもみたいな真似はやめて。仕事は?」

「もう……終わったんだぞ」

「じゃあなんでメリアムのところに行かない」

「……」


 口を尖らせる。

 まったく言うことを聞かないヴィクトリアには、ため息をつくしかなかった。


 だいたい理由はわかっているのだ。

 ヴィクトリアは、シントとディジアとイリアがいなくなった聞いたとたん、場所も聞かずに探しに出て行こうとした。

 止められると暴れ、とんでもないことになったのだ。

 その時ギルド内にいたメンバーでは、止められるのはアリステラとカサンドラしかおらず、しかも止めるまでに実に多くの備品が破壊されてしまった。


 それ以来、まともに会話ができていない。

 シント、という柱がいないことで、ヴィクトリア、という規格外の爆発物が制御できなくなっているのは明白だった。


「シントたちを探しに行きたいなら、安心させて」

「……」


 ヴィクトリアはメンバーで唯一、捜索を許可されていない。

 なにをしでかすかわからないから。そして、本気で暴れ出したら止められる者がいないからだ。


 おそらく単純な強さだけであれば、ギルドで一、二を争う。素質の底もいまだに見えない。それもあってシントには可愛がられていたと思う。


「シントと、ディジアと、イリア……死んだのか?」

「……それは、わからない」


 この言葉にはミコとミリアも黙りこんでしまう。

 アリステラはなんと言ったらわからず、沈黙した。

 彼女はもとより人とのコミュニケーションは苦手だ。シントの助けがなければ、本部マスターなどやれはしないと自分でも思う。


「……勝手にいなくなって」


 戻ったら、休暇を取り、探しに行く。アリステラは奇しくもラナやカサンドラと同じことを考えていた。


「アリステラさん!」


 ここでメリアムが血相を変え、庭に出てくる。


「どうしたの?」

「それが……あの、魔力の通路が……」

「……え?」


 急いで中に戻る。

 シントが作った≪魔力経路ポータル≫が跡形もなく消えていた。

 フォールンの本部とアークスをつなぐ≪魔力経路ポータル≫。一瞬で数千キロを移動できる代物だ。


「……どういうこと?」


 さっきまでは使えていたはず。

 

「まさか……シントさん……」


 メリアムはその場にへたり込んでしまった。

 シントが作った魔法が消えた――すなわちそれは。


「くっ……」


 アリステラがテーブルに手をつく。シントはほんとうに死んでしまったかもしれない、と口にしかけてしまった。

 すぐさまその嫌な想像を振り払うかのように、頭を自分で叩いた。


「たぶん、まずい」


 シントのことを考えないようにしなかったとしても、痛手だ。これではフォールンに戻れない。

 通常の手段ではかなりの移動距離である。


「いったい、なにが」


 困惑を抑えきれない。

 どうすればいいのか考えようとして、中断された。

 外から雄叫びと悲鳴が聞こえたのだ。

 アリステラは剣を抜き放ち、飛び出た。


 庭では数人の兵士とおぼしき者が倒れており、ヴィクトリアが一人を持ち上げてぶん投げる。


「ヴィクトリア」

「こいつら……いきなり襲いかかってきたんだぞ」

「何者?」

「きょうだん、って言ってたぞ」

「!!」


 彼女は目を大きく見開く。

 そして鳴り響く鐘の音。

 港方面から聞こえてくる。


「……なにが起きてる?」

「アリステラ、どうするんだ?」

「様子を見てくる。ヴィクトリアはみんなを集めて」

「わたしもそっちに行くんだぞ!」

「わたしは空を飛べない。みんなを呼びに行けない」

「……わかった。集めるんだぞ」


 魔法で空を飛べるヴィクトリアなら、すぐにメンバーを集められる。

 そしてアリステラは持ち前の俊敏さを活かし、壁を跳び越え、屋根に移り、港方面を一望できる高台へと移動した。


「これは、なに?」


 様子を見て、驚愕するしかない。

 大河の水面を覆うほどの船団。明らかに武装した者達が続々と降りて来る。

 戦艦の帆に記された紋章を見て、息を呑む。


 貴族の家紋になど詳しくないアリステラであっても一目でわかる。

 青の下地に矛とカモメをあしらった紋章は、世界一の海軍を有すると言われる大貴族のものだ。


「……エーギル家」


 以前、シントに教えてもらったことがある。

 ガラル公国には御三家と呼ばれる武の大家があり、その中でもエーギル家は海を支配している、と。


 アリステラは港に向かった。が、途中で道が封鎖され、近づけない。

 彼女はすぐそばにいた男を捕まえ、事情を聞く。


「なにが起きたかなんて、おれっちだって知らねえよ。ただ、大河は封鎖だって……」

「……封鎖?」

「反乱じゃないかって、みんな言ってる」

「反乱!?」

「そろそろ離してくれねえか? 息が苦しくなってきた……うおっ!」


 アリステラは男を離し、すぐに走り出した。

 

「マスター!」

「クロード!」


 途中、クロードと出くわす。彼もまた騒動を知り、港方面に来ていたのだ。


「なにか、聞いてる?」

「なにも。ただ、これは……まずい事態です」


 ガラル公国の大貴族出身であるクロードは、深刻な表情だ。


「エーギル家は本来、大河には来ません。本国の管轄だからです。それが来たということは」

「やっぱり、反乱……」

「僕はガラルの砦に向かい、情報を収集してきます」

「うん、おねがい。わたしは……街を守る!」

「ええ、僕もすぐに戻ります!」


 うなずきあって、別れる。

 クロードは思慮深く、分別のある青年だ。冷静な彼がいるだけでアリステラとしては心強いことこの上なかった。


 ギルド支部へ戻る途中、そこかしこで暴動じみたいさかいが起きている。

 中には明らかに戦意を持った兵隊もいた。

 街は制圧されるかもしれない。そう思い、足を速める。


 すぐにギルドへと戻り、中に入る。

 そこにはアテナ、セレーネ、ヴィクトリア、ガディス、メリアムが揃っていた。ヴィクトリアは言いつけどおりにメンバーを集めたようだ。


「アテナ、セレーネ、ガディスも」

「本部マスター・アリステラ、ご無事でしたか」

「アリステラさん……いったい、なにが」

「わからない。反乱かも」

「反乱っ!? ああ、剣神さま、どうか、我らにお力を……」

「クロードだけ見つからなかったんだぞ」

「クロードはガラル砦に行った。話を聞いたあと、戻るって」


 彼女たちはすぐに情報を交換する。


「戻る途中、幾人かの暴徒を鎮圧しました。その中で一人、饗団と思わしき戦士と遭遇。無力化しましたが、捕らえられなかったと報告します」

「その人たち、自害してしまって……うう……」


 アテネとセレーネは白いボディスーツの男を倒した。

 間違いなく饗団の戦士。『二桁ダブル』の称号を持つ上位の戦士だ。


「大河が封鎖されてる」

「なんですって?」

「つまり、フォールンへ戻る方法がないということか」


 ガディスは冷静だ。

 船がなく、≪魔力経路ポータル≫も消えた。それがなにを意味するのか、わかっている。


「饗団が帝国に反旗を翻した……ということなのでしょうか」


 青ざめた様子でメリアムが口を開く。

 饗団とガラルのエーギル家は間違いなくそうだろう。


「なんとしても、フォールンに戻らないと」


 ギルドメンバーは図らずも分断されてしまった。シントがいないいま、これではできることもできない。


「依頼はどうしますの?」

「……依頼主に会って聞く」


 しかしながら、全てキャンセルになるだろうと誰もが思った。


「わたしは……ほんとはマスターなんてガラじゃない。だけど」

「アリステラさん……」

「小難しい指示はなし。街を守りつつ、フォールンへ行く手段を探して」

「ふっ……悪くない指示だ。承知した」


 もっとも経験のあるガディスが支持したことで、全員が安堵する。

 いまはまだ世界のことを考えている余裕は、誰にもなかった。


 この日、帝国で同時多発的に起きた蜂起は後にこう呼ばれることとなる。


 『帝滅饗興の戦い(サクリファイスウォー)』と。

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