ミッションの終わり 5 『Sword and Magic of Time』ダレンガルト
果物の町として有名なダレンガルトは、年中フルーツが実ることで知られている。
ある研究者はこの地が剣神によって祝福されているからだろうと言い、別の研究者は土壌の魔力含有量が高いことを指摘するが、なぜかは誰も知らない。
「あー……」
あの戦いから一か月。
『音速ノ女』の異名を持ち、冒険者ギルド『Sword and Magic of Time』の情報局を取り仕切る凄腕冒険者ラナ・エヴァンスは父の故郷であるダレンガルトに身を寄せていた。
休暇を取ってシントを本格的に捜す。その前に父と祖母に顔を出そう――そう考えて来たのだが、いざ到着し、一晩眠ると、気力がゼロになってしまった。
シントはまだ生きている。絶対に死んだりはしない。
わかっているのに、体が動かない。
ソファーの上にだらしなすぎるかっこうで座り、無気力極まりない今どきの女子そのものだ。
「あの時……ついていくんだったなー」
なぜ、三人だけで行かせたのか。
そればかり考えている。
誰よりも多くの依頼をこなし、死線をくぐり抜け、等級は一流の中の一流であるミスリル級に上がったというのに、なに一つ感情が動かなかった。
やはりシントがいなければ、だめなのだ。
シントが巻き起こす波乱をそばで見る。それこそが彼女がギルドに入った大きな理由だったように思う。
このダレンガルトは、父の故郷で、シントと初めて出会った場所だ。ここでシントはラグナの暗殺部隊を退け、ガラルの公女――【神格】神剣『水姫』の所有者アイシア・ガラルホルンを倒し、自分と父の命を救った。
それだけで普通じゃないというのに、それからも奇跡じみた物語をつむいできた。
そんなシントとともに物語の中へいられるのが、この上ない充実。
だが、いまは――
「娘よ、ここにいたのか」
あいかわらずのマスクとゴーグル、マフラーを巻いた姿の父がやってくる。
「……」
「せっかく帰ったというのに、メシくらい食ったらどうだ?」
父ウィリアムは恩人であるシントが行方不明になったと聞き、驚いた。そして、事情を聞くにつれ、生存の可能性は低いだろうとも思う。もちろん、娘にはそんなことを言うつもりはない。
「母ちゃんも心配している」
「……うるさいなー、ほっといて」
「……その足を閉じたらほっといてやろう」
ラナはいま、ソファーの上で足をがばっと開き、テーブルの上に乗せているのだ。
「少年のことを考えていたのか?」
「……」
「なぜ、探しに行かない」
「……だから、うるさいってば」
これはかなりの重症、と父は思う。
しかしだ、元帝国のスパイであったウィリアムは、うるさい、と言われて引き下がる男ではなかった。
「諦めたのか? 少年がほんとうに死んでいると?」
「そんなこと思ってないよ!」
「どうしておれに手伝えと言わない」
「……」
ラナはなにも言えなかった。
心の奥底ではシントの死を直感しているのかもしれないと、考えてしまう。
あのシントがもう一か月も状況がわからない。
生きていたら、絶対にそんなことはしない男だ。
諦めたくない心、諦めたい心、なにも考えたくない心がせめぎあい、いまの無気力を作り出している。
「わたしだって……わたしだって」
父の言葉は正論すぎて、いちいち神経を逆なでする。
もうこのデリカシーのない父をぶっ飛ばしてやろうか、と考えた時、祖母がお茶を持ってやってきた。
「あら? 二人でなにを話していたの?」
ラナは姿勢を正して座り直す。
祖母の前ではずいぶんとおとなしいので、父はため息だ。
「アーナズさんのこと?」
「……」
「まあ、その、なんだ、少年のことが心配でな」
祖母のスーナもシントのことを聞いた。聞いても平常運転で、優しい。
「アーナズさんなら生きてるに決まってるじゃない。だって魔法使いなんですもの」
「母ちゃん?」
シントは魔法を使って戦うのだから、魔法使いには違いないだろうが、言い方が気になる。
魔法士、ではなく、魔法使いと呼ぶのは今風ではない。
「わたしのもとに息子だけじゃなく、孫まで連れてきて、何度も助けてくれたのよ? 素敵なものを届けてくれる、手を差し伸べてくれる魔法使い。それがアーナズさん」
「おばあちゃん……」
「もしかしたら、きっと少し……疲れてしまっているのかも。人をたくさん助けて、助けて、ちょっと立ち止まっているのかもねえ」
ラナは驚いた。そんなこと、考えもしないことだ。
「ねえ、ラナちゃん。ここはあなたのおうちよ。いつだって、いつまでだって居ていいの。だけどね、あなたのほんとうの居場所がどこなのか、考えてみて?」
老女はごく優しく語りかける。
「もう少しだけ頑張って、アーナズさんを助けてあげてほしいわ。きっとあなたを待ってるもの」
ラナは目をつむり、深く呼吸をする。
自分の居場所は、決まりきっている。言うまでもなく、ギルドだ。
シントとともに一から作り上げた大切な居場所。
「……うん。必ず探し出すよ」
たかが言葉。しかし、そのおかげで力がみなぎってくる。
「母ちゃんにはかなわない。こんなに早く復活させるとは」
「ウィリアムはもう少し、言葉を選びなさい」
父はうめいた。
「それにしても、居場所か。身に沁みる言葉だな……」
帝都で諜報員をしていたウィリアムは、まさかいまのような平穏な日々を送れるなど想像していなかった。
「パパはいいじゃん。果樹園あるし、それにマレニアさんとイイ感じなんでしょ?」
「‼‼」
「あら、そうなの? ウィリアム」
「あ、いや……」
父は娘に目を向けた。
昨日帰ってきたばかりでなぜ知っているのか。
マレニアはここの果樹園で働いている従業員の一人で、数年前に夫を亡くした未亡人でもある。まだぎりぎり二十代で働き者だ。
「あの子も旦那さんを亡くしてずいぶん経つものねえ」
「母ちゃん、別にそういうわけじゃ」
「夕食に招待したらいいじゃない。ああ、そうだわ、準備しなくちゃねえ」
と、スーナおばあちゃんが楽しそうに席を立つ。
父は娘を直視できなかった。
「な、なあ、おれは別にシェリアのことを忘れたわけじゃ……」
シェリア、というのはウィリアムの事実上の妻であり、ラナの母親である。
すでに故人で、亡くなってから十一年経っていた。
「ママのことはいいよ。パパだって、きっとマレニアさんだって寂しかったんでしょ?」
「いや、そうはっきり言われるのもな」
べー、と舌を出す。さきほどの言いたい放題のお返し、と言わんばかりだ。
「さすがに十八も歳の離れた弟か妹を作られるのも困るけどねー」
「ぶっ!?」
あけすけにすぎる言葉を投げられ、父はもうどうしていいかわからなくなった。
「明日には出るよ。なんとしてでもシントを探し出すんだから」
完全に立ち直ったラナは、荷物をまとめようと母屋に戻ろうとした。
その時だ。
「社長! 社長はどこっすか!」
若い従業員が息を切らせて休憩所に飛び込んでくる。
「どうした」
「ああ! 社長! たいへんっす! なんか軍隊が来て!」
「軍隊?」
父と娘はお互いの顔を見合わせた。
「どこの軍隊か、わかるか?」
「帝国軍じゃないっす! たぶん……は、反乱?」
「反乱だとしたら、とんでもなくひどい話だ」
にわかには信じられない。
ラナは即座に動き、『音速ノ女』の異名に恥じない速度をもって、騒ぎの起こる場所に向かう。
一分もかからずに町の中心部へ到着。目を凝らす。
一目で姿を隠せる場所を見抜き、体を滑り込ませ、耳をすませた。
「逆らう者は拘束しろ! だが殺すなよ! あくまでもこれは革命なんだからよ!」
ラナは目を見開いた。
偉そうに指示を出している戦士はひどく見覚えのある人間だったのだ。
「なんで……『絶倒剣』が?」
シントがいなくなった原因かもしれない男。元オリハル級冒険者であり、皇女殿下に剣を向けた大罪人がそこにいた。
『絶倒剣』トレーボル。あの場所から逃げた卑怯な男だ。
「食糧を供出すりゃあ手は出さねえと言え。それと遺跡に詳しいヤツを連れて来い!」
ラナは拳を握りしめた。いますぐに飛びかかりたい衝動を必死にこらえる。
(アリステラじゃあるまいし……我慢、しないと!)
きっとダレンガルトはもう包囲されているだろう。
なにが起こっているのかを確かめなければならない。
ラナは努めて冷静に、そして静かに素早くその場を離れる――




